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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第四章 神に最も近い石
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第四話 驕りⅡ

読者の皆様、お久しぶりです。

更新が遅れてしまい、申し訳ございませんでした。

これからまたこの作品を頑張って書こうと思いますので、応援の程宜しくお願い致します。

 大量の魚人を前にして、ナダは悠々と歩いた。

 そんなナダめがけて魚人が左右から襲ってくる。青龍偃月刀を満月のようにぐるっと振り回す。それだけで二体の魚人は胴体が切り裂かれた。たったの一撃で絶命した。

 例え憂さ晴らしだとしても、ナダは死にに来たのではない。

 頭は冷静だった。

 重たく長い青龍偃月刀を短剣のように振り回す。無数の魚人が輪切りになっていく。一体、また一体、青龍偃月刀のリーチもあった、一振りで二体、あるいは三体の魚人を倒すことが出来た。どれもが人と同じような魚人である。


 魚人の体は湿っており、血も人のような赤い血ではなく、緑色の不気味な血だ。それには多少なりとも酸が混じっているのか、ポディエなどのモンスターに比べると魚人を切っているとすぐに武器の切れ味が落ちる。迷宮内の湿度などがそもそも高いので金属製の武器にとっては環境が悪いので、簡単に武器の刃は潰れていく。

 だからマゴスに潜る冒険者は武器を必ず二つ、多い者だと三つほど持ち込み、迷宮計画も長居はしないのが基本だった。


 だが、ナダの青龍偃月刀はそんなものを気にしないほどの切れ味だった。

 この場所に来るまでも何体ものモンスターを倒しているのだが、切れにくくなることは全くない。元々の刃が分厚いからだろうか。それともウーツ鋼の持つ特徴だろうか。

 どちらでもいい、とナダは思考を放り投げて、相も変わらずモンスターを惨殺していく。

カルヴァオンを拾っている暇などない。目の前の湖は魚人たちが生まれる場所だ。次から次へと魚人は湧いてくるので、死体はその場に放置して別の魚人を殺して行く。


 一体、二体三体、四体五体六体、最初のうちは数を数えていたのだが、途中からはそう言ったことでさえ面倒になっていった。

 考える事を一切やめて、戦いに集中する。

 これまで悩んでいたあらゆることが消えていく。

 自分の病。インフェルノに置いてきた妹。連絡の取っていない知り合いたち。どれだけ探しても見つからない迷宮の深奥。繰り返されるつまらない日々。どれも解決などしていないが、消えていくのだ

 ナダにとって今の状況がどれほど楽だったかは言うまでもなく、先ほどまでの陰鬱な表情から、一転して愉悦の顔となって言った。


 体に感じる疲労感さえも心地よかった。モンスターから与えられる多少の傷が、ナダに生を感じさせた。

 だから頭を空っぽにしてモンスターを狩り続けた。


 気味の悪い声が聞こえると、人の大きさをした魚人がナダから一歩引いた。だがナダはそれを追うようにして、背中から青龍偃月刀を突き立てる。

 そんなナダに鈍い音が襲う。

 拳だ。

 ナダのいた場所に落とされた。

 勿論気づかないナダではない。

 後ろに大きく飛んで、魚人の爪を躱す。

 ナダのいた地面を切り裂いた。


 そこにいたのは他のどの魚人よりも、大きな魚人であった。体長が六メートルほどもあり、人の中では大きいはずのナダが見上げるほどのモンスターだった。

 他の魚人たちと一緒でよどんだ両目は突出し、まぶたがなく、ぎょろりとナダを見ている。分厚くたるんだ唇からは怨嗟の言葉のようなものがナダへとふりかかり、水かきと爪のついた手によってナダを攻め立てる。

 二足歩行であり、動きは素早い。

 体表は鱗で覆っており、その防御力は多くの冒険者が舌を巻くほどだ。

 背中は大きく発達しており、武器はもっておらず、基本的には二本の手についたかぎ爪による攻撃が基本なモンスターだ。

 非常に強力なモンスターで――ガラグゴと呼ばれている。

 はぐれだ。

 マゴスに出現する幾つかのはぐれの中でも最も出現率が高いと言われるほどポピュラーなはぐれであるが、その強さと獣に似合わない知能は冒険者達には非常に厄介と評されている。

 討伐例も少なく、ナダも今までの迷宮探索の中で倒した事はない。


 ナダはそのモンスターと相対して、にたあ、と嗤う。

 青龍偃月刀の切っ先をガラグゴに向けた。

 丁度良い獲物が現れた、と。


 ナダは自分よりも大きなモンスター相手に戦う基本を知っている。

 遠距離攻撃の出来るギフトやアビリティがあるのなら、直接頭部などの弱点を狙うのがセオリーだ。アギヤにいた頃は常にそうしていた。

 だが、ナダはそんな便利なものは持っていない。

 ならば、まずは足をメインに相手の機動力を落としてしまえばいい。


 ナダは相手の下に潜り込むようにスライディングし、通り過ぎる時に青龍偃月刀で切りつける。

 相手の鱗は固いが、浅く切り裂くことが出来た。

 それが分かるとすぐに距離を取った。

 ナダの背後から幾人かの魚人が襲うが、虫を払うかのように切り捨てる。後ろが湖だからだろう。ナダの背中には無数の魚人がいるが、ナダは気にもしていなかった。


 普通のモンスターならナダを殺そうと躍起になって襲ってくるのだが、どうやらこのモンスターは違うようだ。

 ナダへと無理に襲い掛かろうとしなかった。

 じわり、じわり、と足を滑らせるように進んでくる。

 ナダは先ほどと同じようにガラグゴに襲い掛かろうと、左右に体を振ってガラグゴへと近づこうとした時、ガラグゴは二つの拳を纏めて地面を強く叩いた。まるでドラムのような大きな音が鳴り、足の小さな振動が伝わる。

 近づけない、ナダはそう思った。

 だから足を止めて、青龍偃月刀を構えるだけだ。その際にも背後から幾つもの魚人が襲ってくるが、冷静に青龍偃月刀で切り裂いた。


 ガラグゴには相変わらず近づけやしない。

 だが、いかにモンスターとは言え、永遠に攻撃できるわけがない。彼らも息切れし、攻撃と攻撃の間には隙間がある。

 ナダは好機を待っているだけだった。

 ガラグゴも疲れ始めた。

 腕が疲れたのか、今度は足で地団太を踏んでいる。

 もう少しで終わるだろう。

 ナダは表情を少しだけ緩めながら青龍偃月刀を振るい、背後からの魚人を殺した。


 そして――ガラグゴの動きが止まった。


 ナダは表情を崩した。

 現れた一瞬の隙。目の前のモンスターにその隙を隠すような知能はなく、今が好機だと。

 ナダはガラグゴへと一歩踏み出した時と次の一歩では――大きく横へと飛んでいた。先ほどまで彼がいた地面を殴るように、大きなガラグゴが拳を地面へと落としていた。

 ナダが対峙していたガラグゴとは別の個体である。

 まだ湖から上がったばかりなのか元気そうであり、体には傷一つない。さらには足が傷ついたガラグゴよりも大きな個体だった。

 そんなガラグゴはナダへと全力で走りながら地面を叩きつける。その間を拭う隙間などない。ナダはガラグゴから目を離さないようにしながら、大きく後ろへと下がり続ける。

 だが、そんなナダの後ろにもモンスターがいた。ナダは拳を叩きつけている大きなガラグゴの顔に投げナイフを投げた。ガラグゴは両手でナイフを受ける。攻撃が止まった。ナダは転がるようにして前のガラグゴの足元へと滑り込んだ。

 後ろにいたのも、また他のガラグゴとは別の個体だった。先ほどまでナダがいた場所にまた拳が襲っていた。

 ナダはガラグゴの足元を通る時、もちろん青龍偃月刀でくるぶしを切りつけたが、皮膚と骨が固く浅くしか切れない。

 だが、ガラグゴの包囲網から抜け出せたとナダが思った時、目の前にはまた別のガラグゴがいた。

 全てのガラグゴのナダへの攻撃が止まる。

 ガラグゴが5体、ナダを取り囲んでいた。どれも図体が大きいので足元をくぐるのは簡単だろうが、ガラグゴはそれを避けるためにナダが近づくと拳を固めて地面へと落とし、足踏みで牽制するのだ。

 通れる隙間などない。

 徐々に、徐々に、ナダは湖へと追いつめられる。

 その間もわらわらと魚人は湧き、ナダは背後からの魚人の対処に追われる。どれも一撃で切り捨てるだけだが、その間にも五体のガラグゴはナダへと近づいていた。徐々にナダに死が近づいてくる。

 ナダは五体のガラグゴに注意を向け、また数多くの魚人に注目していたため気付かなかった。


 足元にオタマジャクシのような足のない魚人がいた事を。その魚人は這うようにしてナダの足元まで移動していたことを。

 二体の魚人がナダの足首を掴む。

 すぐにナダは足元にいる魚人を青龍偃月刀で突き殺そうとしたが、その前に目の前にいるガラグゴがナダを全力で殴る。

 まともに受けるわけにはいかない。

 ナダは青龍偃月刀を盾にして受けたが、衝撃は殺せなかった。

 ナダの足元が浮く。体が後ろへと強く押される。湖に片足を入れた瞬間を待っていたかのように、多くの魚人がナダの足首を掴んだ。全ての魚人を殺している猶予などなかった。

 ナダは体に熱を回す。

 全力で魚人を振り払おうとしていた。

 だが――もう遅い。

 抵抗が空しいほどに意味がななく、ナダは水中へと引きずり込まれた。

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― 新着の感想 ―
[一言] これ、マジでアカンやつやん! ナダ、大ピンチ!
[一言] 執筆お疲れ様です 更新待ってました!
[良い点] 更新ありがとうございます。楽しみにしてました。
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