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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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閑話 第六学年

要望が沢山ございましたので、ナダが去った後の話を書くことにしました。

おそらくあと数話で終わると思いますので、少しの間だけお付き合いいただけると幸いです。

 ラルヴァ学園において、同級生と毎日顔を合わせる事は殆どない。

 授業は単位制であり、一日フリーになる学生も多く、また一日の殆どを土の下にある迷宮で過ごす者も多かった。だから友達であっても、数日、長ければ数週間顔を合わせなくてもそうおかしくはなかった。


 身長の低いダンもそうであった。

 同じパーティーに所属している仲間ならともかく、他で冒険者活動をしている者達と顔を合わせる事は少なかった。

 ダンにとって親友と呼べる人物であっても、一か月、あるいは二か月会わない事もよくあった。


 だから――最初に違和感を覚えた。


 ダンは春になって、六年生になった。

 全部で八学年あるラルヴァ学園では、十分上級生と呼べるまでに成長した。冒険者にとって六年生とは節目の年である。学園にいるのは残り三年で、その間に冒険者として誉れ高い功績を得る為に、パーティーを変える者や再編する者が多く現れる学年だ。

 ダンはパーティーを変えるつもりはなかったが、残り三年の冒険計画を少し前に建てたのでそれにそって冒険を行うつもりだった。


 だが、六年生になっても授業は当然のようにある。

 冒険はその間を拭って行わなければならない。他のパーティーメンバーの兼ね合いもあるため、冒険計画は逐次修正していかなければならない。

 パーティーを組んでも、ただ迷宮に潜ればいいというわけではないが、学生の辛い所だった。


 この日もダンは授業を受けていた。

 迷宮学だ。

 新たな四つの迷宮について講義も、既に学園では単位の一つと認定されているので今後の事を考えてダンは授業を取ったのだ。

 新たな学科は四つの迷宮ごとに分けられており、本日ダンが受けているのは『マゴス』の授業だ。


 湖の真ん中にあるダンジョンであり、迷宮内も水で濡れているという特殊なダンジョンだ。

 だから特定のギフトを持つ冒険者以外には推奨されていないダンジョンであり、四つの迷宮はどれも特殊な特徴を持っている。

 最初は浅い層にいるモンスターのみの情報のみが公開されていたが、今となってはマゴスに出現したはぐれについての情報を多く公開されていた。


 未討伐のはぐれとしては、ダーガンと呼ばれる大きな魚人――あるいはバルバターナの情報だろうか。身長は人を大きく超えて、突出したよどんだ目と、分厚くたるんだ唇が特徴的なはぐれと言われている。

 その強さも一般的なはぐれと比べると圧巻であり、二本の太い腕はまるで大きな鈍器の様で、大きな体躯に似合わずスピードは小動物のようだと言われている。実際にあった冒険者の話ではギフトやアビリティが殆ど通用しなかったと言った情報もあり、厄介なモンスターの一種であった。


 他にもはぐれの目撃情報は数多くあり、魚人の中にはギフトに似た力を操る者、大きな武器を持つ者、また外殻が固い鱗となっており関節の隙間を狙わなければダメージを与えられない者など、数多くのモンスターの情報が公開されていた。

 だが、これでも広い構造を持っているマゴスの一部分であり、どうやら現地の冒険者たちは攻略に苦労しているようだ。


 ダンはそんな授業を聞きながら、黒板に書かれた重要な部分だけをノートへと書き写す。もちろん授業だけあって、学科が終わる頃にはテストだってある。それで合格点以上を取らなければ単位は取れない。


 ダンはセレーナと並んで授業を受けていると、ふと顔を上げた。

 教壇に向かって少しずつ椅子が下がっていく構造をしている中で、ダンは一番後ろから他の生徒の様子がよく分かった。

 教室はほぼ満席であり、見知った後姿が多い。

 イリスやコロア、ブラミアの姿もダンは確認できた。ダンは他の三つのダンジョンに関する迷宮学を取っており、ほぼ毎回授業に参加しているが、どうにも違和感がぬぐえない。


 その答えがすぐに分かった。

 ダンの見ている光景の中に、見知った大きな背中がないのだ。彼にとっては小さな椅子に座って、小さな机に背中を丸めながら向かっている姿がここにはないのだ。


 ――ナダがいない、という事にダンはこの時、初めて気づいた。


 ナダと顔を合わせない事はこれまでも多々あった。一か月以上も顔を合せなかった事も多い。もともダンとナダは同じパーティーに所属したことがなく、ギフト使いであるダンと武器をメインに使うナダとでは取っている授業も全く違う。


 だが、迷宮学に関してはお互いに共通している授業だ。

 一度だけならまだしも、ダンが六学年に上がってからもう二週間も顔を合わせていない。

 ダンが思うに、ナダは四つの新しい迷宮に興味を持っている筈だった。また五学年の時に行われていた四つの迷宮学では、度々姿を見ていたような気がする。

 最も毎回ではない。

 だがナダの大きな背中を、ダンが見間違えるはずがなかった。


(もしかしてどこかに留学に行っているのかな?)


 ラルヴァ学園の在校生であっても、見聞を広げるために他の迷宮へ挑戦する冒険者は多い。四つの迷宮への留学は禁止されているが、他の迷宮に限ってはそうではない。

 例えばセウにある『ミラ』と呼ばれる迷宮には留学に行く者も多い。

 ダンの知っている限り、最近ミラへと留学に行った学生としては、レアオンが有名だろう。


 だが、本当に留学に行ったのだろうか、とダンは首を傾げてしまった。

 ダンは詳しいナダの内情を知らない。彼もそう自分の状況を無暗に公開する人柄ではなく、どちらかと言えば秘密主義のようにもダンは感じていた。

 もしも留学に行ったのならば、回復薬が必要だろう、とダンは思った。彼に渡した回復薬はそれほど多くない。もしかしたらもう尽きているかも知れない、と心配になった。


 ダンは癒しの神と言うギフトを持っており、彼の祝詞を込めた回復薬は市販されている物と比べると効果が絶大的だ。

 普通の冒険者では祈りの籠った回復薬を手に入れる事はそう容易ではない。通常のものより高い値がつき、供給も安定しないからだ。


 ダンもよく周りの冒険者から作ってほしいと頼まれるが、回復薬に祈りを込めるのは簡単なことではなく、また時間もかかるため周りに売ることも、渡すこともほとんどせず、自分のパーティー用に補助として渡している程度であるが、親友であるナダには対価も殆ど受け取らず祈りを込めた回復薬を渡していた。


 昔からダンはナダが向こう見ずな性格だと知っているからだ。

 モンスターを見つければ殺すまで斬りかかり、剣を失ったとしても戦う姿はダンにとって真似できないもので、憧れのような気持ちも抱いていた。


(ああ、そう言えばあんなこともあったね)


 ダンはナダの過去の姿を思い出して思わず笑ってしまった。

 それはラルヴァ学園に入ったばかりの頃の話だ。冒険者の研修として数人の熟練の冒険者と共にポディエへ潜った時である。一年生であるダンはナダなどの他の十人ほどの同級生と迷宮に潜った。

 本来なら一年生はモンスターと戦う事はなく、迷宮の空気に触れると言うものだったのだが、たまたま数多くのモンスターと出会ってしまい、熟練の冒険者の脇をモンスターの一匹が抜けた。

 意気揚々と一年生はそのモンスターを殺そうとしたが、新人に勝てるほど甘い敵ではなく、爪で切り裂かれ、肉を抉られた。最初の同級生が悲惨な目にあったことで、まだ恐怖を飼い殺すことができない同級生は腰を抜かしてしまった。

 情けない話だが、ダンも腰を抜かした一人である。そしてモンスターの標的がダンに変わり、びくびくと怯えていた時に、ナダが自分の前に立ったのだ。


「――あんたは俺を殺す気か?」


 敵を見定めた時の冷たいナダの言葉は、今でもダンが忘れる事は出来ない。

 結局のところ、ナダは一年生ながら初めてあったモンスターと戦い、勝利を収めた。その凄まじい戦いは今でも覚えている。ナダはモンスター相手に振るったせいで折れた剣を投げ捨てて、近くにあった石で殴り殺したのだ。もちろん、多くの傷を受けて、大量の血を流しながらも彼は決してひるまなかった。


 そんな姿を見たからこそ、癒しの神に選ばれたダンは絶えずナダに回復薬を渡しているのだ。

 彼が決して死なないように、と。

 だからダンは回復薬が少なくなっているであろうナダの事が心配だった。


(イリスさんなら何か知っているかな?)


 ダンは前の方の席で真剣に黒板に向かい、教師の話を聞いているイリスの背中を見つめた。

 ナダが頭の上がらない先輩の一人である。彼の家にイリスが度々ちょっかいをかけに行っている事もダンは知っており、ダンにとっても信頼している先輩の一人だ。


 授業が終わったら彼女に話しかけよう。

 ダンは強くそう思った。

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― 新着の感想 ―
妹たちだけでなくダンにも言ってないんですねー徹底してる!
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