第四十三話 ナダとアメイシャ
あともう少しで年度末になり、学年も一つ上がって学園には新入生が入ってくる時期になった。殆どの学生は単位を取り終わっており、この時期は次の学年に向けての準備をする者が多く、迷宮に勤しむ冒険者は少なかった。
冒険者の準備も数多くある。
例えば新たな武器の調達だ。この一年の間に貯めた素材や資産を使い、同じ武器でもより上等なものを選ぶ者、別の武器を試す者もいる。
新たな薬を試したり、パーティーのフォーメーションを変えるのもこの時期だ。中には次の一年に目標を定めて、迷宮内の情報をもう一度新たに学びなおす者、自分の実力を上げようと訓練に励む者、アビリティやギフトによっては新たな使い方を模索する者など様々な者がいる。
学年が上がるにつれて新たな活躍を目指し、パーティーを抜けたり、新たなパーティーを作ったりする冒険者もいる
またこの時期に八年生の先輩は卒業するので、それに合わせて新しいパーティーを作り上げなければいけない冒険者も多いので、この時期にメンバーの改変、はたまた脱退の話がよく出るのだ。
学園ではどこのパーティーが人員を募集しているか、誰がパーティーを抜けたかなどの情報が飛び交っている。勿論、嘘も含めて。
だから冒険者達たちは迷宮探索というよりも、ロビー活動に励む者が多い。次の一年を勝ち抜くために、例えば宝玉祭に呼ばれるような優秀な冒険者になる為に努力するのだ。
そんな風に周りの学生が忙しなく動く中で、ナダはいつもと同じように迷宮に潜っている。
自分にはパーティーなど関係ないとばかりに。
もちろん、潜っているのはポディエである。暗い洞窟だ。
あの六人とはユニコーン討伐に向けて会議が進んでおり、討伐の日にちは二週間後となった。
ユニコーンを殺すために、自分の手が錆びつかないようにモンスターを殺すことで己の牙を磨こうと思っていた。
そして一つ試したいこともあったのだ。
大剣である。
陸黒龍之顎だ。
久しぶりに戻ってきた愛用の武器である陸黒龍之顎は、よく手に馴染んでいる。その重さはとても懐かしかった。
陸黒龍之顎は黒龍の素材を用いた学園においても、最もランクの高い武器の一つだった。最高級の素材と、一流の職人によってもしも形作れたのが大剣ではなく、直剣などの標準的な剣であれば学園の誰もが欲しがる名剣となっただろう。
だが、ナダはそれを大剣にした。
重く、長く、常人なら扱えない剣にしたのだ。
その重さと切れ味は、学園においても並ぶものはそうない。現にナダはこの大剣であらゆるモンスターを切ってきた。
重さと、切れ味によって、これまで会ってきたモンスターには、断ち切れないモンスターなどいなかった。
今だって、そうだ。
ナダは一振りでモンスターを狩っている。
今殺したのは、豚の形をもしたモンスターであるイポポタモだ。
ナダは大口を広げてこちらへと突進してくるイポポタモを前にしても一歩も引かず、真正面から切り殺した。大した力は込めておらず、上から下に刃の重さに身を任せるだけで簡単に叩き切ることが出来た。
それから右から襲ってくるイポポタモはなで斬りにして、三体並んで襲ってくるイポポタモに対しては横で三体纏めて切り払った。
「変わらねえな」
例えこの手から長い間離れていたとしても、その切れ味は劣ることがなかった。
ナダはそれからも慣れたようにモンスターを殺して行く。
まるでアギヤにいた頃に戻ったように。
◆◆◆
午前中は迷宮に潜っていたが、すぐに地上に戻ったナダはテーラと一緒に過ごしている。
学年末になり、授業もなかったからだ。
「ねえねえ、今日はどこに行くの?」
「ああ、そうだな。どこがいいんだよ?」
「どこでもいいよ!」
「それが一番困るんだがな――」
ナダはそうため息をつきながら言った。
小さなテーラに手を引かれるように、大きなナダはインフェルノの街中を歩く。お金に余裕ができ、迷宮探索が減ったナダはテーラと一緒に過ごす機会が増えた。
それに従って、テーラも随分と明るくなった。
会った当初はとても暗くて泣いてばかりだったというのに。
「じゃあね、公園に行こ! ね! 一緒に遊ぼ!!」
元気なテーラに連れられて、ナダはインフェルノの住民の憩いの場所である最も大きな公園へと連れられた。
そこはインフェルノの街中で唯一自然に溢れた場所であり、公園は木々に囲まれている。また中も芝生が生えており、噴水もあれば、花も生えている。滑り台やシーソーといった遊具もあり、子供が集まる場所でもあった。
一日で最も暑い時間帯についたナダも数多くの子ども見かけた。
テーラと同じ年代の子から、もっと上の子供まで年齢は様々だ。
最初はナダもテーラと一緒にブランコに乗ったり、テーラが滑る様子を見守っていたり、芝生を走り回ったりしていたが、途中からテーラは同年代の子たちに話しかけられて彼らと一緒に遊んでいた。
ナダはその様子を木で作られたベンチに寝転がって、肘をつきながら眺めていた。
寒空の下であるが、空から降り注ぐ日差しは温かく気を抜けば眠ってしまいそうだった。
「子供は元気でいいよな――」
あまりゆったりとした時間を過ごすことがなかったナダは、何をしていいか分からず、こうしてテーラと過ごすことが増えた。
彼女の精神を安定させるためにはこれでよかったのかも知れないが、冒険者としては褒められた行動ではないのだろう。
今も、同級生は勿論の事、先輩や後輩も次の一年に向けて頑張っているところだ。
忙しなく動く彼らの姿を、ナダも学園の中で見ている。より高みの冒険者を目指しているのだ。
もしかしたらこうやってゆっくりとしている間にも、差がついているのかも知れない。
だとしても焦る気持ちが生まれない自分にも問題があるのか、と思わずナダは考えてしまった。
もっともそれでもナダは動くことをせず、ずっとテーラを見つめていて今にも目が閉じそうになっていた。気を抜けば眠ってしまいそうだ。
「うわ、嫌な顔を見たわ」
半分ほど目が閉じている時に、上から声がかかった。
聞きなれた声だった。
「何だよ、一体――」
ナダは目をよく見開く。
うねりのない長い髪。シャープで綺麗目で、そして厳しい顔つき。見知った顔だった。
アメイシャだ。
彼女も休日を過ごしていたのか、赤いピーコートにジーンズとラフな格好だった。迷宮内で着るような分厚いローブは着ていない。
「何だよ、とは何よ。話しかけただけじゃない」
「で、何の用だよ?」
ナダは起き上がってベンチの端に座ると、アメイシャもベンチに座った。
「見かけたから話しかけただけよ。あんたは何をしているのよ?」
「あれを見ろよ」
ナダはテーナが他の子どもたちと元気に鬼ごっこをしている方を指差した。
「何あれ、まさかあんた、そういう趣味があったわけ? 幼い少女を観察する趣味が――」
アメイシャは引いたように言うが、ナダはうんざりとしながら言った。
「んなわけねえだろうが。あれは妹だよ。その遊びに付き合っているんだ。見れば分かるだろうが」
「呑気なものね」
冷たい声でアメイシャは言う。
「そうか?」
「知ってる? オウロは私たちの冒険とは別に、新たなパーティーを編成しているらしいわよ。その中にはコロアもいるって。どうやら彼、パーティーに復帰したみたいだわ。まだ彼らのパーティーのリーダーはオウロみたいだけど、もしかしたらコロアに戻るかもしれないわよ」
「どうして、また急に――」
「さあ? 知らないわ。でも、確かあの“三人”の冒険にはひと段落付いたって話でしょ」
「ああ。そうだな」
「三人はラルヴァ学園で達成できる偉業をほぼ網羅したから目標がなくなって、現在のパーティーを解散して、新たな道を歩き始めた。でも、そんなコロアがまたパーティーに復活しようとしている。何か目標が出来たのかしら?」
「知らねえよ。そんなに親しくねえからな」
「じゃあ、質問を変えるわ。新しい学年になるに合わせて、コルヴォも同じように動いている。新しいパーティーを作るつもりよ。私も誘われたわ。イリスさんに同じ動きはあるかしら?」
「ねえよ」
ナダは間髪を入れずに言った。
そんな話は彼女から聞いたことがなかった。
「……そう。じゃあ、イリスさんはパーティーを作るつもりはないのね?」
確認のようにアメイシャは言った。
「……それは知らねえ。もしかしたらあいつもパーティーを作るつもりで、その中に俺を入れないのかも知れない。それは分からねえ」
いや、とナダは内心思っていた。
あの七人で集まった後、イリスは会議室に残って自分と話をした。
もしかしたらあの場所で、彼女は自分をパーティーに誘う事も視野に入れていたのかも知れない、と今では思うのだ。
結局のところ、彼女からは誘われなかったので、気のせいかも知れないが。
「それはないでしょ。イリスさんにとって、あんたはかつて苦楽を共にした大切なパーティーメンバーよ。この学園でパーティーを作るにあたって、あんたを入れないなんて考えられない」
「そうか?」
「ええ」
アメイシャは小さく頷いた。
「……まあ、でも、もしも仮に、再度イリスがアギヤを結成すると言って誘われても、俺に戻る気はねえ」
ナダは空を仰ぎ見た。
――目標がある。
ただモンスターを狩り、金を稼ぐ時代は終わった。
その目標を達するためには、アギヤというかつてのパーティーでは物足りない、と思うのだ。
「本気なの?」
信じられない、といった顔をアメイシャはしていた。
「ああ。もうアギヤに興味はねえ。で、アメイシャ、お前はどうするんだ? もしもイリスがアギヤを再度結成するのなら、お前はコルヴォとイリス、どちらを選ぶんだ?」
かつてアメイシャはイリスが行ったアギヤへの入団テストを受けて、落ちたという過去がある。その時からアメイシャにとってイリスは憧れで、それは今でも変わらないとナダは思っている。
「……分からないわ。イリスさんは私にとっての憧れで、コルヴォは大切な仲間よ。どっちを選ぶかなんて想像もできない」
「そうか――」
「でも、話ができてよかったわ。二週間後の冒険を楽しみにしているわ。もしかしたら、あの七人でパーティーを組むなんて初めてのことだから」
「ああ、そうだな。退屈にはならねえと思うぜ」
挑発的なナダへとアメイシャは口角を少しだけ上げてから立ち上がって、そのまま去ろうと歩き出すが、まるで思い残したことがあるように立ち止まった。
「そうそう、これはコルヴォから聞いた話なんだけど、私から聞いたってのは内緒にしといてね」
「何だよ?」
「コルヴォはね、あの時、学園卒業までこの七人でパーティーを組もう、ってあんたが提案していたら頷いていたらしいわよ。そうはならなかったけど、今度の冒険を楽しみにしているのは私だけじゃないわよ」
「じゃあ、アメイシャ、お前はどうなんだよ? あの時、俺がパーティーを組もう、って言ったらお前はどうしていたんだ?」
アメイシャはナダの質問にあっけを取られたような表情になってから、優しく微笑んで言った。
「――ご想像にお任せするわ」
ナダとアメイシャの間に柔らかな風が吹いた。
それから踵を返してアメイシャは去って行く。
ナダはそんな彼女の後姿を暫くの間眺めてから、また妹のテーラが子供たちと遊ぶ姿を見守っていた。




