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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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閑話Ⅲ 決意

 あれから数日後、イリスは学園長室を訪れていた。

学園長にアポイントを取ったのだが、どうやらすぐには面会できないという事。スカーレット家の権力や学園での地位も使ったのだが、本来なら一か月後の面会が数日後に短縮されただけだった。

またこの部屋を訪れているのはイリスだけではなく、コロア、コルヴォ、アメイシャもいた。

これまでの数日間、イリスはナダの知り合いと思われる人たちに動向について聞きまわったのだ。だが、得られる情報は殆どなく、ナダが四大迷宮と呼ばれている新天地に向かったことも知らなかった。


 イリスが彼らに説明したところ、どうやらコロアやコルヴォは新たな迷宮に潜ったという話が気になり、学園長との対談の時に混ぜて欲しいと言われたのだ。

 イリスは自分の邪魔はしない、ということを条件に二人の提案を二つ返事で頷いた。またアメイシャはコルヴォに誘われて付いて来ている、と言っていた。


 またイリスが気になる事が一つあった。

 学園内のどこにも――レアオンの姿がなかったことだ。

 どこに行ったのかも分からない。誰もレアオンの情報も持っていなかった。もしかしてまた以前のようにどこかへ遠征へ行ったのだろうか、とイリスは考えるが、あの時もレアオンの行った先を後からイリスは風のうわさで聞いた。

 だが、今回に限ってはそんな噂すら聞かなかった。

 まさかナダと同じように四大迷宮へ向かったのだろうか、イリスはそんな想像が頭をよぎっていた。


 そんな事を考えながら、イリスは厳しい顔つきで学園長室の扉をノックして「入りたまえ」の声が聞こえると中に入った。

 四人は学園長室の入り口で立っていると、学園長は執務机から動かないまま優し気な声で言った。


「遠慮せずにソファーに腰かけたまえ」


 四人はソファーにそれぞれ座る。

 それから学園長は立ち上がって、窓を眺めてから四人を見下ろすように言った。


「人数が随分と多いようだが、気にしないことにしよう。さて、イリス君、わざわざこんな機会を得て、私に何の用だ?」


「単刀直入に聞くわ。ナダは四大迷宮に向かったの?」


 イリスの言葉を聞いて、神妙な顔つきをした学園長。

 暫くの間考えてから、学園長は口を開いた。


「別に隠す必要もないか。ああ、行ったよ――」


「そう……」


 学園長の言葉に、イリスは頷くだけだ。

 深く考えるように顎をさする。


「じゃあ、学園長はナダの行動を把握していたと?」


 コルヴォが厳しい目をしながら言う。


「もちろんだよ。ナダ君が四大迷宮に行きたいと言ったから許可を与えた。そこに行くための許可証、足、経費など必要な物を全て用意したさ」


「凄く太っ腹だね」


 コルヴォは睨みながら言う。

 彼が知る限り、学園長が一人の生徒にそこまで入れ込むことはない。基本的に学園長であるノヴァは賄賂などを受け取ることはなく、親が貴族であっても農民であっても公平に生徒を取り扱う事をコルヴォは知っている。

 だからナダへの対応が怪しく思えた。


「彼は極めて優秀な冒険者だからな。私もそんな彼のサポートをするのはやぶさかではない」


「ほう。“優秀な冒険者”だと四大迷宮への許可証を用意してくれた上に、冒険のサポートまでしてくれると?」


 コロアが学園長のしっぽを捕まえたかのように言葉を強調させる。


「ああ、そうだ」


 学園長としてもその発言を撤回するつもりはないようだ。


「ならば、学園長――ノヴァよ。我にも四大迷宮への許可を出してもらおうか?」


「君がかね?」


 コロアの発言を学園長は鼻で笑った。


「その通りだ」


 学園長の態度が気に入らなかったので、コロアは眉を顰める。


「残念だがね、君は確かに優秀な冒険者だが、まだまだ未熟だ。残念ながら四大迷宮へ行く許可は出せない。もうしばらくの間、この学園で頑張りたまえ――」


「……ナダよりも、我の実力が劣っていると?」


「ふむ。その通りだ」


「それは我への侮辱と考えてよいか?」


 コロアは腕を組んで、口調を強くした。

 だが、そんなコロアを学園長は嘲笑った。


「いいや、事実だ。知っているかね? 彼は冒険者として次のステージに行った。既に君たちとは違う場所にいる」


「君たち? もしかしてそれはオレも入っているのかな?」


 コルヴォの口調は軽い物だったが、目は深く学園長を睨んでいる。


「ああ、そうだ。勿論私が言いたいのは君たちだけじゃない。イリス君、アメイシャ君も同様だ。君たちはナダ君に劣る。だから、四大迷宮への許可を出すわけにはいかないなあ――」


 学園長の言葉に四人の怒気が膨れ上がった。

 これまで数々のモンスターを倒してきて、学園でも屈指の冒険者である四人を前にして学園長は淡々と言った。

恐れもない。

 ずっと冷めた目をしていた。


「教育者として教えてくれませんか? 私のどこが劣っていると言うのです?」


 アメイシャの言葉は丁寧ながらも、目じりは吊り上がっていた。彼女も怒りがふつふつと沸き上がっているようだが、何とか堪えているようだった。


「ふむ。そうだね。どこが劣っているかと?」


 ノヴァは深く考えているようだった。


「ええ、きちんと言ってもらえないと分かりませんので」


「そうだね。端的に言おう。君たちは――弱い。実力が足りないのだよ。」


 ノヴァの言葉に空気が凍った。

 四人の誰もが心のどこかで思っている事だった。例えアビリティやギフトがあったとしても、ナダとは大きな差がある事は心の奥底で自覚していた。それは以前の七人での迷宮探索で冒険者として格の違いを見せつけられた。

 そんな四人の様子を見て小さく頷くが、ノヴァは気にせず話を続けた。


「彼らが挑戦するステージは、君たちのように仲間と力を合わせて攻略するわけでもなく、作戦を立ててもどうにかなるような場所でもない。必要なのは他者すら寄せ付けないような圧倒的な強さ、それが君たちには足りないのだよ」


 ゆっくりと語り掛けるようにノヴァは言う。

 まるでそれは出来の悪い子供を諭すかのようだった。


「……それはどの程度の強さでしょうか? 具体的に教えてもらえますか?」


 学園長の言う通り、本当に実力が劣っているとしてもそれを認めたくアメイシャは、最後の抵抗とばかりに言葉を発した。


「そうだね。せめて“ガーゴイル程度”は一人で倒せるほどの実力が必要だと思う」


「ですが、あれはギフト使いには……!!」


 強くアメイシャは反論した。

 もちろんポディエで現れたはぐれについての情報は、冒険者として逐一仕入れているアメイシャ。その中にははぐれの中でも特に珍しい種であるガーゴイルについても当然調べていた。

 曰く、ガーゴイルはギフトやアビリティを受けた場合、皮膚を硬化させる能力を持つ。つまり、ギフト使いで、戦闘の全てをギフトに頼っているアメイシャにとっては相性の悪いモンスターだった。

 あれを倒せるのは、武器を用いた戦士。それも身体強化のアビリティを持つ者が相応しい、というのが学園の見解であり、アメイシャもそう思っている。


「ギフトが通じないと?」


 ノヴァはせせら嗤った。


「ええ、そうです!」


「なるほど。つまり――君のアビリティの貧弱さを認める事だな?」


「なっ――!!」


「アメイシャ君、君は学園の中でも屈指のギフト使いだと認められているようだね? 数々のモンスターを一つのギフトで殲滅することができ、相性がいいはぐれなら一撃で倒すことが出来ると?」


「……私にはもったいない評価です」


 謙遜するアメイシャ。

 だが、そんな言葉に学園長は頷いた。


「ああ、その通りだ。君は知らないだろうが、過去にいた冒険者の中には、あの程度のモンスターは一撃で蒸発させる冒険者もいる。ガーゴイル程度の装甲はね、優れたギフト使いにとっては関係がない。彼女ほどの実力を……とは、さすがにアメイシャ君にはハードルが高すぎるが、半死半生でもあの程度は一人で倒すほどの実力は身に着けてもらわないと許可は出せない」


 その名前をノヴァは発することはなかったが、アメイシャは火のギフトを使う為に過去のギフト使いについての名前も数多く覚えていた。

 そんな芸当が出来る冒険者として、ふとアメイシャの頭の中に浮かんだ名前は一つだった。

 かつての英雄であり、アダマスと同じ時代に生きた冒険者――カルブンクルスである。彼女は迷宮の壁すらをも溶かすほど強い火のギフトを生み出せたと聞く。

 だが、流石にそこまでの実力は求めていないだろう、きっと自分の考え過ぎだろうとアメイシャは頭を何度も振った。


「さて、他の三人についても一緒だ。せめて一人ではぐれを、それもガーゴイルほどのはぐれを倒すのを証明してくれれば、ナダ君と同じように四大迷宮への許可証を出そう――」


 学園長は寛容にも四人へと提案した。

 だが、四人とも押し黙るだけだ。

 ガーゴイルの単独討伐。この中で一番相性がいいコルヴォでさえも、確実に勝てるとは言えない相手だった。ガーゴイルの事は知っている。ユニコーン討伐の時にレアオンと戦っているところを目にした。

 ポディエに出現するはぐれでも上位の実力だ。

 相性がいいとはいえ、死ぬ可能性が十二分にある。冒険者としてそこまでリスクを冒せるほどの魅力的なモンスターとも思えない。あれに一人で挑む冒険者など、冒険者として常軌を逸しているとさえ思えるほどの相手だ。


「……つまり、同じようにガーゴイルを一人で倒したレアオンにも許可証を与えたと?」


 イリスはふと、レアオンの事を思い出す。

 彼の行方も不明であるが、ナダと同じように四大迷宮へ向かったとすれば簡単に説明がつくと考えた。


「ああ、その通りだ。彼も冒険者として優れているからね。彼も向かったよ」


「それは私たちよりも?」


「ああ、そうだ。君たちよりも、だ」


 強くノヴァは言った。

 四人は既に反論すらしなかった。

 ノヴァの許可証を出す基準は極めてシンプルだ。単独でのはぐれの討伐。


 だが、そんな事誰が可能だ?


 少なくとも自分には難しい。

 四人は同じような考えが頭を占めていた。

 それと共に、自分は冒険者として弱いのだと骨の髄まで分からされた。


 だが、決して四人とも激昂して、ノヴァに殴りかかることもない。

四人ともノヴァがかつては前線で活躍した冒険者であることは知っている。また定期的に“現役”の冒険者として、単独で迷宮に潜っていることも知っていた。

 かつては英雄と謳われた身であるノヴァの実力はよく分かっている。軽く迷宮に潜っただけでも、学園の他の教師とは比べ物にならないほどのカルヴァオンを地上へと持って帰って来るのだ。

 冒険者としての実力は、自分たちよりも上なのだ。


「さて、話はこれで終わりだが、冒険者として君たちに一つだけアドバイスをしよう。だが、これはナダ君たちと同じステージを渇望する者の為のアドバイスだ。君たちが今の実力に満足しているなら聞かなくていい――」


 学園長は優し気な語りであったが、あくまで冒険者として上を目指している四人の胸に学園長の言葉は強く響いた。


「コルヴォ君、コロア君、君たちは数年前と同じパーティーを作ろうとしているようだが、あれは無駄だ。止めたまえ――」


「……一応、理由を聞こうかしら」


 イリスは言った。


「確かに君たちがパーティーをまた組めば、君たちが打ち立てた幾つもの記録を更新することが出来るだろう。それぐらいの実力は君たちにはある。だが――彼らと同じステージに立とうと思えば、その程度の実力はいらないのだよ。


――必要なのは、圧倒的な個人の武勇だ。


だが、それはパーティーというぬるま湯の中では決して身に付けられないもの。君たちも知っての通り、ナダ君も、レアオン君もソロでの迷宮探索の中でその強さを手に入れた。だが、強制はしない。勧めもしない。何故なら、彼らの進む道は残酷で、出来る事ならば歩きたくない道なのだから」


 そう学園長は遠い目をする。



 ◆◆◆



 学園長との話は終わり、イリスは他の三人とは別れて一人で帰路につく。既に太陽は落ちており、大通りに人は少なかった。

 イリスはとぼとぼと俯きながら歩いていた。彼女の姿に、いつものような勝ち気で自信に満ち溢れた姿はない。

 そんなイリスの頭の中で巡るのは、ナダとレアオンの事なのは言うまでもない。

 かつてのパーティーメンバーは自分よりも先に行ってしまった。その事は昔から認めていたからだが、こうして二人が明確に自分より先の道へと思う事がある。


 コロアやコルヴォの二人のようにイリスも、アギヤの再建を頭の隅で考えており、それを実行した方がいいのかしないほうがいいのかずっと悩んだままで行動にすら移せていなかったが、今となっては幻想のまま消えた。


 コルヴォとコロアは新学年が始まって、既にそれぞれの元のパーティーで活躍していると聞く。彼らは学園長に否定されたパーティーで、そのまま冒険を続けるのだろうか。

 少なくともイリスに新しいパーティーを作り、メンバーを集める気は起きなかった。自分が声をかければ人は集まるだろうが、当時のアギヤ以上のメンバーが集まるとも思えず、またその方法でナダ達と同じ実力まで行くことができるとも思わなかった。


 イリスの胸の奥には、大きなしこりが残っていた。

 自分は何がしたいのだろうか、イリスにはそれが分からない。

 心のどこかで自分よりも先に行ったあの二人を祝う気持ちがあると共に、どうしようもなく醜い嫉妬も渦巻いている。


 ――弱い。

 その事実がイリスを蝕む。

 アビリティを持ち、ギフトも持ち、学園で最強と名高い彼女だが、成長はここ一年ほど止まっている。アギヤのリーダーだった時は一日ずつに確かに成長を感じられたのに、新たな境地を開こうとしてアギヤのリーダーを譲った時からあまり強くなっているようには思えなかった。

 いろいろなパーティーに期間限定で所属し、様々な仲間と多種多様な冒険を行ったはずなのにその実りは今考えてみると少なかった。


 何が間違っていたのだろうか。

 強くなるために一人になった筈なのに、成長するためにアギヤと言うパーティーを後輩に託したはずなのに、結果的にその選択がアギヤが消滅することになり、後輩にも実力を抜かれるとは想像もしなかった。


 灰色になった空から冷たい雨がぽたぽたと降り始める。

 だが、それでもイリスはどこかで雨宿りするようすもなく、まっすぐ自宅へと帰って行った。


 イリスは自宅のマンションにつき、一緒に住んでいるメイドにタオルを受け取りぬれねずみとなった体を拭く。

それから温かいシャワーを浴びて、少しだけ気持ちが落ち着くと、メイドから本日届いた手紙を受け取ってから自室にある大きなベッドへと向かった。

頭の上で濡れた髪の毛をまとめたイリスはバスローブのままでベッドの上にあぐらをかいて、多数の手紙を広げた。

多くの手紙はスカーレット家のイリスに向けられたものだったので、読まずにベッドの上から投げる。あまり興味もなかった。


 だが――その中で、「親愛なるイリスへ」と書かれおり、見た事のある青い封蝋をされた手紙が気になった。

 差出人は――かつてのパーティーメンバーであるニレナである。


 イリスが手紙の中を読んでみると、どうやらナダへの文句が多いようだった。二人はニレナに許可を取ることもなく、それぞれ勝手にニレナにお願いをしたようだ。

 ナダはアギヤの武器庫の鍵と共にその管理をニレナに承諾を得ぬまま頼んだようだ。その理由と言うのも詳しくはかかれず、行先も告げずインフェルノから離れる、とだけ書かれてあったらしい。


 そんな自分勝手なナダにニレナは憤慨しているようだった。

 その愚痴も書かれており、ニレナの手紙にはナダはどこへ行ったのか、何をしようとしているのか、詳しい情報が知りたいと書かれていた。


 イリスはそんな手紙を隅から隅まで見つめてから、びりびりに引き裂いてあたりに投げてベッドへと背を投げ出した。


「私も知らないわよ! 知らないからこうなっているんでしょ!! ……本当、あいつは勝手なんだから! どうしてあいつへの文句が私に来るのよ!」


 イリスは叫ぶように言った。

 また頭の隣にある別の手紙には、長らく連絡を取っていない元パーティーメンバーのシズネの名前が書かれてあった。その手紙は開ける気もしなかった。

 なんとなく、内容は想像できたからだ。


「ああ、むかつく! ああ、とっても腹が立つわ!」


 自分勝手な後輩二人にも。

 そんな二人にだけ四大迷宮への許可証を出した学園長にも。

 また実力がない自分に、一番腹が立った。


「決めたわ。やっぱり私のやる事は変わらないのよ。初志貫徹だわ。こんなことで悩んでいたのが馬鹿らしいのよ。絶対に――あいつを殴ってやる」


 イリスは右手を握りしめて、強くベッドを叩いた。

 それは彼女なりの決意の証だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この学園長、コネ作ったり派閥作りに勤しんでる一般的な優秀な冒険者のこと 「あーうん優秀だよね、カルヴァオンもよくとってきて経済回してくれてるし(でも雑魚だよなあ)」みたいな目で見てたのかな…
[一言] 執筆お疲れ様です 学園に残っているメンバーの今後も気になりますが ナダの冒険を楽しみにしています
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