第三十九話 遭遇
ポディエは非常に単純な迷宮だ。
暗い洞窟内をただひたすら突き進み、獣の形をしたモンスターを狩るのだ。それだけで特に罠もなく、特殊な攻撃――例えば火を吹くようなモンスターさえ少ないのだが、単純に鋭い牙、強靭な爪、堅牢な皮膚、それだけだと言うのにどうしてこんなにもポディエと言う迷宮は厄介なのだろうか。
「で、次はお前かよ?」
ナダはこの日も冒険者として迷宮に潜っていた。
戦っていたのはイポポタモというモンスターだ。豚の形をしたモンスターだ。特徴は固い図体と百八十度も開くことの出来る大きな口だ。その口によって腕を食われたり、足を食われたりして廃業になった冒険者も多い。
だが、既にナダにとっては慣れたモンスターだ。殺した数ももはや覚えていない。相手の攻撃を避けて、力に任せた強引の刃で断ち切れば簡単に殺せる。殺し方も知っている。
だが、今ナダが持っている武器は刃物ではなかった。もっと単純な武器だ。
――メイスだった。金属製のメイスだ。柄頭が膨らんでおり突起のついた鉄の槌だ。オリハルコンなどを込めた少しだけ軽い合金を使っていて、六十センチほどと短いのでそこまで重量は感じない。
ナダが使っているのは、最近低学年の学生たちを中心に流行っているメイスである。どこの工房か忘れたが、こういったメイスを中心に作る工房もあるらしい。
メイスが流行っている理由は簡単だった。
刃を立てる必要がなく、扱いが簡単だからである。それなのに膨らんだ先端を振り回し、遠心力を利用するので威力は折り紙付き。軽い金属を使っているので、女性でも扱いやすい。最初に選ぶ武器としては非常に使い勝手のいいものだった。
また武器をあまり使えない後衛を務める事が多いギフト使いにとって、使うためにあまり技術がいらないメイスは都合がいい。
ナダは突進してくるイポポタモの脳天へと、片手でメイスを振り下ろした。モンスターの脳髄が辺りに飛び散った。たったの一撃。それだけで浅い層のモンスターならナダの筋力によって簡単に屠れる。
何体いようと変わらなかった。
横から来るイポポタモは顔面を横から殴り、飛び掛かってくるイポポタモは横に避けてから胴体を殴って動きを止めて、また脳天をかち割る。その動きは青龍偃月刀を使っている時とは全く違う動きだった。
右手のみでメイスを持ち、軽やかにモンスターの動きを避けて攻撃を的確に当てていく。イポポタモの攻撃を上に飛んで、ステップで躱し、また攻撃される前にメイスで弾く。
それは踊っていると言ってもいい。冒険者にとって誰もが憧れている動きの一つだ。相手の攻撃を全て避けて、こちらの攻撃だけを当てていく。それはまるで事前に打ち合わせがあったかのように見事なものだった。威力も申し分ない。
ナダはイポポタモを次々と殺して行く。
たった一人でだった。
十数体のイポポタモと遭遇してから全てを殺しきるまで、たかだか十数分程度だった。リーチと切れ味、それも重量のある青龍偃月刀を持った時とそう変わらない。
それほどまでに最新鋭の武器は強力だった。
初めて使ったというのに、メイスはナダの手によく馴染んだ。まるで昔からよく使っている武器のように。
「あいつらがよく使う理由も分かるぜ」
ナダは最近冒険者になった下級生たちの意見に同意する。
メイスは非常に使いやすい武器だった。
昔にメイスを使ったことがあるが、先端に重量が集中しており、とても重たくて取り回しずらいように思えたが、こうやって最新のメイスを使ってみると最近の武器も悪くないように思えた。
誰でも扱いやすいように軽い合金を使い、それでいて扱いやすい重量バランスになっている。気を抜くと振った時にメイスに腕が取られそうになるが、それでも慣れれば気にならない。重量を利用すれば、モンスター相手に大きなダメージを与える事もできるだろう。
この武器を手に入れた経緯は簡単だった。
買ったのだ。
数日前に会ったアマレロに青龍偃月刀が直るまでのつなぎの武器を探していると相談すると、最近人気のある工房が最新のメイスを出しているという武器の情報を貰った。
最近はずっと古い武器ばっかり使っているのだから、もしかしたら最新鋭の武器のほうが扱いやすく、モンスターを狩るのも簡単になるかもしれない。今後の武器探しの参考にもなるから、お金に余裕があったら試しに買ってみるのもいい、と言われたのだ。
お金ならあった。最新の値段の張る武器でも簡単に買えるほどのお金なら。
だからナダは素直にアマレロの言葉に従い、最新型の武器を買う事にしたのだ。そこで選んだのがこのメイスだった。
だからこの武器の試しで迷宮の奥へ奥へと進んでいる。
ナダは出会ったモンスターを全て倒している。一撃とは言い難い。振りが早く当てやすいので連続で攻撃を当ててモンスターを倒しているのだ。
メイスというのはいい武器だ。
研ぐ必要がない。だから切れ味も特には変わらない。確かに先端の球状の場所についた突起は尖っているが、多少切れ味が落ちたところで武器の威力は変わらない。柄が折れる事もない。継戦能力にとても優れた優秀な武器だった。
今だって、ナダはモンスターを殺していた。
戦っているのはアラニャと呼ばれる蜘蛛のような姿をした大きなモンスターだ。きっと両足を広げればナダよりも大きいだろう。強靭な顎が特徴的で、毒も無ければ糸も吐かないような蜘蛛だ。素早い動きと強靭な顎、それだけなのに八本の足を用いて動く姿は、他の四足歩行の動物とは機動力が段違いだ。縦横無尽に動く。壁から壁へ、天井にも張り付き、地面もさっそうと走る。
またアラニャの予測できない動きによって殺される冒険者も多いと聞く。
もちろん、アラニャはナダよりも早く、力強い。それは昔から変わらない。普通に戦ったら、まともな冒険者であったらギフトやアビリティなしに勝てる相手ではない。とはいえ、ナダはよく殺してきたモンスターだ。相手はこちらを正面から食おうと絶対に頭を差し出す。それを正面から迎え撃ち、脳天に全力で武器を振り下ろすだけだ。
一撃では固くて殺せない。だから何度も当てて殺す。
上から下へ全力で振り下ろし、右から左へ遠心力を使って振りぬく。一撃加えるごとに相手の動きはのろくなる。遂には五つ目の打撃で倒した。
それを何度か繰り返して、アラニャを殺しきったナダが腰にあるククリナイフでアラニャの解体をしようとしていた時だった。
――かん、と小気味の良い音が鳴った。
それはナダが向かっている方向の事だった。
遠くで青白い光がぼおっと光った。だが、それはダンジョン内特有の花の光ではない。もっと幻想的で、綺麗なものだった。
青白く円錐状の光。それは迷宮に存在する全ての生命を魅了するような光だった。それに集まって多くのモンスターがいる。
アラニャ、イポポタモ、ベフォメト、など様々なモンスターが“その”周りに集まっていた。
まるで白雪のように薄く輝く体毛を持ち、白銀の鬣はまるで雪のようだ。太い四肢はカモシカのようにすらっとしていて、顔は龍にも似ていた。牛の尾と馬の蹄を持つ“はぐれ”だ。
そのモンスターは冒険者の中でも有名なものだった。
――幻獣ユニコーン。
ポディエ内において最も有名な“はぐれ”であり、それは度々に冒険者によって目撃されている。
曰く、どんなモンスターよりも強靭な肉体と固い蹄、そして全てを魅了する角を持っているモンスターの王であり、いつもモンスターに囲まれていて、人知れずその姿を消すらしい。
倒した冒険者は過去に二度しか例がなく、その戦い方、特性、などほぼすべてが謎に包まれている。ただ伝説によれば、ユニコーンの角は万病に効く薬になるという。
またユニコーンは冒険者の前に一瞬だけ現れて消える事から、幻獣とも呼ばれる。
まるで幻だと会った冒険者は語る。
ナダの前に現れたユニコーンも、ナダを一目見た後ふっと消えた。
そして残るは大量のモンスター。
まるでモンスターハウスのように。
だからユニコーンの目撃は少ないと言われている。会う事ができる幸運と、そしてそこから生き残る幸運が必要だからだ。
残ったモンスター達はナダを見つめた。
通路を埋め尽くすようなモンスター。
ナダはそんなモンスターを見ながらメイスを強く握りしめて、左手でククリナイフを持った。
「メイスの本当の真価が試せそうだ――」
ナダは嗤いながら言う。
◆◆◆
戦いは一時間は続いただろうか。
血みどろの戦いの果てに、生き残っていたのは――。
ナダだった。
大量のモンスターの上に座って大きなため息を吐いた
「いい武器だな。だが――」
だが、物足りない。
それが正直なナダの印象だった。
使いやすく、威力も十分。モンスター相手でも簡単に殺せる。
――あくまで、浅い層のモンスターなら。
もしもナダにアビリティがあれば、ギフトがあれば、もしくは同じ場所を目指す仲間がいるなら、このメイスで満足していたのかも知れない。このメイスをもっとうまく扱えるようになり、アビリティやギフトを乗せて威力を上げればどこまでも上に行けるだろう。
だが、ナダは一人で戦い抜くにあたって、このメイスだと聊か威力が足りないと思った。全力で振ればもっと威力は上がるだろう。だが、このサイズのメイスだと両手で振るうには小さい。また自分の筋力では威力の上限にも限界がある。この武器ではどこまで行っても中層、もしくは深層の浅いところのモンスターしか倒せる気がしなかった。それも一撃ではなく、かなりの手数が必要だ。
だからこんな大量のモンスターを倒すだけで、こんなにも苦労した。時間がかかった。
こんな状態で、本当に深いところに存在する“はぐれ”を狩れる気はしなかった。
――例えば、先ほど会ったユニコーンは殺せない。




