第十三話 再会Ⅶ
「場所を変えるか――」
「そうだな――」
ナダの提案に頷いたオウロ。
二人は金を払って酒場を出ると、二人で並んで別の店へと向かう。誰もいない場所がよかった。先ほどの店は料理が美味しく酒もよかったが、人の目が多い。込み入った話をするには少しだけ、人の目が多かったのだ。
「ナダ、そなたは黒騎士の事をどこまで知っている?」
オウロはゆっくりと歩きながら言った。
「詳しい事は何も。どこかで聞いた事があるぐらいの認識だ。学生の頃はあまり歴史に興味がなかったからな」
ナダは平気な顔して嘘を言った。
過去の冒険者について知らないのは興味がなかったわけではなく、ただ単に勉強が嫌いだからだ。
座学が苦手なのである。
「そうだな。今となっては過去の話だ。興味のある冒険者も少ない」
「そうか」
「だが、過去において黒騎士は優れた集団だった――」
それからオウロは黒騎士について語る。
黒騎士は、パーティーと言うよりももっと大きな冒険者の集まりだった。クランと呼ぶべきであり、優れた冒険者が多数在籍していた。全盛期には数十人もの冒険者が所属し、アダマスがいた黄金時代を彩っていたクランのようだ。
黒騎士の特徴を上げるとするならば、第一に黒い鎧と黒い武器とオウロは語る。その装備の作り方は秘匿されており、特定の鍛冶師しか作ることが出来ない特殊な物らしい。その分切れ味はよく重量も軽い。黒い装備を欲しいが為に黒騎士に入団した者も多かったようだ。
そう言えば、とナダは思い出したのだが、オウロの装備も黒い鎧と黒い武器だった。きっとあれも彼が黒騎士だと言う名残なのだろう。
黒騎士は、優秀な冒険者の集団だった。
黒騎士に入った者は厳しい訓練が待っており、最終的には試験を突破しないと黒騎士の冒険者として認められず、装備を与えられることもないようだ。
また黒騎士になったものは名前と顔を隠す。黒い兜を纏っている時は個人ではなく、黒騎士だ。戦士に名前はいらず、ただ戦うための力があればいい、と言う秘匿主義の集団だ。
「で、オウロもその黒騎士の出身だと?」
「ああ、そうだ。この国の端に黒騎士の隠れ里があって、私はそこの生まれだ。幼い時から冒険者になるための厳しい訓練を積んでいたよ。当時の里には私以外に子供はおらず、人もほとんどいなかった。私の両親と、鍛冶師が二人、それ以外の人は数人だけだ」
オウロは黒騎士の訓練の事を言わなかったが、想像を絶するようなものだったらしい。
幼い時から厳しい訓練に明け暮れ、様々な座学を詰め込まれる。食事すらも徹底的に管理されたものであり、より強固な肉体、洗練された技、それに強靭な精神力を身に着けるのだ。
「で、オウロは試験に合格したのか?」
「ああ、十一歳の時に合格した。冒険者になるにはまだ幼かったが、里で身に着ける事はもうなかった。だから私はこれまでの訓練を試すために、学園に入ったのだよ」
「で、オウロの昔話はいいよ。黒騎士の事を話せよ。今はいない奴らをな」
ナダはもう昔話はもう飽き飽きだった。
「そうだ。かつては冒険者の中でも一大勢力を黒騎士は誇った。かつてはギフト使いの集団であるウェネーフィクスと並ぶほどだ」
ウェネーフィクスの名は、ナダも聞いた事がある。
ギフト使いの集団であり、“魔術”と呼ばれるギフトの使い方を熟知している者達だ。今でもその影響力は冒険者の中に知れ渡っており、多くのギフト使いが所属している。
ナダはギフト使いではないので勧誘されたことはないが、勧誘されたという冒険者は聞いた事もある。入ったと言うギフト使いも聞いた事があった。
オウロ曰く、かつては黒騎士も似たような組織だったらしい。
だが、今ではその影響力はない。
冒険者の歴史書には、黒騎士は徐々に人を減らし壊滅していった、と書かれているらしいが、実際は違うようだ。
「当時は大迷宮時代だ。今よりも多くの迷宮があって、多くの冒険者がいる。彼らは今と同じように迷宮に挑戦していた。黒騎士だって同じだ。だが、その詳細は私の隠れ里にもあまりなかった」
名前はおろか、どんな特徴があるかすらも書いていなかった迷宮に、黒騎士は挑戦したようだ。多くの人員を投入し、多数の時間と物資をかけて迷宮攻略に尽力した。
「だけど――うまく行かなかった」
迷宮は踏破できなかったようだ。
だが、手がかりは見つけたと書いてあった。
里に残された最後の日記にはこう書いてあったらしい。
「私たちは深海に道を見出した。だから沈まなければいけない。冒険者として偉大なる誉れを得るために――」
だが、日記はそう書かれていたのを最後に、何も書かれていなかった。黒騎士たちの詳細はそれ以上書かれておらず、深海で終わる。
そして日記の裏にこう書いてあるらしい。
「その迷宮はアダマスが攻略したと。黒騎士が全てを賭けて挑んだ迷宮も、英雄であるアダマスの前には数ある迷宮の一つにしか過ぎなかったようだ」
オウロは残念そうに語る。
「そうかよ」
「私は幼い頃から親に黒騎士として、過去の雪辱を果たすように言われていた。それは親、ひいては先祖の悲願だったようだけど、いつのまにか私の目的も同じになっていた。深海を目指していたのだ。昔の迷宮に深海どころか水がある迷宮もなかった」
黒騎士であるオウロの父もその迷宮は知らず、見た事も聞いた事もないと言っていたようだ。
だが、ずっとオウロは件の迷宮を探していたようだ。
「で、マゴスを見つけたと」
「そうだ。私は深海のありかがマゴスで間違いない、と思っていた。水もあるし、大きな湖もある。きっとあれは海だと直感した。日記には深海に沈んだ、と書いてあったから、私は沈むつもりなのだ。その為には水のギフトが必要だ。だから彼女を求めている」
「なるほどな」
ナダは納得したように頷いた。
「で、ナダ、私とは違ってお前は直接その目で、マゴスの底を見たのだろう?」
「ああ、そうだ」
ナダは頷いた。
「あったのか?」
「……隠す必要もねえか。あったぜ。俺はそこに行くつもりだ」
「ナダ――」
「何だよ?」
「私は先祖の悲願を果たすためにマゴスの攻略を望む」
「で?」
「譲る気はないか?」
「俺が、か?」
ナダは馬鹿にするように嗤った。
「ああ、そうだ。私はどんな方法を使ってでも、彼女を手にいれる。絶対に、だ。それからマゴスを攻略する。私はその日をずっと前から望んでいる。そんな覚悟が、お前にはあるのか? 私のように迷宮を攻略する強い目的が――」
オウロは立ち止まって、ナダを強く睨んだ。
威嚇しているようでもあった。
学園の時には見なかった強い意思だ。
アメイシャとは違ってオウロはあまり好戦的な態度を取ることはなかったが、目的の為にあらゆる手段を好む姿はコロアを思い出させる。彼も様々な力を使って、学園のトップパーティーの一つとなった。コロアは時として実家の権力も有効に使って冒険をするのだ。
「ある――」
だが、ナダも引く気はなかった。
「何故だ?」
「俺は、俺の目的で英雄であるアダマスの軌跡を追っている。四大迷宮の攻略はその第一歩だ。俺は絶対にマゴスを攻略する――」
ナダは当たり前とばかりにオウロに言った。
「ナダ、そなたの輝かしい功績は知っている。ナダの強さは個人の武力だ。モンスターを倒す圧倒的な強さだ。だが、私もナダには劣っていない。いや、リーダーとしてパーティーを率いる力なら勝っていると思っている。マゴスの攻略に関して負ける気はない――」
それはオウロからの宣戦布告だった。
きっと彼は自分で言う通り、あらゆる手段を取るのだろう。
単純に誘うだけではなく、冒険者としてのコネや金の力。あらゆる手段を使って彼女を取り囲む気なのだろう。
だが、ナダはそんなオウロへ、同じように敵対するのではなく落ち着かせるように穏やかな声で言った。
「なあ、オウロ。俺達はそう敵対する関係でもない。目的は同じだ」
「ああ、だから私たちは敵となる。負ける気はないぞ」
「まあ、待てよ。オウロ、俺はお前に提案する。これはお互いにとってのいい話だ。共にマゴスを攻略するために、俺の――パーティーに入るつもりはないか?」
ナダはオウロに手を差し伸べた。




