第四十五話 ユニコーンⅡ
暗くて狭い迷宮の中、ナダ達の冒険は破竹の勢いで進んでいた。
七人の間に会話はなく、ただ真っすぐと切り開くナダの後ろを他の六人が着いて行く。
今だってそうだ。
「しっ――」
ナダは目の前から大軍で襲ってくる蜘蛛の形をしたモンスターであるアラニャを、真正面から大斧で斬り潰した。
大斧は、武器自身が持つ重さによってモンスターを断ち切る武器だ。武器の重さに筋力で抗って十全に制御する武器ではなく、重さに身を任したまま体を流してモンスターを一撃で断ち切るのだ。その分隙は大きいが、その程度のリスクはモンスターを一撃で殺しきれれば問題などなかった。
また、ナダはアラニャを殺した横から零れて行く多くのモンスターには目を向けなかった。
ナダは前しか見ていなかった。
見据えるは遥か先、そこは暗闇で何も見えなかったが、ナダの視線はぶれたりなどしなかった。ただひたすらにモンスターを殺して行く。
イノシシによく似ているジャヴァリー、巨人の一種、牛人のような姿をしたミノタウロス。
ナダは様々なモンスターを一匹、また一匹ずつ切り伏せるうちに、最近の浅い階層で弱いモンスターを殺して鈍くなったナダの体に熱が戻る。
かつて――はぐれを倒した時のように。
そんなナダの横を通り過ぎていくモンスター達を殺すのが、コルヴォとオウロだ。
コルヴォはナダの右側に立ち、翡翠の剣でモンスターを切り伏せていく。勿論、出し惜しみなどしていない。コルヴォは『鬼殺し』を発動させていた。
右腕が醜く肥大する。持っている翡翠の剣がナイフのようにも見えた。強引にアラニャの顎に突き刺して剣を脳天まで届けて殺し、心臓を的確に切って殺して行く。
だが、どれだけリーチがあったとしても、コルヴォはあくまで剣一本しか持っていない。また剣自体のリーチもそれほど長くはない。多くのモンスターが相手だと、どうしてもナダのように取りこぼしがでてしまう。
そんなコルヴォをサポートするように小気味よく火の玉を生み出してもモンスターを焼き殺すのが、コルヴォの後ろにいるアメイシャだ。
コルヴォとアメイシャの間に会話などない。
コルヴォはモンスターを切る前に視線だけを一瞬だけ誘導して、アメイシャに取り逃すモンスターを告げているのだ。
元々二人は『アヴェリエント』と呼ばれるパーティーで共に組んでいた竹馬の友だ。お互いの信頼関係は元から出来ており、また互いの実力も認めている。
この程度の連携など朝飯前だ。
オウロはコルヴォとは反対にナダの左側に立っていた。
漆黒の大太刀を抜いている。それはナダの大斧と見比べても遜色がないほど大きく、冒険者にしては珍しく大型の武器を持っている。だが、それに体を取られている様子はなく、多くのモンスターを一振りで倒している。それは目の前にいるほぼ全てのモンスターを倒しており、その冒険はコルヴォの“それ”とはまた違っていた。
だが、オウロのそれは決して一人で成しているのではない。
コロアの陰ながらの助力があった。
コロアは定期的にオウロの前方に雷撃を放っている。それはモンスターを殺すほどの力はなく弱いものであったが、確実にモンスターを痺れさせて動きを緩慢にしている。鋭い痛みが奔るのだろう。モンスターの足を居着かせるのだ。
その隙を狙って、オウロは剣を振るう。
コロアの作った一瞬の隙。それをオウロが見逃すはずはなく、一撃でモンスターの首を跳ねて、心臓を突き、殺すのだ。
そんなオウロの動きはコロアにコントロールされていると言ってもいいだろう。
いや、オウロもコロアに自身の判断を任せているのだ。
コロアはナダの取りこぼしたモンスターを後ろから冷静に見極めて、危険度が高いモンスターから順番に雷撃を放っているのだ。
黄色い閃光が一瞬だけ奔り、それを合図にオウロは剣を振るうのだ。
コロアの判断は見事な物だった。コロアに近づくモンスターなどほとんどいない。
己の剣は抜かずにギフトに専念しているからこそ出来るコロアの芸当だった。
そんな風にしっかりと連携が取れて自分の仕事ができている四人とは相まって、忙しそうに後方の対処をしているのがイリスとレアオンだ。
レアオンは常に後ろにいるモンスターを『第三の目』で警戒している。だが、もしも後ろを見られるだけなら、レアオンは冒険者として平凡なまま終わっただろう。
レアオンが非凡なのは、冒険者としての判断だった。
後ろから襲ってくるモンスターのうち、一匹一匹を様々な場合分けをして対処している。動きが早く自分たちに追いつきそうなモンスターは的確に足を切り落としたり目を突いたりして動きを阻害し、自分たちには追いつけないようにする。またパーティーに届かないモンスターの攻撃は受け流してやり過ごし、ナダが先行する前へと着いて行く。
レアオンは一つも判断を間違える事無く、それらのモンスターに対処していた。
仮に一つでも判断を間違えたら、レアオンはたちまちナダ達から取り残されて、たちまち後ろからモンスターがパーティーに襲い掛かり、すぐにパーティーは瓦解するだろう。
パーティーの最後尾にいる冒険者としては最良であり、同じことが出来る冒険者はラルヴァ学園には殆どいないだろう。
だが、そんなレアオンも一人ならきっとパーティーの最後尾を耐えきることが出来なかっただろう。
レアオンを支えているのはイリスだった。
彼の剣が間に合わない時、また二体のモンスターから襲われた時などレアオンが一人だと対処できない時はイリスがそっと力を貸している。神速でモンスターに近づき、振動するレイピアによってモンスターを細切れにするのだ。
だが、イリスの仕事はそれだけではなかった。
コロアやアメイシャといった二人のギフト使いへと、横の通路、また上や下から襲ってくるモンスターを殺している。それは二人をギフトに集中させるためであった。
ギフト使いは前方に数多くいるモンスターに対処している。それがもしも崩れれば、後ろも危ない。ギフト使いに仕事に専念させるために、二人の接近戦はイリスが請け負っていた。
その時折で、レアオンのサポートもしているのだ。
イリスは目まぐるしくなるほどに忙しかった。
それを可能にしているのが、彼女のアビリティである『もう一人の自分』だ。彼女は自分自身の身体能力を上げて常人では決して成しえないような移動スピードを手にしていた。
七人の冒険者は絶え間なく迷宮を進む。
奥へと進む。
深淵へ、また一歩近づく。
その度にモンスターが強くなり、息が切れて、より戦いは過酷なものへなっていく。
モンスターは一撃で殺せなくなり、それに伴い武器で撃ち合う事が増えて、それでも足は止めずに前へと進んでいく。
休憩などなかった。
また足を止めてモンスターを迎え撃つこともなかった。
ただひたすらに、事前に仕入れた情報からユニコーンがいると思われる場所へと続くように、ナダが前を切り開いていた。
そして、かん、と耳に優しい音が鳴る。
白い光の中に青白い円錐状の光がある。
――はぐれが現れた。
「来たぜ――」
ナダは涼しい顔で言った。
まるでここまでの冒険は前座だとばかりに、遥か遠くにいるはぐれを見据えるのだ。
そこは――狭い通路だった。
何のことはない。ポディエならどこにでもあるような只の長い道だ。それも一本道。横幅は狭くはないが、きっと大人が七人も広がったら肩が当たるほどの距離だ。
通路は暗く、淡く光る通路の端に生えた苔や天井からぶら下がっている花が光っているだけ。本来なら二十メートル先も見渡すことが出来ないような通路だ。
だが――ユニコーンはそんな場所でも唯一輝いていた。
艶やかだった。
幻獣と呼ぶに相応しいほど美しい生き物であり、思わず七人が足を止めてしまうほどに魅力的だった。
そんなユニコーンはナダを見ていた。
興味深そうに。あるいはあざ笑うかのように
そこに殺気はない。
ナダ達へと近づく様子もない。
あくまで迷宮の中に存在し、通路にいるだけだった。
「殺してやる――」
ナダは冒険者として当たり前の事を言った。
かん、と小気味の良い音が鳴る。
ユニコーンが踵を返す。
それと同時にユニコーンが向かった先から数多くのモンスターが現れた。
七人は今一度、通路の先を強く睨む。




