第五十三話 ノヴァⅤ
「話ってどういう事だよ! いきなり攻撃しやがって!!」
ナダは声を荒らげながら立ち上がった。
今すぐにでも学園長につかみかかりそうな態度だったが、決して手を出そうとはしない。これまで誰にも負けた事のない力が、学園長の前だと微塵も通用しなかったことに警戒しているようだった。
「ナダよ、君も分かっているのだろう? 私が何者か? なんせ君も同じだ」
「……体が石に変わる奇病だろう?」
ナダはソファに座って言った。
この奇病については詳しく知りたかった
「ああ、そうだ。冒険者としての“誉れ”だよ」
誇らしげに言う学園長に、ナダは顔をしかめて不快を現した。
「誉れ? なんだよ、それ――」
この奇病に誇らしい事などナダは感じなかった。
「おや、知らないのかい?」
「知らねえよ」
「マナからは何も聞いていないのかい?」
「迷宮の奥について、潜るな、喋るな、としか言われてねえよ」
「そうかい。あの子は全く――まあ、いい。先人として、また教師として私が知っている限りの事を教えよう。なにせ、君は私と一緒だ」
ノヴァは嘆息した。
彼にとっては現代の英雄と言われているマナでも子ども扱いの様だ。
「一緒って、この病の事か?」
ナダは自分の胸を握った。
熱く、固い、心臓を。
「ああ、そうだ。ナダも私の足を掴んだだろう? 私も同じ病気だ。ほら、見てみろ。君と全く同じものだ。君もこれを患っているのだろう?」
ノヴァは右足の裾を捲った
そこにあったのは、只の人の肉体ではなかった。人の足の形はしていた。だが、間違いなく肉の足ではない。
いうなれば石だろう。紫色に輝く鉱石だ。膝から下が薄く透き通った石になっており、カットされた石のように表面は滑らかだ。ノヴァは足首を動かした。本来固くねじれる事のない石は、そのノヴァの肉体に限っては動かしたとしても亀裂が入ることも、割れる事もなかった。
綺麗だと、ナダは思った。
ノヴァの足がまるで一種の宝石のようだと思った。
彼の足は淡く輝いており、まるで夜空に浮かぶ光の集合体のようだった。それは部屋を照らしている明かりによってキラキラと細かく色を変える。
「ああ――」
ナダは呆然としながらノヴァの足を見ていた。
――自分の心臓もあのようになっているのか、と思う。何故ならナダの石は肉の壁によって隠されており、その実態を見る事がない。自分の胸が石だと言えるのは、固い感触だけだ。
「これはな、君は奇病と言っているが、正式な名前があるんだよ。『石化病』もしくは、昔の人はこれを『英雄病』と呼んだそうだ」
「英雄病? どういう事だ?」
ナダは何故体が石ころになるかという病気に、英雄と言う名が付けられているのかが分からなかった。
石と英雄に共通点が見つからない。
「簡単だ。この病気は英雄にしかかからない。迷宮に深く潜り、より強いモンスターを殺し、人から称えられるような冒険者のみがこの病気にかかると言われている。過去でこの病気になった人の殆どが、過去において英雄と呼ばれているからね」
「つまり、俺も英雄ってことか?」
ナダはせせら嗤いながら言った。
そのつもりはない。
英雄と言われても背筋が寒くなるだけだ。
「ああ、そうだ。ナダ、君は英雄だよ。かつてはね、英雄になったものがやがてこの病になると言われて、いつしか逆転するようになった」
「逆転?」
「ああ、この“病にかかった者”が、英雄と呼ばれるようになったんだ。この病はね、数多くのモンスターを殺し、より深い場所へ潜った証拠なんだよ」
「だから“誉れ”って言ったのか」
英雄、その響きにナダはピンと来なかった。
この病気が誇り高いものだとしても、有難がる気持ちが全く生まれない。むしろその言葉を鬱陶しくも思う。
「そうだ。素晴らしいことだ。今ではこの病気を発症する者が少なくなったが、昔では、特にアダマス様がいた時代にはこの病気になる者が沢山いた。それだけ優れた冒険者が多かったのだ。」
「……」
ナダは頭を落とした。
ノヴァから冒険者として褒められているとしても、全く嬉しくなかった。
「でも、ナダ、君の気持もよく分かる。この病はね、出来る事ならかかりたくなかった。他人からは羨ましく思えても、実際にかかると苦痛なだけだ」
「……そうだな」
ナダは心臓の痛みを思い出す。
体が燃えるような痛みだ。
出来る事ならば、二度と味わいたくないものだ。
「君も気づいているだろうが、この病には特徴が幾つかある。一つ目が、時々発作のように激しい痛みが体を襲う」
「それで死にそうな思いをした」
「だろうな。あれは耐えがたいものだ。この痛みを和らげる方法はいくつかあるが、最も簡単なのは迷宮に潜ることだ。モンスターを殺し、深い場所へ潜れば潜るほど体の調子がよくなる――」
そう言えば、とナダは思い出す。
確かに迷宮に潜ってモンスターを殺している時は、体が動かなくなるほどの痛みを感じた事がなかった。もしかしたら心臓の発作が迷宮内で起こって体が動かなくなり、モンスターから八つ裂きにされるかも知れないのに。
「二つ目の特徴は、この病にかかった者は――不老不死となる」
「不老不死?」
ナダは鼻で笑うように言った。
不老不死など、まやかしだ。かつては時の権力者が求めたと聞くが、実際になった者などいない筈なのだ。
「信じられないのも確かだろうが、君は不死となった。手足が千切れてもまた生え、どんな大きな怪我でも時と共に治る。食事だって必要ない。年も取らない。こう言っては何だが、私も不死だ。もうこの世に生まれ落ちて二百年はとうに過ぎている」
人の寿命は百ほどだ。殆どがそれに満たない年齢で人は寿命を終えるが、百を超えて生きている人間など聞いた事もなかった。
「……そうなのか」
だが、不死と言われると、インペラドルで四肢を失った時の疑問点が晴れる。
きっとアレキサンドライトから質問があるかと問われた時に自分の体が治った事を聞けば、今のノヴァと同じように不老不死になった、という荒唐無稽な話を聞かされるのだろう。
アレキはナダの体を治した、とは言わなかった。だからきっと自分はこの怪我を自力で治したのだろう、と。
「ああ、君もこれから無限の時を生きる事になる。だが、この病は決して“無敵”ではない。死ぬことだってある。私の知り合いの英雄も、何人もが迷宮内で行方不明になった。きっと彼らの多くは殺されたのだろう。理由は分からんがな」
「そうか。で、言いたいことはそれだけか?」
「ああ、そうだな。私がこの病について知っていることはこれぐらいだ。今後の君の冒険に役立ててくれたまえ。何か聞きたいことがあったら何でも答えるぞ」
「なら、一つ、聞きたい。どうして俺がこの病気にかかっていると、他の迷宮に行くことを許可したんだ? 何故、あんたはここまでよくしてくれる? 今思えばマナの態度も変だった。俺に対して“優しすぎる”。まるで裏があるかのように感じる程な」
ナダは急に人が変わったノヴァを不気味に思う。
またマナの態度がやけに優しかったのも、今思えば不思議だった。たかだか迷宮の奥の事を黙るという事に対しての対価が大きすぎると思っていた。
「ああ、それかい。簡単だよ。英雄は、英雄をサポートする者だ。その願いが迷宮を潜ると言うなら尚更だ」
「……意味が分からねえよ」
「ナダ、君の目的はこの苦しみを治す事だろう?」
「ああ、そうだ」
「その為に四つの迷宮に潜る――そうだろう? ナダよ」
「知っているのか?」
ナダはその事をアレキサンドライトから聞いた。
まさかノヴァまで同じことを知っているとは思わなかった。何故ならそんなアダマスの記述は、彼の伝記にはもちろんのことあらゆる記述を探ったが見つける事は出来なかったのだ。
――英雄病と共に。
「私のように古い人間なら誰でも知っている事だ。アダマスはこの病を迷宮の奥に求めた。その一つが四大迷宮の攻略だ。私も昔は目指したが、もう諦めた事だ」
「……そうか」
「ああ、数々の英雄がアダマスの後を追おうとしたが、誰もがその道の途中で挫折した。彼の後は誰も追えなかった。だから英雄の殆どが途中で迷宮の攻略を諦めて、私のように時を無駄に浪費している」
「……」
「新しい英雄が、果たせなかった我々の夢を追おうと言うのだ。ナダ、正直に言う。君は力もある。資格もある。だから応援しているよ。全ての迷宮を踏破したまえ」
「言われなくてもそのつもりだ。だが、勘違いすんじゃねえ。俺は俺の為に迷宮に潜る。それだけだ――」
「ああ、それでいい。その方が冒険者“らしい”。冒険者とはどこまでも自己中心的で独善的なものなのだから――」
ナダはそれから暫くの間、ノヴァと冒険者としての情報交換を行った。
その殆どが英雄に関することだった。
現代では英雄はほとんど残っておらず、また新しい英雄も久しく生まれていないと聞く。きっと彼らも力を貸してくれるだろう、と様々な英雄の名前をノヴァは教えてくれた。
こうして、ナダは何の問題もなくインフェルノを出る許可を得た。
ノヴァの好意として、四大迷宮までの足も用意してくれるようだ。
――旅立ちの時が迫っていた。




