第十一話 講義
ナダは回復薬を家に置くと、今度は学園に向かう。
授業があるのだ。
この日にあるのはモンスターの講義だ。ダンジョンには様々なモンスターがいるが、その種類は細かく分ければ千を超えるとも云われている。その一つ一つに弱点があって、対処法がある。学生は迷宮で死なないようにモンスターの情報も数多く知っている必要がある。
ナダは教室の端に座って、何冊かあるモンスターの情報が書かれた分厚い教科書を予習代わりに見ていると、耳に周りの話し声が入ってきた。
「クーリ君、どうしたの? 何か顔色が悪いけど……」
「ん? アンリか。いやな、最近手紙が来てよ、田舎に住んでいる父さんが体を壊したみたいなんだ……俺を村から見送ってくれた時は元気だったんだけどな……」
「確か、遠かったよね、そこ?」
「ああ。最近は不作みたいでな、作物の出来も悪いらしんだ。俺も帰りたいけど……ほら、帰った所でできることもないだろ?」
「金もかかるからのう」
「そうなんだよ。チハヤ。俺は、いや、俺たちも含めて仕送りのない学生って、かなりギリギリの状態だろ? 最近はアビリティも使いこなせて、以前よりは稼げるようになったけどさ……」
「最近のクーリの『緋色の氾濫』の制御はマシになってきたとはいえ、まだまだ荒いからのう」
「未だにダンジョンの地形を変えるし」
「そこはかんべんしてくれ。俺も必死なんだけどさ、結構、難しいんだよな。あれの制御は」
「その分高威力じゃない。私は羨ましいよ」
「バカ言え。俺はアンリのほうが羨ましいよ。お前の『夜明けの扉』は汎用性が高いだろう? 俺もそんな能力が良かったよ」
「どうしてそう思うのじゃ?」
「いや、アンリはさ、未だに色々なパーティーに誘われるだろ? もちろん、俺達のパーティーよりも高待遇で誘われている」
「私はずっとここにいるよ?」
「それは嬉しいけどさあ。俺も、そんな風に誘われたら、多分、断れないかなあ、って思って」
「どうして?」
「だって実家に仕送りしたいだろ? こういう時に少しは顔を見にも行きたいしさ」
「では、儂らのパーティーに不満があるのかえ?」
「いや、そうじゃないよ。このパーティーはもちろん信頼もしているし、最高のパーティーだと思っている。ただな、時々だけでいいから、他のパーティーに所属して金も稼ぎたいなあ、って思っているだけだよ。俺の夢は、家族に楽をさせたいから」
ナダが読んでいる図鑑には、ダンジョン毎のモンスターの詳細がよく乗っている。
たとえ同じ都市にあるダンジョンでも、ポディエとトロで大きく違う。
ポディエは獣型のモンスターが盛んで、更に炎や雷撃を吐くこともなく基本的には牙や爪の力押しが主流だ。武器を持っているモンスターもよくいるが、それらは冒険者が持っている武器と比べると脆いので簡単に砕けたりする。冒険者も単純な火力があれば突破できるので、ダンジョンとしては簡単だが、基本を学べるいい場所だ。だから学園もこのダンジョンを中心にして作られたのかもしれない。
だが、反対に、トロは特殊なモンスターでいっぱいだ。基本の形は動物でポディエとほぼ変わらないのだが、その肉は腐り落ちている。骨は見えて、目は体の中にない。肉ではなく骨ばかりの敵に武器などが通じにくく、アビリティやギフトで進むのが常識となっているダンジョンだ。
授業では、冒険者を引退した教師が、そんなモンスターたちの本には書いていない知識を教えてくれるのをナダはまだ本を読みながら待っていた。
「そうかえ? ふふ。それなら少し早いが儂らから贈り物があるんじゃ。と言うよりも、これはアンリの提案じゃがの」
「何のことだよ?」
「カンパをしてきたのじゃ!」
「カンパ?」
「そうだよ。ほら。皆、クーリくんのことを友達と思っているから、皆で協力してお金を集めたんだ。今度の休みに行ってくるといいよ!」
「いや、そんな申し訳な……」
「いいんじゃよ。それに大部分はアンリが出したんじゃ」
「私の家は貴族だからさ。余裕があるんだ」
「それに集まった、って、手紙が来たのは昨日だぞ? 急すぎないか?」
「以前から一度は帰りたいって言っていたでしょ? だからね、もう少しで誕生日だからクラスの人や後輩たちに声をかけたんだ! ちょっと早いけど、誕生日おめでとう!」
「儂もクーリには世話になったからのう。これはその御礼じゃ」
「皆……ありがとう! わざわざ俺のために……!」
その言葉と共に、金髪の美麗な青年の元へ教室中の皆が集まって行った。
もちろん、ナダを除いて。
金髪の青年へと声をかける者は男女共に多かった。早くから有能なアビリティを発現して、第一学年の時には既に有望な新人として注目を受けていた。ナダも同じ学年なのでその名前を聞いたことは何度もある。
「ふふん。いっつもクーリくんは頑張っていたからね! 農家の出身だから勉強なんか習ったことがないのに、毎日学校に残って勉強していたもんね!」
「いや、アンリだって教えてくれただろ?」
「それでも、毎日勉強するのは大変だもん。簡単に真似できることじゃないよ。それに学費も稼がなきゃいけないからダンジョンにも潜らないといけないし、武技を習う必要もあるでしょ? 全部を一緒にするなんて私じゃ絶対に出来ないもん!」
またこちらも金色の髪をした美しい少女の言葉に皆が同意した。
ナダはその場面を横目で見ることもなく、ずっと視線は机の上に置いた本に向けられていた。そのページを捲る手は遅い。一つ一つの情報を食い入るように見ていた。
ナダは自分の記憶力にあまり自信がないのだ。何度も見たことでさえ、忘れてしまうことがある。モンスターの情報がないとその対処に遅れることなるため、必死に頭に入れようと何度も同じ概要を見直していた。
「あはは。それは言いすぎだよ」
「そんなことねえよ! な、アキト」
「そだべ。そだべ。オレたちなんか、未だに勉強しないもんな」
「それはしたほうがいいと思うよ。でも、アキトとマサムネもありがとう。この恩はいつか絶対に返すよ!」
「いいいて、別に!」
教室中が華やかな空気に包まれていた。
そこで、金髪の青年がナダに気付いた。
「ところでさ、彼にも感謝した方がいいよね?」
金髪の青年が人混みを掻き分けてナダの元まで近寄ろうとするのを、金色の少女が言いづらそうに止める。
ナダは決して金髪の青年の方向に向くことはない。
「いや……彼にはさ、カンパを頼んでないんだ。私達がカンパを始める時にちょうど教室にいなかったし……それに、そんなことをしなくても十分なお金は集まったから……」
「そうなんだ」
金髪の青年がなんとも反応しがたい声を出した所で、学校に鐘が鳴り響いた。
それと同時に時間には厳しい中年ぐらいの男性が教室に入ってきて、皆がそれぞれの席についた。ナダもようやく本から目を離して、教壇に立つ教師に目を向ける。
授業は平常運転で、ナダはその日の午後もダンジョンに潜っていた。
もちろん、一人で。
その間に会話をしたのはダンジョンに入る時の手続きをするためにいる短い茶色の髪をした可愛らしい受付嬢だけだった。