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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第四章 神に最も近い石
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第零話 プロローグ

 パライゾ王国の端に新しく作られた都市――『オケアヌス』には大きな湖が存在し、その中央にはマゴスと呼ばれるダンジョンの入り口が存在する。

 マゴスは巨大な石をつなげて造られた内部をしていた。緑がかった巨大な石は大きく湾曲していたり、鋭い角度を見せたりもしていたが、岩と岩の接地面は薄いナイフが通らないほど精巧に隙間なく作られている。

 人の手が加わったようなダンジョンであるが、石の一つ一つは大きく、とても人類が作ったようには思えない。

 そんな中、円錐の形をした鍾乳石のようなものが青白く光を放つ。

 暗い迷宮の中で、怪しい光のみが唯一の道しるべだった。


 男はぴちゃぴちゃと音を立てながらマゴスの中を歩く。

 履いている靴は革で作られた滑りにくいものだった。マゴスは常に薄く水が張っており、つるつるとした床は生えている苔もあいまってとても滑りやすかった。普通のブーツでは進むのに気を使い、まともに冒険できないほどだ。

 男が使っているブーツはこのダンジョンに存在するモンスターの革を裏側に貼っており、弾力のあるそれは非常に滑りにくかった。


 だが、それでも他のダンジョンと比べると足元には気を使うので、男はゆっくりと大きな足を上げずにすり足で歩く。いつでも踏ん張れるように。


 男は青色が導く先を見つめた。

 先は一本道で、遠くまではよく見えない。そもそもマゴスは常に薄い霧が漂うようにあらゆる場所で発生しており、青色の靄が遠くに見えるだけだった。

 また湿度も高いのでとても汗をかく。普通の服だと肌にぴったりと張り付いて動きを阻害し、通常の金属の防具だとすぐに腐食し使い物にならない。


 だから男の着ている防具は、太く大きな体にぴったりと張り付くゴム状の服だった。大きく膨れ上がった背中、大木のように太い腕、それを支える巨大な足、全体が岩のように角ばった体を強調する。

 この防具は水にぬれても元々肌に張り付いていて、服自体もよく伸びるので動きを阻害することはない。金属の鎧と比べると多少柔いが、ただの服と比べるとモンスターの革をよくなめしているのでとても防御力があり、軽いので男は気に入っていた。


 また腰につけたポーチも防具と同じ素材で作られている。それは密閉性に優れており、中に入っている物を腐りにくくするだろう。この迷宮はすぐに食料が腐るので、あまり長期間の冒険に向かないのだが、男のつけているポーチだと少しだけましにはなるのだ。また腰の裏につけたククリナイフの鞘も、同じ素材でできていた。ここの水は塩が混じっているのでさびやすく、その対処のためだ。


 遠くから見れば、男は黒い塊としか見えないだろう。なんせ防具は真っ黒であり、それが首の下全てを包んでいるのだ。

 だが、男の手にある鈍色の刃を持った大きな武器は、靄がかかっている薄暗い迷宮内でも強く存在を主張する。

 その武器は、あるいは“兵器”と呼ぶのが正しいだろうか。

 普通の人の手には余る長さを持ち、柄は太く全てが金属でできている。まるで人ではなく、巨人が扱うような武器だ。

 槍頭にある木目状の湾曲した刃は、とても分厚いが切っ先は鋭い。

 普通の人間なら振り上げて、落とすのもやっとな武器である。

 だが、男はそれを短刀のように簡単に持ち上げて、肩に担ぎながら道を進んでいる。武器の重さに足を取られる様子もない。

 きっと、男のような分厚い膂力に支えられた体だからこそ、足場が悪いマゴスでも地上と変わらずにその武器を持ち運べるのだろう。


 その武器の名前は――青龍偃月刀であり、男の愛用の武器だった。

 かつては古代の戦場で、馬の上から振るわれた特大の武器であるが、怪物を狩るにはちょうどいい武器だった。


「ちっ――」


 男は迷宮の先から奇妙な声を聞いた。

 深くうなるような声だ。

 常人なら震えあがるような不気味でおぞましい声であるが、男は既に何度もこの声を聴いているため慣れているので、彼らに感じる事は不快感だろうが。

 ぴちゃぴちゃとした足音が鳴る。

 それは一つや二つではなく、不揃いできっと水の中を滑るように歩いているのだろう。


 男は青龍偃月刀を二つの手で持ち、足音がする方を睨みながらゆっくりと足を進む。もちろん、水をかき分けるように。

 男の顔に緊張はない。きっとこの足音のモンスターは、これまでによく倒したモンスターだからだろうか。

 男がいる通路は広く、青龍偃月刀を振り回してもまだ余裕で距離があるような場所だ。逃げる事も出来るのに、男は通路の真ん中に立ってモンスターを待った。わざわざ近づくような事はしない。先手必勝など、この程度のモンスター相手には必要なかった。


 青い靄の中から、緑色の体がゆっくりと浮かんだ。

 そのモンスターは人のように二足歩行であったが、明らかに人ではなかった。カエルのように大きな目、瞼などなくずっと見開いている。髪は生えておらず、全身が両生類のようにぬめっており体から分泌される体液によって白く光沢もあった。

 手にはみずかきがついており、四本の指で剣や槍などをぶらさげるようにして歩く。男の位置からは見えないが、きっと背中に回ればヒレや鱗、またしっぽなども見えるのだろう。


 彼らは魚人、あるいはバルバターナと呼ばれる。

 冒険者達は短く呼びやすい前者を用いる事が多く、学者は正式名称である後者を使う事が多かった。


 マゴスに最も多く現れる普遍的なモンスターである。

 彼らは深くうなるような声を出し、まるで会話をしているかのようにふるまうが冒険者に話しかけたという記録は現状ない。彼らは人を見ると他のモンスターと変わらず問答無用で襲ってくるのだ。

 今も最も先頭にいる魚人が唸るような、あるいは叫ぶような醜い声をあげて剣を男に向けた。それと共に後ろにいる大量の魚人たちが男へと襲い掛かる。


 男は足元を滑らないように広く、そして低く構えた。そして青龍偃月刀を横に大きく引き、近づいてくる魚人に合わせて強く横に薙いだ。

 それだけで魚人は胴体が上下に分かれて絶命する。

 だが、魚人たちはそれで引く様子もない。

 男はため息をつきながら言った。


「逃げれば殺さずに見逃してやるよ――」


 だが、魚人に逃げる様子はない。

 男の言葉が分からなかったのか、あるいはそもそも逃げる気などなかったのかは分からないが、仲間が一人や二人失っても戦うのは“モンスターらしい”と、男の口角がにたあと上がった。

 腰のククリナイフを抜く様子もない。投げナイフも必要なかった。

 男はまるで氷上を進むかのように、右足を大きく前へと滑らせた。体を反転。次は左足を出す。それと共に青龍偃月刀を大きな弧を描くように回す。

 魚人たちも男へと剣を向けるが、男は気にする様子もないまま青龍偃月刀を振るった。そもそもの武器のリーチが違う。青龍偃月刀の内側に入らなければ魚人の剣は男に届かないが、モンスター達に男へと近づく技量も無ければスピードもない。

 三日月を描くような青龍偃月刀の前になすすべもなく、魚人たちは切り裂かれていく。


 男の足さばきは慣れたものだった。

 左足を出した後は、青龍偃月刀を振るう遠心力をも利用して体を回転させ、次は右足を出してモンスターに近づきながらまた青龍偃月刀を振り回す。迷宮の中に幾つもの三日月を描いた。

 それと共に青い血が迷宮内に飛び散る。

 魚人の絶叫も木霊した。

 それでもモンスター達は変わらずに奇声を上げながら男へと果敢にも挑む。

 だが、所詮はモンスター。知能も持たず、烏合の集団。

 男は涼しい顔をしたままそれら全てのモンスターを狩った。


 歩きにくい迷宮。そんな中を素早く動き、一人を優先して狙う事も出来るほどの知能を持つモンスターを、普通の冒険者は厄介とする。

だから誰もが自らの命を守る為、強い仲間とパーティーを組んでマゴスに潜っている。

 一人で潜るなど並みの神経と、強さでは考えられなかった。


 だから、きっと男は強いのだろう。

 普通の冒険者が苦労するような大軍のモンスターでも、その肌に傷一つ付ける事なく涼しい顔でモンスターを狩るのだから。


 この戦いでモンスターの中から、数多くの良質なカルヴァオンが手に入るだろう。

 カルヴァオンは売ることができ、冒険者の収入源の一つだ。

 マゴスにいるモンスター達は同じ強さのポディエのモンスターよりも高値で売れるカルヴァオンを持っている。だから男もこの戦いできっとそれなりのお金を手に入れるのだろう。


 普通の冒険者なら喜ばしいことであり、熟練の冒険者なら頬が緩むほどの大金が得られるはずだ。


 だが、男の顔に晴れた様子はない。

 むしろ暗く、この程度のモンスターなど歯牙にもかけずに、迷宮の奥底をねぶるように睨んでいた。


 そんな男の名前を――ナダと言う。

 このマゴスに来てから既に三年も経っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あれから三年経ったんですね。 ナダが生きててよかったです!
[良い点] 全て見ました。とっても面白かったです。 第四章 神に最も近い石、楽しみに待っています。
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