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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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第四十話 マゴス

「えー、マゴスというダンジョンは非常に特殊なダンジョンでございます。まず、ダンジョン自体が湖の中心にあり、その湖は果てが見えないほど深いと言われています」


 片眼鏡をかけた講師が大きな黒板の前で、一冊の本を片手に授業を行っている。

 教室内は様々な冒険者で埋まっており、その中にはイリスやコロアなどもう授業に必要な単位を全て取っている学生であっても熱心に聞いている。

 もちろん、ナダだって講義を聞いている学生の一人だ。ノートとペンを片手にあくびしながら授業を聞いている。


「またこれは余談ですが、マゴスのダンジョンを囲っている湖は海と繋がっているらしく、その水質は海水と成分がほぼ同じでございます」


 ナダ達が現在聞いているのはラルヴァ学園で開かれている講義で、最近新しく追加されたものである四つのダンジョンについての迷宮学だ。現在、新しく町が作られている四つの地域にある迷宮について、最前線の冒険者たちが持ち帰った情報が公開されている。

 冒険者たちは基本的に情報を公開するのを躊躇わない生き物であり、一種の共同体として例え同じパーティーでない冒険者であっても無償で情報を共有する。だから学生たちが今受けている授業も、最前線で戦う冒険者たちが必死になって集めた情報で、それはきっと無償で提供されているのだろう。


「だからその湖はしょっぱく、棲んでいる魚も海と相違ございません。またこの湖には太古より様々な魚が生息しており、その多様さと量から地元の人からは奇跡の湖だと呼ばれることもあるそうです」


 たわいもないマゴスの情報。それは将来の事を踏まえた冒険者にとってはとても貴重なものであり、誰もが感心しながら聞いている中、ナダはもう一度欠伸をしながら小さくぼやくように言った。


「……早くダンジョンの中について教えろよ」


 外の事なんてどうでもいいのがナダの心情だった。

 それよりも早く、迷宮内の情報が欲しい。

 それから暫くの間、ダンジョンの近くに現在進行形で建設されている町の情報、その進行具合、などの冒険者にとって必要な施設についての説明が行われた。

 それを感心しながら聞いている冒険者も多い。

 医療施設、教会、鍛冶ギルド、薬剤協会、宿泊施設、また交通網による他の都市との移動時間など、迷宮を攻略するにあたって、必要な施設は多い。それらの発展具合、また人材の情報なども冒険者にとっては確認しないといけない事の一つだ。

 もしも足りないことがあれば、自分の伝手つてを使ってそれらを仕入れなければならない。

 冒険者は決して一人で迷宮に潜っているわけではない。またパーティーメンバーだけとも潜っているわけではない。他の数多くのサポートする人たちによって成り立っているのだ。

 もちろん、ナダの前方に座っている冒険者の一人であるコロアも真剣に講師の話を聞いていた。

 講師の話はやがて町の話から迷宮の話へと移る。


「もちろん水に囲まれたダンジョンであるマゴスは、中もどうやら水で満ちているようです。それも海水です。だから内部は潮で満ち溢れており、これは実際に潜った冒険者の話ですが、床には数センチほど常に水が張ってあり、耐水性のある防具ではないと動くのも満足に行えず、錆に弱い武具ではすぐに錆びてしまうらしいです。また壁や天井も常に水が滴っており、湿度は百パーセント。だから中に長時間いる事は難しく、それが攻略の難度を上げていると言われています」


 ナダの望む通り、やっと迷宮内の情報に移った。

 まずはダンジョンの環境からだ。

 ダンジョンの環境はそれぞれ違い、それに合わせてモンスターも環境に合わせるように姿かたちを変えると言われている。


「マゴスに潜った冒険者は、その迷宮の様子を一言でこう表します。――そこは海底だと」


 水にまみれた迷宮。床は常に薄い水で満ちており、歩くたびにぴちゃぴちゃと水が跳ねており、床はつるつるとしており専用の靴でないと滑って足を取られやすい。また壁も滑らかで水が染み出しているようであり、地上に似たような環境の場所があるとすれば鍾乳洞に近い、と講師は言った。

 内部を照らすのは円錐の形をした鍾乳石とよく似たものだ。それは青白く輝いており、まるで海底にいるかのよう思えるらしい。


「またそこにいるモンスターもまるで魚のようだと言います。まるで二足歩行の魚と言ってもいいでしょう」


 マゴスにいる一番ポピュラーなモンスターは、まだ正式名称が決まっておらず、現地の冒険者たちは魚人もしくは背中に大きなひれを持つことからバルバターナと呼ばれることが多いようだ。

 彼らは人間とほぼ同じ体形をしているが、目が魚のように大きく隆起しており、瞼がなく目を閉じることはない。背中には大小それぞれ差があるが、ひれを持ち、首元はえらのように膨らんだりしぼんだりする呼吸器官があり、四本指の手や足の間には薄く水かきのようなものがあるらしい。

 体色は緑や青、また黒など魚のように様々であり、同じ特徴を持った魚人たちで群れているようだ。

 彼らの多くは武器を持っていないが、中には銛や槍など様々な武器を持つ個体も存在し、水のはった床を滑るように移動するらしい。

 人と似た姿をしているが人ではなく、人語は喋れない。

 声のような音を発する者も大勢おり、冒険者を見つけた時にはまるで身の毛がよだつような不気味で、腹の奥から震えさせるような音を発生させるらしい。


「魚人、あるいはバルバターナは、例えるならトロに存在する死人に例える事も出来るでしょう。彼らも多くは人型を取っています。その理由は分かりませんが、一説には武器を持てるからだと言う学者もいます」


 その技量は人には及ばないが、死人も、魚人も、大抵の冒険者よりも力が弱いが、深い階層に行くほど力が強くなり、ある一定層を超えると大抵の人よりも力が強い個体しかいないようだ。

 だから鍛えていない冒険者であれば、その力に押し負けて簡単に殺される。


「もちろん、トロに存在するモンスターのように人型ではないモンスターもいます。八本もの足を持ったタコのようなモンスター。足元に存在する貝のモンスターは人を待ち、まるでトラップのように人の足を食らう。はたまた何の意味があるかも分かりませんが、わかめや海ブドウのような階層も存在するようです」


 一旦、講師はあらかたのモンスターの情報を述べた。

 その多くが浅い層に存在するモンスターであるが、ポディエに存在するモンスターとは大きく特徴が異なる。だから例え弱いモンスターであっても、その特徴を知らなければ簡単に殺されるだろう。

 最初は数多くのモンスターについて述べて、それからは魚人、あるいはバルバターナについて多くを述べた。

 数多くのモンスターがマゴスに存在するが、やはり一番種類が多いのが魚人、あるいはバルバターナであり、最も厄介なのも彼らだからだ。

 ナダもその話を真剣に聞いていた。それからある一種の彼らについて講師は詳しく語り、今日の授業は終わる。


「さて、今日の授業はここまでだ。勿論、今日紹介した以外にも様々な魚人たちがいる。今も新種の魚人が発見されているようだ。だから今日の授業だけをうのみにしないように。勿論、今回の授業を忘れてもなりません。彼らの情報を肝に銘じておきながら、突発的な事が起こってもパニックにならないように――」


 それから講師は今回のまとめとして、簡単に授業をまとめて今日の迷宮学は終わる。

 と言っても、まだ初日だ。迷宮について簡単に多くの情報が解放されたに過ぎない。もしも本格的にマゴスに潜るのであれば、もっと多くの情報がいるだろう。それに潜る迷宮はここだけではない。

 他にも三つの迷宮がある。それらの授業も既に開かれている。

 例えば今日、この教室にいない学生であるコルヴォは同じ時間に行われている別の迷宮についての授業に出ているのだろう。

 授業が終わると、ナダは一人の冒険者に話しかけられた。

 コロアだった。

 ナダの机に腰かけて、まるで見下ろすようにしながら言った。


「ナダ、そなたも新しい迷宮に興味があるのか?」


 彼の口から出たのは他でもなく、たわいもない世間話だったが、学園でも有名なコロアが、悪名高きナダに話しかけたのだ。それも二人は犬猿の仲だと噂されるから、そんな二人の会話に注目する者も多い。


「……新しい迷宮に興味を持つのは冒険者のさがだろう?」


「そうかも知れないな。でも、ナダ、そなたが初日にこの授業を受けているとは思わなかった。よほど、興味があるらしい。この講義はなかなか取りにくかったからな」


 ナダはこの講義の履修登録を取るのが大変だった。

 将来的には全ての冒険者が受けられるようになっているとはいえ、最初の講義は受講希望者が多く、抽選によって学生たちが分けられることなった。勿論、同時に他の三つの迷宮の授業もあるとはいえ、四つの迷宮の授業を合わせたとしても学園全ての冒険者が授業を受けられるわけではない。

 中には抽選から落ちた冒険者もいる。もしくは抽選券を手に入れられなかった学生すらいる。

 ナダは朝早くから並んで抽選権を手に入れて、運よくマゴスの授業に引っかかったが、それは本当に運のいいことだった。


「……そうかも知れないな」


「今回の授業をどう思った?」


「……もしもマゴスに潜るんなら、防具は専用のにしないといけねえ。武器は出来る限り錆にくいものが必要だ。それにあいつらの皮膚は固いんだろう? 殺し方も覚えないといけない。やる事は沢山あるな」


「そうだな。それに今回の授業ではなかったとはいえ、特殊な環境だ。もしかしたら“火のギフト”は使いにくいかも知れない。少なくとも我はそこが知りたかった」


 それはコロアの言う通りだった。

 水で満ちている迷宮なら、きっと火のギフトの威力は落ちるだろう。もしかしたら別のギフトやアビリティもものによっては発動しづらかったりするかも知れないが、今回の授業でその話はなかった。

 考えてみると、水は電気を通すのでコロアのギフトも使いようによってはモンスター全てを攻撃することが出来るが、場合によっては仲間に当たる可能性もあるだろう。


「もしかしたら冒険者に迷宮にも相性があるのかもな。……ポディエはねえけど」


「ああ、そうだ。だからもしかしたらこの迷宮に我は合わないのかも知れないし、もしかしたら凄く相性がいいのかも知れない。そこは今後の授業で見極めるつもりだ」


「……そうだな。まあ、潜るかどうかも分かんねえ迷宮だ。とりあえず興味本位と単位の為だけに受けた授業だ。思ったより面白かったよ。コロアは違うのか?」


 ナダは下を向きながら嘘をつく。

 顔にはニヤつくような笑みを浮かべていた。

 例え相性が悪くても、ナダとしては全ての迷宮に潜るつもりだった。そして自分の為に全てを攻略するつもりだ。

 だが、それを言葉に出そうとは思わなかった。

 人が聞けば、笑ってしまうぐらい無謀で愚かな挑戦だからである。それを落ちこぼれのナダがしようと言うのだ。自分でもなんてことを考えているのだろうか、と馬鹿らしくも思えて笑えてきた。


「……違う。我は冒険者として次なる高みを目指している。だからきっといずれかの迷宮には挑戦するだろう。必ず……な。だが、そなたはそうではないようだ。邪魔したな――」


 どうやらコロアは目論見とは違ったのか、それ以上ナダに興味をなくして教室から出て行った。

 それからナダに話しかける者も教室にはおらず、ノートやペンなどを鞄の中にしまうとナダも教室を出る。もう既に今日の授業はない。迷宮に潜る予定もない。だが、今後の事を考えると様々な準備が必要だと思った。

 武器や防具だってそうだ。

 伝手つてもいる。

 回復薬や他の薬の安定した供給ラインも必要だろう。

 きっと用意するのはそれだけでは足りないはずだ。

 何故なら冒険者に必要なすべてが揃っているインフェルノとは違い、ナダが冒険しようと思っているのは人々にとって未開の地なのだから。

 その為、自室に帰ったナダは一人、ペンと紙を机の上に用意して封筒も六つ用意してから手紙を書く。

 宛先は、イリス、コルヴォ、コロア、レアオン、アメイシャ、オウロ、の六人。中に書いた文は六人とも同じだった。


――以前に行ったトーへでの“騎士”を狩る競争。その時に得た景品を使いたい。


 そして手紙を出してから一週間後、ナダがわざわざこの日の為に借りた部屋に六人の冒険者が集まった。


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