第四十一話 七人
ナダが他の六人の為に用意したのは白い壁紙が張られて、円卓と七つの椅子が用意された殺風景な部屋だった。
これは学園が用意している施設の一つである。
学園は冒険者の為に校舎と別に建物を開放しており、金額に応じて大小さまざまな部屋を借りる事ができる。そこでは武具などの保管、または次の冒険の為のブリーフィング、はたまた休憩室として使うなど、その利用方法は様々だ。学園から近く、迷宮からもそう離れていないため利用する冒険者は多い。
そんな部屋には既にコルヴォを除いた六人が私服で集まっており、それぞれが思い思いに暇を潰している。
「……コルヴォはまだか」
小さく舌打ちをしたのはコロアだった。
この部屋にナダに次いで一番早く到着した彼は、一時間もこの部屋で待っている。ナダに集めた理由を強く聞いたものの、「皆が着いてから話す」と言われてそれからは飄々とあしらわれた。何を言ってもナダには通じず、柳に風だった。
それからアメイシャ、イリス、オウロ、と次々とナダが呼び出した冒険者が集まり、誰もがナダがどんな願いを自分にするのか興味津々だったが、ナダはコロアに返したのと同じ言葉を言った。
六人が集まって十数分後、ナダが指定した時間から十分程度経った頃だろうか。遂に部屋の扉が開けられた。
現れたのは当然ながらコルヴォだった。
「あれ、最後についたのはオレだったかな――」
部屋に入るなり、コルヴォが周りを見渡すと既に皆が席についており、一番奥に座るナダから遠い席が空いていた。右からオウロ、コロア、ナダ、イリス、レアオン、アメイシャに並んでおり、どうやらコルヴォの席はアメイシャとオウロの間のようだ。
「ああ、そうだ。遅いぞ」
コロアは厳しい目をしているが、コルヴォは悪びれもなく言った。
「ああ、悪かったね。これを運ぶのに手間取ってね、馬車を使ったけど道が混んでいたんだよ」
コルヴォは大きな荷物が入っている滑車のついた木箱を運んでおり、それを部屋の隅に置くと用意された席についた。
六人の冒険者がナダを見つめた。
それもその筈。学園内で最高峰の冒険者たちを集めたのはナダなのだから、どんな理由でここに集めたのかは誰もが知りたかった。
ナダが口を開こうとした時、それよりも早くにイリスが机にしだれかかるように体重をかけて流し目で言った。
「で、ナダ、私たちにどんなお願いをするの? まさかコロアみたいに私に婚約を申し込むの? いいわよ。でも、ちゃんと私の親には挨拶してよ。少し怖いけど、あなたなら大丈夫よ」
その時、ナダはコロアから厳しい目で見られている。またアメイシャからは小さな声で「……不潔」と呟かれた。
もちろんイリスの言葉も、コロアやアメイシャの反応も無視して話を進めた。
「今回、集まってくれて感謝する。要件は事前に手紙で書いたとおりだ。あの時、トーへに潜った時の景品を使いたいと思ったんだ――」
ナダは一つ一つ言葉を確かめるように言う。
使う事はなく、これからもないと思っていた。
「……ナダ、お前の言いたい事は分かった。いつか来ると思っていたが、きっとこれだろう」
レアオンはナダのいう事を予想していたのか、円卓の上を滑らせるようにして何かを投げてきた。
「何だよ、これ?」
ナダが手にとったそれはどうやら鍵のようだ。
見たことのないものだった。
どこの鍵なのか見当すらつかない。
「見て分かるようにそれは鍵だ」
レアオンは怫然とした顔で言った。
「それは見て分かる。どこの鍵か、って聞いてんだよ」
「ああ、それ、見たことあるわ」
レアオンが渡した鍵の事をどうやらイリスは知っているらしい。
「それはアギヤの武器庫の鍵だ。使わなくなった武器の多くはニレナさんが持っているが、今でも使いそうな物や汎用性が高そうな武器がそこに収められている。アギヤが解散してからもその部屋には多くの武器があって、その中には陸黒龍之顎も当然のようにある」
「……懐かしいな」
陸黒龍之顎はかつてアギヤ時代の愛用の剣だ。
今となっては使っていた日が随分と遠いような気がするが、まだ感触は手の中に残っている。今使ったとしても、あの時と同じように、もしかしたら青龍偃月刀と同じぐらいに使いこなせるとナダは思う。
「これは人づてで聞いた話だが、武器に困っているらしいな」
「……俺みたいなのを気にする奴がいるのかよ?」
ナダは自嘲するように言った。
「ああ、図体だけは大きいみたいだからな。目立つみたいだ。だからそろそろこれが欲しくなる頃だと思ったんだ」
レアオンの言う通りにこの鍵を取るとこれまで困っていた武器の事情は解決する。一瞬、レアオンの言う通り、彼への願いはこの鍵を取ることに変更しようかともナダは考えて手を伸ばしてしまった。
「ちょっと待てよ、レアオン。それならオレだっていいのを持ってきたんだ。ナダ、これを見てくれると嬉しい――」
そういってコルヴォは席を立ち、部屋の隅に置いた木箱から包帯でぐるぐる巻きにされた棒状の何かを取り出した。それは子供ほどの身長はあるかと思うほどの大きなものであり、かなり重たそうにコルヴォも持っている。
「それは?」
「オレもね、ナダが武器を探しているという情報は聞いていたんだ。そんな時にあんな手紙をもらったから、てっきりオレに武器を頼むかと思ったんだ。だから事前に用意しておいた。まさかレアオンと被るとは思ってなかったけどね」
コルヴォはレアオンを見て微笑んでから円卓の上に置いた大きな“武器”の包帯をほどいていった。
中から現れた武器は――大斧だ。
柄は長く太く、先には短い槍のように細く尖っている。棒の先端に付けられた左右対称の刃は分厚く大きい。どうやらそこには龍の顎が描かれているらしく、意匠もかなり凝っていた。刃は全て黒色であり、大きさと重量はきっと青龍偃月刀にも負けていないだろう。
いや、もしかしたらもっと大きな武器かも知れない。
「いい武器だな――」
「だろう? 特注品だ。物自体は過去の武器を流用している物だが、熟練の鍛冶師が整備している。ナダの好みにあう武器だと思ったんだ。勿論、龍だって狩れるさ」
ナダはそれを見ただけだが、とてもいい武器だと思った。
あのコルヴォが選んで、自信満々に人に薦める武器だ。最初は剣や槍との差に戸惑うだろうが、きっとこの手で振れば馴染んでいくのだろう。
ナダはテーブルの上に置かれたレアオンの用意した鍵と、コルヴォの用意した武器、それらを見るとナダは自然と笑みがこぼれてきた。
どちらも自分が想像していた物とは違うものだ。
最初はあの手紙を出した時、彼らに頼みたいことを断られるんじゃないかと思っていた。あの時の約束は嘘だと、確かに了承はしたが、そんな願いを聞くつもりはない、もっと簡単なのにしてくれなどと言われると思っていた。
だが、まさかここまで気前がいいとは思わなかった。
自分の状況を調べて、まさか困っている武器まで先回りして用意してくるとは思わなかった。コルヴォに関しては、ここ数日で用意できることではないので、きっともっと前から用意していたのだと思う。
自分が声をかけなければ、彼から提案してきたのだろうか。
そう思うと、ナダは笑えて来た。
「だが、俺の願いはそうじゃねえよ。レアオンのも、コルヴォのとも違う。特にイリスの頼みは絶対にない」
「あら、残念。私は期待していたのに」
ナダは当然のようにイリスの言葉を無視して話をつづけた。
「俺がこの場に集まった六人に頼むことは一つ――パーティーを組むことだ。ここにいる“七人”で。狙いはモンスターの討伐。ポディエに久しぶりに現れたはぐれ――ユニコーンだ」
ナダの言葉と同時に、六人の目つきが変わった。
より洗練された戦士の姿へと。
まるで学園最強を決める時と似た表情をしているが、あの時は誰もが最強の名を奪い取ろうと獰猛な顔だったのに対し、今では誰もが楽しそうである。次にナダが喋る言葉を待っているかのように。
「この中でユニコーンを知らない奴はいないだろう? ポディエでも有名な“はぐれ”で、ある意味龍よりも狩りにくいと言われているモンスターだ。俺はそいつを狩りたい。でも、一人じゃ無理だ――」
「そうだな――」
オウロが相槌を打った。
ユニコーンの狩り方は有名だ。ユニコーンが集めるあまたのモンスターを狩り続けて、ユニコーンに辿り着き殺すだけだ。ユニコーン自身は戦う事なく逃げる。それを追いかけるのだが、阻むように多数のモンスターが現れるのだ。
迷宮に通常いるモンスターなら当然ながら、時には“はぐれ”だってユニコーンは集めると言う。
それらを全て殺さなければ、ユニコーンにはたどり着けない。
「最初は掲示板で仲間を集めようとも思ったが、生半可なパーティーでユニコーンが狩れるわけがない。だから俺はあんた達を集めた。俺が思うに、学園の在校生の中で最高と思う冒険者達だ。この七人なら伝説のユニコーンを殺せると思っている。で、どうだ? これはあの時の景品だが、断りたかったら断ってもいい。だが、俺はここにいる七人で迷宮に潜りたいと思っている。今度は競争ではなく、冒険者として互いに協力しあってな――」
ナダはイリス、レアオン、アメイシャ、コルヴォ、オウロ、コロアの六人の顔を順番に見ながら言う。
きっとこのパーティーに熱を持っているのは自分だけじゃないと思っている。この七人は様々なパーティーで協力し合い、また競争しあったが、七人が同じパーティーとして介したことはない。
誰もがお互いの事を冒険者として実力は信用している。そんな彼らが集まれば、どんな化学反応が生まれるのだろうか。どんな冒険になるのだろうか。それを楽しみにしているのは、きっと自分だけじゃないとナダは確信していた。
「オレに断る理由はないよ。でも、いいのかい? オレ達に何でも頼めるというのに、それが一夜限りのパーティーで?」
そう言ったのはコルヴォだった。
もしナダが願えばこの先ずっとこの七人でパーティーを組むことも可能だと暗に言いたいのだろう。
いつも飄々としている彼の顔が引きつっている。おそらくナダの願いを想像すらもしていなかったからだろうか。だが、どこか嬉しそうなのも確かだった。
「ああ。それだけで十分さ」
多くは望まない。
だが、この七人でパーティーを組むことがどれだけ贅沢なのかはナダ自身にも分かっている。
「我も……パーティーを組むのがナダの望みと言うのなら、別に断る理由はない。でも、リーダーはどうするつもりだ?」
腕を組み、瞳を閉じながら言うコロアは何かを考えているようだ。
きっとこのパーティーの方針、戦い方、などを頭の中でシミュレーションしているのだろう。コロアに断る様子はなかった。むしろ口角が少しだけ上がっているので、彼自身もナダの提案を楽しんでいるのかも知れない。
「このメンバーを纏めるのは大変だろうが、俺がやるさ。俺が集めたんだ。それぐらいの責任は持つ――」
リーダーを務めた事などないナダであるが、この七人なら、信頼しているこの六人の前に立つことならできる自信があった。
彼らは優秀な冒険者なのだから、どこまでも自分に付いて来てくれるという安心感があるのだ。
「私はいいわよ。で、いつ潜る気なの?」
イリスは既に迷宮に潜る気でいっぱいだった。
既に目が輝いている。
ユニコーンという希少なはぐれに冒険者としての血が騒いでいるのだろう。
「準備ができればいつでも。皆の準備が出来るまで、いつまでも待つさ。出来れば最高の形で迷宮に潜りたい――」
ナダに時間はあまり残されていない上に、一人で潜ればユニコーンを狩れるかどうか分からないが、この七人なら絶対に討伐できるとナダは信じている。
ナダはどうしてもユニコーンが欲しかった。
あの“角”が欲しいのだ。
「……それがあんたの願いなら、仕方ないわね。でも隊列は? 作戦は? そういうことは決まっているの? この七人で潜るのは初めてなんだから話し合う事は沢山あるわよ――」
アメイシャは片手で頭を押さえながらいう。
だが、彼女も他の冒険者と同じように楽しそうだった。
はたから見れば歯車合わない冒険者ばかりが集まっているが、迷宮に潜ればそんな歯車がちゃんと回るのだ。現に前にこの七人で潜った時も、あの時は競争だったが結局は皆で協力してはぐれを狩った。そんな姿が彼女の頭の中では浮かんでいるのかも知れない。
「分かっているさ。だからこうして時間を取ったんだよ」
「……ナダ、本当に僕とパーティーを組むつもりか?」
苦虫を嚙み潰したように言うのはレアオンだった。
ナダとレアオンの間には確執がある。それはおそらく一生消えないもので、どちらにとっても忘れる事ができないものだ。
明確な敵ではない。だが、味方でもない。かつてのパーティーメンバーだが、二人は曖昧な関係でいる。
「お前のアビリティは有能だ。理由ならそれだけで十分だろう?」
「そうか。分かった――」
レアオンもゆっくりと頷いた。
「……パーティーを組むことに私も異論はないが、ナダ、お主の目的だけ聞きたい。何が目的だ? 名声か、大量のカルヴァオンか、もしくは卒業前に記録を残して箔を付けたいのか? それによって私たちの迷宮への潜り方も変わるからな」
オウロはナダを見定めるように言った。
学生として、冒険者として、何よりも人として、オウロは注意深くナダを見ていた。迷宮の中は命がけだ。だからこそ一時的なパーティーと言っても、信用が何よりも大切である。
それをよくオウロは知っていた。
何のために潜るのか、それによって大きく冒険は変わるのだ。
「さっきと変わらねえよ。俺の目的はただ一つ。ユニコーンの討伐――並びにその角が欲しい。それだけだ。それ以外の事はどうだっていい。分かりやすいだろう?」
ナダはにやりとしながら言った。




