表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
131/278

第五十四話 レアオン

 草木も眠る頃に、ナダは大きなベッドを前にして椅子に座っていた。

 見つめる寝顔は二つ。

 自分の妹であるテーラとスピノシッシマ家の一人娘であるカノンだ。二人はまるで姉妹かのように仲良く並んで眠っていた。

 前に執事から聞いた話であるが、スピノシッシマ家の屋敷にテーラが泊まる時はいつもカノンがテーラの手を引っ張ってベッドに入るようだ。テーラが一人で眠るのが寂しいというカノンの配慮だが、寝顔を見ているとどうにも違うように思える。

 カノンはテーラの左手を両手で握っていた。まるでテーラが傍にいる事を確かめるように。


 ナダは二人の顔を暫く眺めてから、頭を優しく撫でてから目を外した。そして天井をおもむろに見上げて、左胸を握ると深いため息をついてから立ち上がった。

 黒い外套を羽織っている。裾の近くは穴が開いており、ぼやけた色の外套だ。お金は山ほど持っていたが、どうにも新しい外套を買う気にはならなかった。もしかしたらこれがイリスから貰ったものだからなのかも知れない。

 ナダの腰には既にククリナイフがつけられており、椅子の横には大きなダッフルバッグも用意されてあった。


「さあ、行くか――」


 ナダは名残惜しそうに二人の顔を見つめてからダッフルバッグを持ち、部屋から出て行った。


「本当に行くのですか?」


 部屋を出ると、優しい貴婦人に話しかけられた。

 彼女は色がくすんだ黒髪を頭の後ろでまとめており、優しそうな女性だった。カノンを早くに生んだのか、まだ若く、女性として魅力的でもある。服装も就寝用の素材が柔らかいワンピースだった。

 彼女はカンテラを持ったまま立っているが、その顔色はとても明るく血色がよかった。


 彼女の名前はサラという。

 カノンの母親であり、サラの夫が死んだ今、本来ならスピノシッシマ家の当主であるが、長い間病床に臥せっていたため立つことすらままならなかった。


 今ではユニコーンから造られた秘薬をナダが渡したことによって、自らの足で出歩くほどまでに回復した。

 もう殆ど治っているため、近いうちにスピノシッシマ家の当主として活動するとナダは聞いた。


「ああ、行くさ」


「彼女たちを置いてですか?」


 サラが言うのはテーラとカノンの事だろう。

 最近では以前よりカノンが自分に懐いてきた、とナダは感じていた。きっと自分がいなくなれば寂しがることも分かっている。それはテーラも当然のように一緒だ。


「そうだ。やるべきことがあるからな」


 だが、ナダの意識は変わらない。

 左胸の熱が、ナダに自分の使命を思い出させた。


「そうですか……」


「それより、テーラの事は任せたぜ」


 ナダは新たな迷宮に挑戦するにあたって、テーラはスピノシッシマ家に預ける事にしたのだ。

 サラも最初は渋っていたが、幾つかの交換条件と共に飲ませた。

 一つは秘薬の提供だ。これによってサラの病は治り、以前のように当主として返り咲くことが出来るだろう。

 もう一つは養育費の提供だ。ナダは有り余るほどの財産を手に入れていた。今後の冒険に必要なわずかな量のみを手元に残し、その大部分をスピノシッシマ家に渡した。子供を一人育てるには十分すぎるほどの額である。


 そして最後の一つが、カルヴァオンの提供だ。

スピノシッシマ家は以前と変わらず、専従の冒険者がナダしかいなかった。彼が消えればカルヴァオンの提供が止まることになり、領地の経営が困難な状況に陥るが、ナダの提供した資金があれば新しい冒険者を雇う事も簡単だろうとナダは思っていたが、この契約はサラがどうしても、と押し切られたのだ。

だからナダは、新しい迷宮に挑戦する時もカルヴァオンの提供はすると誓った。


「ええ、分かっております。でも、本当にテーラさんを連れて行かなくてよろしいのですか?」


「ああ。俺はこれから、いつくたばってもおかしくいない冒険に行く。きっと俺の死に場所は迷宮だ。地上で安らかに眠るという事なんてきっと――ない。そんな冒険にテーラは連れていけない。いつ死ぬか分からないからな。だからあんたには責任を持って、テーラが大人になるまで育ててほしいんだよ」


 ナダは口角を上げて、意地が悪いように笑った。

 サラがため息をついて頭を押さえていた。そんな冒険に出るぐらいなら冒険者を辞めればいい、新しい商売でも起こしたらいい、そのぐらい簡単に行える資産を持っているのだから、とはサラは言わなかった。

 そんな言葉は秘薬を渡された時に言ったからだ。

 だが、ナダの意識は変わらなかったから、サラは説得するのを諦めたのである。


「はあ、分かりました。テーラさんは私が責任を持って預かります。でも、絶対にいつか迎えに来てくださいよ?」


「ああ、分かっているさ」


 だが、ナダは心の底では、帰れるかどうかも分からない冒険になると感じている。


「ナダさんがいなくなると、二人とも寂しがりますよ」


「そうかもな。でも、あんたがいるから大丈夫だろう? もうベッドで寝ているような体じゃないんだ。きっとあんたがいれば、二人の寂しさもすぐに和らぐさ」


「何も分かっていませんね。あなたは――でも、まあ、男性というのはそういう方ばかりと聞きます。仕方ありません。でも、こんな時間に今すぐ行くのですか? テーラさんとカノンに挨拶をしなくてよかったのですか?」


「ああ」


「二人から恨まれますよ」


「……そうかも知れねえけど、馬車の時間が決まっていてな。二人はこんなにもぐっすり眠っている。邪魔をするのも悪いと思ったんだ」


 ナダは頬をかきながら言った。

 本当は違う。

 馬車の時間など決まっていない。

 だが、ナダは湿っぽいのは嫌いだった。誰かと別れるのもそう慣れているわけではない。人知れず去って行くのが、自分にとって一番いいと思ったのだ。


「……まあ、いいでしょう。でもね、ナダさん、例え仕方のない別れでも、人知れず去って行くより、悲しくても辛くても別れの言葉はちゃんと言った方がいいと思います。それが相手にとっても、自分にとってのけじめというものです」


 サラは優しく諭すように言った。


「……そうかも知れないな」


 少しは彼女の言葉がナダの胸にも響いたのかも知れない。


「はい。ナダさん、私の心は心に留めて、またここに帰ってきた時に二人から沢山怒られてくださいね。分かっていると思いますけど、私はナダさんがいなくなることの説明は二人にも責任を持って行いますが、何も言わずに去って行くことに関してのフォローはしませんから」


「ああ、それでいいさ」


「出来る事ならたまには手紙も書いてくださいね。それぐらいはできるでしょう」


「精々、努力するさ」


 ナダはそれだけ言って、ひらひらと片手を振りながらサラの元から去って行く。

 サラはそんな彼の背中を見つめながら言った。


「はあ、分かっておりましたけど、なんて不器用な人なのかしら」



 ◆◆◆



 ナダは一人夜道を歩く。

 例え春であっても、夜の街の乾いた風が冷たかったので、ナダは外套のポケットに手を入れたまま背中を丸くする。

 外は誰も歩いていない。それもその筈。街灯すらもついていない時間帯に出歩く者など、この町には少ない。いるとすれば歓楽街の場所だろうが、ナダが歩いているのは町の出口に続く大通りだった。

 ノヴァの用意した馬車は町の外に用意されてある。インフェルノにある関所は普段、この時間は空いていないのだが、今日に限っては門番が二人ほどいてナダがノヴァから受け取った紙を見せると二つ返事で通してくれた。


 門の外を出ると、草原はいつもと同じように青く、空は依然と変わらず星が輝いていた。

 そして本来ならこんな時間にないはずの場所に馬車が用意されていた。

 それも――二台だ。

 他の町の迷宮へ行くのは自分だけの筈なのに、二つも馬車があることにナダは違和感を覚えた。だが、その疑問がすぐに晴れるかのように、馬車の近くに馬主ではないが馬車の前で地面へと腰を下ろしていた一つの影を見つけた。



「やあ、ナダ、やっと来たんだね」


 レアオン、だった。

彼もナダと似たようなコートを着ており、隣には大きなバッグを用意してある。


「レアオン、どうして、お前がここにいる?」


 ナダは目を細めた。

 理解が出来なかった。

 レアオンがここにいる理由が。


「僕がここにいる理由? 簡単だよ。“君と一緒”さ」


「俺と一緒だと?」


「ああ、君も他の迷宮へ行くのだろう? 学園長が学生たちに行くことを封じた四つの迷宮へ。僕も行くんだよ」


「何故、許可が下りた? 誰もいけないはずだぞ」


 最もなナダの発言に、レアオンは馬鹿にするように嗤った。


「不思議な事なんてないだろう? 君にも許可が下りたんだから。まさか君は、君一人だけが“特別”だなんて思ったのかい? もしそうならそれは驕りだよ――」


 レアオンの言葉を受けて、ナダは彼の左胸を見つめた。

 ノヴァが四大迷宮への許可を出すとしたら、自分と同じ病気にかかっているとしか考えられなかった。

 ナダは自分のみがこの病気にかかって苦しんでいると思っていたが、どうやら同級生にも同じ境遇の者がいる事に笑ってしまった。


「……驕りか。そうかも知れねえな。で、どうしてレアオンは先に出発しなかったんだよ? まさか俺を待っていたのか? かつてのようにまた俺をパーティーへと誘うつもりか?」


 おどけたように言うナダ。


「まさか、そんなわけがないだろう?」


 レアオンは草に隠れていた木刀を二本持って立ち上がると、長い方をナダへと無言で投げ渡した。


「何だよ、これ――?」


 ナダは急に投げ渡された木刀を受け取ると、柄の部分を強く握った。とても握りやすく、また木刀自体の長さも大太刀ほどあり、過去に使っていた武器を思い出した。


「懐かしいだろう? 僕たちがアギヤの頃に練習用に使っていた木刀さ」


 レアオンが持っている木刀も、よくよく見てみると何度も目にしたことがある木刀だった。柄の部分に白い包帯が巻かれているが、度重なる訓練によって包帯は黒くなってぼろぼろになっている。


「で、これをどう使うんだよ?」


「僕はね、この町に一つも憂いを残したくないんだよ。その殆どを僕は解消したけど、一つだけ残っていてね。ナダ、僕は君に勝って、次のステージへ進みたいんだ――」


 レアオンは慣れ親しんだ木刀の切っ先を、ナダに向けて言った

ここまで読んでくださってありがとうございます。

第三章は次の話で一旦終わりです。

エピローグは近いうちに投稿します。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] レアオンが凄くライバルとしてキャラが立っていますね 今後の2人の関係が楽しみです [一言] カノンの母親の病が治っていて安心しました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ