第四十二話 ナダとイリス
ナダが他の六人にお願いを告げてから既に数時間が経った。
部屋の隅にはコルヴォが持ってきた武器が平然と置かれてある。ナダとしては武器は望んでいなかったのでコルヴォに持って帰るように言ったのだが、彼はナダ以外にそんな武器を使う者はいないので遠慮なく使ってくれ、とのことだった。
またレアオンも似たような事を言って鍵を置いて行った。
「僕がこの鍵を持つには荷が重たい。ナダに任せる。その中に僕の武器はないから自由に使ってくれて構わない――」
ナダはその妙に重たく感じる鍵を手で握りながら、部屋の中に残るイリスへと目をやった。
「持ってたらいいじゃないの。それはね、歴代のアギヤのリーダーが預かる物なのよ。私も持っていたわ。で、その中には過去のアギヤの武器が入っている。私たちが使わなくなった武器よ。売ってもいいわ」
「俺はもうアギヤじゃねえよ」
「そうね。でも、アギヤはなくなった。もう誰もアギヤじゃない。その名を受け継ぐ人もいない。でも、その財産は残っている。冒険者なら誰もが欲しがるような財産は今や誰のものでもないけど、きっと誰も欲しがらないわ。過去のアギヤのメンバーもね」
イリスはウィンクしながら言った。
「俺はいらねえんだけど」
「私もいらないわ。だからあなたが持っていてね」
ナダは深いため息を吐いた。
どうやらかつてのアギヤのリーダーもこの鍵を受け取る気がないようだ。ナダはテーブルの上に置かれた鍵を見つめた。
この鍵の所在は後にするとして、ナダは一人だけ部屋の中に残ったイリスに目をやる。他のメンバーは既に部屋から出て行った。この部屋には窓一つないがきっともう夜だろう。
昼に集まってから、それだけ長い時間をブリーフィングに費やしたのだ。
この七人で冒険に挑むのも初めてであれば、冒険に向けて同じ卓に座り、話し合いをするのも確かだった。
ナダ以外は全員がリーダーの経験者だ。勿論メンバーの意思を汲むこともあるが、パーティーでは最終的な判断はリーダーが下す。勿論、その為には数多くの迷宮についての知識と経験がいる。
だが、学園から与えられる知識は同じでも、それぞれが迷宮で経験したことが違う。戦ったモンスターも、これまで苦楽を共にした仲間も。だから七人の意見はなかなかまとまらない。
それぞれが毛色の違うパーティーに所属していたのだ。意見など合うわけがなく、詳しいミーティングは後日に回すとして、今日は情報交換だけで終わった。
「で、イリス、どうしてここに残っているんだ?」
ナダは他のメンバーがいなくなった中、一人だけ部屋の中にいるイリスの事が不可解だった。
「――聞きたいことがあったのよ」
イリスは机の上に足を組んで座っている。ナダは机の上に乱雑に置かれた書類を集めながら、自分よりも高い目線にいるイリスを見上げた。
ここに置いてある書類の殆どはナダが用意した物だ。迷宮やモンスターなどの情報が掛かれており、どれもナダがこの日の為に集めたものだ。また中にはコロアが急遽、執事に命じて集めた情報もある。その中には最新のレポートも混じっており、近頃迷宮に現れたはぐれの情報もある。その中には最新のユニコーンの情報も含まれている。
「何だよ?」
ナダは集めた書類を置いて椅子に座った。
「どうしてこんな事を提案したの?」
「どういうことだよ?」
「昔のあんたなら、こういう事を言わなかったわ。こんな事、考えもしなかった。どちらかと言えば、例えユニコーンが強力でも一人で潜ることを選ぶ。違う?」
「これでも、パーティーの重要さは理解しているつもりだぞ」
ナダは正直に言った。
一人と二人では大きく違う。三人ならもっと違う。四人ならもっと強い。もし七人が集まれば、それも学園のなかでもトップに位置する冒険者ばかりが集まればどうだろうか。
きっと勝てないモンスターなどいないと思うのだ。
「でも、皆に頼ろうとは思わなかった。違う?」
「……そうかもしれないな」
「でも、今回は違う。頼った。それも親しい私だけではなく、コロアやコルヴォ、それにまさか“レアオン”まで呼ぶとは思わなかったわ」
「そうかもな――」
「何か心変わりでもあったの?」
「……さあな」
もしも心変わりがあるのだとすれば、
「でも、いいわ。楽しそうだから」
イリスは微笑んでいた。
「なら、よかったよ」
「…………ねえ、どうして私たちなの? 私は分かるわ。過去にパーティーを組んでいたから。レアオンだって分かる。そりが合わなくても、かつては一緒に組んだパーティーよ。お互いの事はきっと誰よりも分かっている」
「ああ。そうだな」
「コルヴォだって分かるわ。ちょっと前に一緒に迷宮で一緒になったんでしょ。それも龍の体内っていう極限の状態で。そこで生まれる絆だってあるわ。アメイシャちゃんだってそう。昔に一度、パーティーを組んだことがあったよね」
「ああ」
「でも、どうして、どうして、コロアやオウロまで入れたの?」
イリスは疑り深い目でナダを見る。
確かに過去において、ナダはオウロやコロアとはパーティーを組んだことはない。かつて一度もだ。コルヴォとは縁があって何度か組む機会があったが、先の二人は試しにパーティーを組むことも全くなかった。
彼らがどんな冒険をするのか、ナダは話だけしか知らない。実際に戦った姿を見た事など、前の競争の時ぐらいだ。
「そんなに俺があいつらを呼ぶのがおかしいか?」
「ええ。ナダが積極的にパーティーを組むことも、そのメンバーに彼らを選ぶことも不思議だわ。確かにユニコーンを狩る為にパーティーを集めるのは分かるわ。でも、集めるなら、かつてのアギヤのほうが気心が知れた仲じゃないの。こんな面倒な話し合いはいらず、少しのブリーフィングだけで終わるわ。わざわざ組んだこともないメンバーを入れて、ここまで会議をする理由が分からない」
イリスの言葉を受けて、ナダは感心したように頷いた。
確かに思いつきもしなかったが、かつてのアギヤのメンバーを入れるという手もある。彼らも優秀な冒険者だ。過去のように組めば、きっと龍程度なら殺せるパーティーだろう。
だが、とナダは首を横にふった
「でも、あいつらじゃあ、駄目だ」
「どうしてよ」
イリスは不機嫌そうに唇を尖らせた。
「ユニコーンは俺も初めてみるはぐれだ」
「知っているわ。私も話は聞いたことがあるけど、私たちの世代での出現は初めてよ」
「俺はユニコーンと遭遇した」
「それも聞いたわ」
「あれは厄介だぞ」
「……」
「強さが、じゃない。あれと目を合わした時に一対一なら勝てると、殺せると確信した。これまでに会ったはぐれと比べて、そこまで強さを感じなかった。だが、風格は俺が会ってきたどんなはぐれよりも恐ろしい。あいつがモンスターを呼ぶ力で、どこまでのモンスターを呼ぶのか分からない――」
浅い階層のモンスターだけならいい。
深い階層のモンスターであっても、かつてのアギヤのメンバーでも問題ないだろう。彼らだって、優秀な冒険者だ。力を合わせればその程度のモンスターに勝てない道理がない。
だが、より深い階層のモンスターならどうだ。例えば過去に戦ったガーゴイルのようなはぐれが、もしも大量に湧いてきたらかつてのアギヤのメンバーで勝てるかと考えれば、勝つことは出来るだろうがユニコーンは逃がす。
「だから、私たちを呼んだの? かつてのアギヤじゃ対処が難しいから」
「ああ、ユニコーンを殺そうと思ったら、連携だけじゃダメだと俺は判断したんだ。あんたらのように、はぐれと一対一で戦えるメンバーが必要だと思ったんだ。そんな冒険者はこの学園には数人しかいない。それを全員集めたんだ」
「……そうなの。それで、どう? 私たちは勝てると思うの?」
イリスは顔を伏せていった。
「勝つさ」
ナダは間髪入れずに答えた。
「……あんたが言うなら、そうね」
イリスは椅子から下りながら言って、ナダとは顔を合わせないまま部屋から出ていく。
ナダはその様子を見ながらイリスがいつもと違うように思えたが、彼女の後を追う事はなく淡々と部屋の片づけを続ける。明日でこの部屋のレンタルが終わるからだ。




