第十二話 再会Ⅵ
オウロもナダに薦められるがまま、エールを頼み幾つかの料理を頼んだ。彼が頼んだのはソーセージとジャガイモを焼いたものだ。どちらにもケチャップの入った容器が添えてあり、それを付けながら食べるのだ。
ナダも先ほどの固いステーキをエールで胃の中に流し込んだので、オウロと同じ料理を頼んでいた。
二人はエールでなみなみと満たされたジョッキを無言でぶつけ合い、乾杯をする。そして二人ともジョッキの中を半分ほど飲んだ。
喉をエールで潤すと、オウロが上機嫌に口を開いた。
「こうして会うのも久しぶりだな。ナダ殿よ。元気だったか?」
昔を懐かしむような口ぶりだった。
「ああ、そうだな。オウロはどうだ?」
「元気だったよ。まずまずの調子だ。とはいえ、私はナダとは違い、少し前まで学生だったからとても退屈だったよ」
「そうか」
「ナダはどうだったんだ、これまでの数年間は? 学園に幽閉された私達とは違って、自由で刺激に満ち溢れた生活を送っていたのではないか?」
オウロは大口を広げて笑いながら言った。
「残念ながらそうでもねえよ。俺はずっとこの町にいた。攻略の展望が見つからないまま、うだうだと迷宮に潜っていたよ」
ナダにとってこの数年間は殆ど実りのない日々だった。
後悔していない、と言えば嘘になるが、今となってはもっと早く底へと続く道を見つけたかったと思うのだ。
「そうなのか――」
オウロはエールを豪快に飲みながらふむふむと頷いている。
参考にしているようでもあった。
「オウロはどうなんだ? 残念ながら俺は卒業した後の学園は知らない。誰が、何をしていたのかもな」
「卒業? あれは退学ではなく卒業になるのか?」
「ああ、快く学園長は卒業の証をくれたよ。だからこうしてこの町でも無事に冒険者を続けていられる。ラルヴァ学園の名は思った以上に有名らしい」
冒険者になる方法は学園を卒業する以外にも数多くある。
例えば冒険者組合が運営している冒険者養成施設に入ったり、徒弟制度を使って熟練の冒険者の弟子となったり、はたまたいきなりフリーで迷宮に潜る命知らずまでいる。
だが、国内で冒険者になる者は、学園を卒業する者が一番多かった。
学園は卒業に八年もかかるが、卒業した冒険者の死亡率は他の方法で冒険者になった者よりも圧倒的に低く、在校中も様々なサポートを受けられる。学費や寮費の援助、奨学金制度、はたまた武器を買うための低金利のローンさえ使えるのだ。
そのサポートは卒業後も続き、冒険を続けていく上では非常に便利なのだ。
また学園を卒業した者は、他の冒険者から一目置かれる。有能だと思われるのだ。
だから現役の冒険者たちは、新しく志す者にはほぼ全員がラルヴァ学園を薦めるほどである。
「そうか。私達は大変だったよ」
「何が?」
「知らないのかい? 先輩方が荒れに荒れたんだ」
「先輩って?」
「コロアさん、イリスさん、コルヴォさんだ。それに先輩だけじゃなく、アメイシャもなかなかに荒れたよ」
「何があったんだよ?」
ナダは首を捻っていた。
全く想像できなかった。
ナダが学園にいた頃は、コロア、コルヴォの二人はこれまでの悠々自適な隠居生活を辞めて、もう一度迷宮に本格的に潜る為に冒険者活動に精を出すと聞いた。
あの三人が争っていたのは当時でリーダーを譲る一年も前の話だが、それがもういちど再始動したのだ。ナダとしては、イリスのその輪に加わってもう一度学園の覇権を争うのかと思っていたのだ。
「やはり知らないようだ。あの四人はね、ナダ殿、そなたと同じように学生の身分を捨てて四大迷宮へ挑戦することを望んでいた」
「学生を辞めて挑戦したのは俺だけじゃねえよ。レアオンもだ」
「そうだな。コロアさん達は学園長に直談判に行ったようだけど、ナダ達と同じ待遇は断られたらしい」
「へえ、なるほど――」
ナダは納得したように頷いていた。
確かに自分たちとは違い、学園長がイリス達に四大迷宮へ挑戦することを認めるとは思えない。レアオンと自分が特別待遇を受けたのは、“英雄病”にかかっているからである。
「それだけじゃない。学園長はこう言ったようなんだ。ナダ達と同じ待遇が欲しかったら――単独でガーゴイルのようなはぐれを倒せって。それぐらいの実力があればいいって」
「で?」
「コロアさん達は挑戦したんだ。一人で迷宮に潜った。それはもう、生傷が絶えない日々を送ったよ。私も見ていられないぐらいだった」
「結局どうなんだった?」
「無理だった。誰も達成できなかった。一人ずつ諦めて行ったんだ。元から一人ではぐれを倒すなんて、到底無茶な話だ。どれだけ準備を重ねても、はぐれとは一人で狩れるものではない。先輩方も何回かはぐれとはソロで遭遇したけど、途中で逃げ出したって言っていたよ。一人だと薬も、力も足りないって。リスクが高すぎるって」
「それはよかったじゃねえか」
ナダは手を叩いて嬉しそうにしていた。
心の底からだ。
彼らは英雄にならなかったのである。はぐれを一人で倒すことが英雄に繋がるのかはナダには分からないが、考えてみればレアオンも自分も一人ではぐれを倒している。
英雄と言うのは、辛いものだ。
ナダもならないままでいられるのなら、もう少し学園でゆっくりと冒険者を続けたかった。
「……やけに嬉しそうだな」
そんなナダの態度が気に障ったオウロ。
「そうかも知れない。で、オウロははぐれのソロ討伐に挑戦したのか?」
「いいや、していない」
オウロは首を横に振った。
「イリス達とは違うんだな」
「ああ。先輩たちはナダと同じように一刻も早く四大迷宮に挑戦したがっていたけど、私としては数年待ったところで変わらないと思ったからだ。一年や二年で劇的に変わることはない。現に迷宮も誰にも踏破されていない」
「オウロの言う通りだ」
ナダは感心したようにエール酒を飲んだ。
それからも暫くの間、ナダとオウロは昔話に花を咲かせていた。ナダがいなくなった後の話から、次々と昔に戻っていく。
レアオン、アメイシャ、オウロの三リーダー時代の話から、イリス、コルヴォ、コロアの話へ、それから三年生、二年生、入学当初の話まで遡っていく。
ナダとオウロは学生時代あまり親しい間柄ではなかったが、お互いに知らない関係ではない。ナダはオウロの事をコロナのパーティーの一員として、オウロはナダの事をイリスのパーティーの一員として。顔を合わせる時はいつもパーティーのリーダーが一緒だった。
だが、久しぶりに会えば、話す事など数多くある。
二人は楽し気に話していた。
その間にもナダとオウロは酒を飲み進めていく。オウロは順当に顔が徐々に赤くなり始め、だがナダは全く変わらずまるで素面のように変化がなかった。
「他に知りたいことは?」
オウロは酒が入ったので気分よく言った。
「じゃあ聞くが――何の目的でシィナに近づいた?」
遂にナダは踏み込んだ質問をする。
先ほどまで気持ちよさそうな顔をしていたオウロは、ナダの発言に酔った頭を元に戻すために頬を軽く叩く。
「パーティーに誘おうと思っていたんだ。ナダ殿は知っているか? 彼女はああ見えて王都で名を轟かせた冒険者だ。とても有名なギフト使いとして」
「だから誘ったと……。オウロは新しいパーティーを作るつもりなのか?」
「ああ、私はもうコロアさんとの付き合いはない。学園のパーティーは解散した。私以外は後輩が多かったから仕方がない」
「で、彼女に目を付けたと――」
「ああ、そうだ。問題はあるか?」
オウロは堂々と言った。
「あるさ――」
「どうしてだい?」
「先ほども言ったが、先に俺が声をかけていた」
「ナダはああいう女性がタイプなのか?」
「そうかも知れない」
ナダは少しだけ口角を上げる。
「意外だな。まさかナダの好みがああいう子だとは。私はてっきり、もう少しはっきりとした美人を好きだと思っていた。例えばイリスさんのような。どこにでもいて、存在感のある目立つ美人が好きだと」
確かにイリスとシィナは真逆のタイプである。
イリスはスタイルがよく、身長も高く、目鼻立ちがはっきりとしており、女性的な魅力に溢れている男女ともに振り返る美人だ。
一方でシィナの顔はフードで良く見えなかったが、口元を見たかの素手は少女のように可愛らしい女性だった。
「……そういう目で見られていたのかよ」
ナダは肩を大きく落とした。
確かにナダとイリスはそういう噂はあったが、まさかコロアの仲間であるオウロまで疑っていたとは思わなかった。コロアの前でさんざん否定したはずなのに。
「ああ、そうだ。学園では周知の事実だ。私はナダの事を最初はイリスさんの情夫だと思っていた。いつもナダはイリスさんの後ろについていたからな。学園の王子でもあるコロアさんに靡かないのは、ナダに岡惚れしているからだと。それも仕方ないと私は思うが」
「どうしてだよ?」
ナダはジョッキに残っていたエールを一気に飲んで、テーブルに叩きつけた。それから妙齢のウェイトレスに新しいエールを頼む。
「ナダとコロアでは男としてのタイプが違うからな」
「俺はモテねえよ――」
「コアな層に需要があると思う」
「慰めはいらねえよ」
「それより、本当にイリスさんとは何もなかったのか?」
オウロはにやにやと笑っている。
「ねえよ――」
ナダは吐き捨てるように言った。
「そうかい。でも、ナダの好みが知れたのはよかった。君の恋路の邪魔はしない。私はそういうのに分別のあるタイプだ。だが、彼女は私のパーティーに貰う。どうしても彼女のような優秀な冒険者が欲しくてね。他にはいないギフト使いだ――」
オウロはエールを飲み干し、力強くジョッキを机に叩きつける。中身は入ってないのでエールはこぼれなかった。
それからまたウェイトレスに新しいエールを頼んでから、ソーセージにケチャップを付けて頬張った。ぱりっと皮の弾けるいい音がなった。
「残念だけど、彼女は俺もパーティーに誘いたいと思っている。フリーのギフト使いなんて中々いないからな」
ナダもオウロに負けじと言った。
引く気は全くなかった。
「なら、競争だな。だけど、きっと私がシィナを手に入れる。いつもソロで活躍してきた君には分からないだろうが、優秀なギフト使いは希少なんだ」
オウロは手を組んで椅子に深く腰掛けた。
ナダと同じく、彼も全く引く気はなかった。
「そうかよ」
「ああ、そうだ。私は学園を卒業してから、四大迷宮を攻略するために冒険者や情報、物を集めている。全てだ。攻略には前準備が必要だから。事前に王都にもよった。だからここに来るのも遅れたんだ。卒業して少しは経っている」
確かにオウロが卒業してから既に一か月は経っている計算だ。
それまでこの町で彼の名前を聞くことはなかった。きっとそれまでは準備に勤しんでいたのだろう。
「コロアとよく似ているな」
ナダは懐かしむように語る。
コロアの冒険スタイルは、潜る迷宮の事を徹底的に調べ上げて狙いのモンスターを定める。その為に必要な武器や薬、道具を集めて、時にはパーティーメンバーを変える事さえある。
その時に合わせて最適な冒険をするために周到に準備をするのだ。
「ああ。だから私はコロアさんのパーティーに入った。彼のような優秀な冒険者になる為に」
「なるほどな。で、オウロの考えるパーティーに彼女が必要だと」
「そうだ」
「なら、何故彼女を狙う? 優秀なのは確かだと思うけど、オウロが誘うほどまでとは思わない。他にも優秀なギフト使いは大勢いる。オウロの名前は有名で、王都でも沢山のギフト使いがいただろう。よりどりみどりな筈だ」
「彼女じゃなきゃ、駄目なんだ」
オウロはナダを真っすぐ見た。
「そんなにシィナにこだわるのか? 何故だ?」
「ナダには知りもしない事だ――」
「“水”のギフト使い、それに関係はあるか?」
ナダはせせら笑うように言った。
「どうしてそう言い切れる?」
オウロは眉をひそめた。
「俺が彼女に目を付けた理由が、水のギフト使いだからだ。このオケアヌスでマゴスに誘うギフト使いとして、十分な理由だろう?」
ナダはソーセージを食べた。
香辛料のよく聞いたソーセージだった。
苦いエールとよく合う。
「……何を知っている?」
オウロはナダをずっと見つめている。
目は泳いでいない。冒険者として長らく活動していたオウロは、その程度の揺さぶりで引っかかるような人ではない。
だが、持っているエール酒の水面がわずかに揺れている。
動揺しているのだ。
「さあな。オウロこそ何か知っているのかよ、例えばマゴスの水中についてとか?」
「……ナダも知っているのか?」
オウロは深いため息を吐いた。
「それはこっちのセリフだ。俺は中に潜って直に確かめたんだ。まだマゴスに潜っていないオウロがどうして知ってやがる。誰も知らない情報だぞ」
ナダは自分だけが見つけたと思っている情報を、もっと前に見つけていたオウロに腹が立っていた。
拗ねたように唇を尖らせている。
「知らないのか? 黒騎士伝説の最後を――」
「黒騎士? 大昔にあった集まりだろう。詳しくなんて知らねえよ」
ナダの知っている情報としては、アダマスと同じ時代に活躍したクランである。冒険者の集まりとして、様々な活躍をしたようだが、現在でその名はほとんど残っていない。
「黒騎士の物語の最後は――深海で終わる。彼らは冒険者として、深海に沈んだ。私も最後の黒騎士として、彼らと同じように沈みたいのだよ」
オウロは赤くなった顔で雄弁に語る。




