第三十八話 ノヴァⅢ
既に学園長と新しくラルヴァ学園に赴任した教師たちの話は終わり、彼らはいつものように校舎へと戻った。またそれに合わせて数多くの生徒たちもグラウンドから去ろうとしている中で、まばらになりつつある生徒達を見ていたダンはこぼれるように言った。
「ナダ、学園長の話にどんな意味があったのかな?」
「さあな――」
ナダは先ほどまで学園長がいた場所を睨みつけている。
まるで忌々しいものを見るかのように。
「四つの迷宮の事なんて僕たちは知らない。それについてあんなにも興味を引き立てておいて、遠回しに行くな、って酷くない?」
「そうだな――」
「隠す事も出来たはずなのに。どうして公開したんだろうね? 誰かその迷宮に行こうとした人がいるとか? 誰かは知らないけど――」
「本当に……誰だろうな――」
ナダは四つの迷宮の事を知っている。
それを開いたのはナダ自身であり、どこにあるのかもアレキサンドライトに教えてもらった。確かに四つの迷宮が開かれてから数か月と時間が経っているが、それにしても四つ全てが見つかり、また新しい迷宮に合わせて町を作るという計画も早すぎると疑問に思った。
何故ならナダは四つの迷宮の事をアレキサンドライトにしか話していない。話す意味がないと思っていたからだ。迷宮の底であのイメージを見た時、最初は単なる夢だと、自分が思い描いた妄想だとナダは思っていた。
だから誰にも話すこともなく、四つの迷宮のイメージは胸の内に秘めたままだった。
そもそもナダが四つの迷宮の事を語ったのは、アレキサンドライトだけなので、知っているのは彼だけだと思っていた。
それなのに学園長は、いや、そのほかの者達も当然のように新たな迷宮の事を知っており、それらの利用に向けて着々と動いている。まるで事前に“四つの迷宮”の事を知っていたかのように。
「ねえ、ナダ、ナダはどう? 新しく見つかった四つの迷宮に行ってみたい?」
「……ダンはどうなんだ?」
「質問を質問で返さないでよ。でも、いいよ。僕はね、行ってみたいな。新しい迷宮はどんな場所で、どんなモンスターがいるのか凄く気になるよ。僕だって冒険者の一人だからね。新しい場所には興味があるんだ」
ダンは弾むような声をしていた。
キラキラとした目をしていた。
それは童顔ながらも歴とした冒険者の目つきであった。
「じゃあ行くのか?」
「まさか! 行けるわけがないよ。ボクのパーティーはね、とっても優秀だけど、新しい迷宮に挑戦するほど無謀ではないよ。いずれは行ってみたいな、って思うけど、まだトロもトーへも僕たちには早いんだ。もっと鍛えないと! それで、ナダはどうなの? 僕は言ったよ」
「俺か? いずれ俺は行くさ――」
「どうして? 新しい迷宮に心が躍ったの?」
無邪気なダンの質問。
きっと悪気はないのだろう。
冒険者とは未踏破の場所、未知のモンスター、そこに眠る財宝に心を躍らせて見知らぬ世界に飛び込む生き物だ。
右手で胸を叩いた。
「ああ、そうかも知れねえな。俺だって冒険がしたい時ぐらいある。見知らぬ迷宮に潜って、全てのモンスターをぶっ殺したいさ――」
だが、ナダはそうではない。
血走った目で言ったが、実情は違う。
もっと切実なものだ。
「ふん。お前がどれだけ優秀か知らないが、さっきの先生の話だと溶岩で埋め尽くされた迷宮や一面が鏡張りの迷宮、また冒険者を殺すようなトラップも多いと聞くぞ。そんな中を“無能”なお前がどう歩く?」
ダンの隣にぴったりと着くように立っているセレーナは、ナダをせせら笑うように言った。
確かに先ほどの先生の話では、ナダがいつも潜っている迷宮よりも過酷な環境が待ち構えているようだ。それこそ普通の人間ではすぐに死んでしまうような迷宮らしい。
「でも、そんな迷宮に足を踏み入れた冒険者がいるんだろう?」
「そうかも知れないな」
「まさか入れる人間が炎に対応している人間だけじゃないだろう? そんな奴は少なすぎるからな。きっと何か方法がある筈さ」
「……希望的観測だ」
「かもな。でも、俺は新しい迷宮に潜りたい。なら、潜るしかねえだろう?」
「それは学園長などに先ほど止められたがな」
「ああ、そうだな――」
ナダはセレーナの言葉に肩を大きく落とした。
すぐにでも何らかの方法をとって迷宮に潜るつもりでいた。
ナダが狙っていたのは留学と言う制度だ。学園の援助を貰って他の都市にある迷宮に挑戦できるのだ。もちろんそれは他の迷宮での技術と経験を学園に持ち帰るためであり、学園内でも優秀な冒険者のみが利用できる制度だった。
「そう気を落とさないでよ、ね、ナダ――」
ダンは優しくナダの肩をさすった。
「他の方法ってあったか?」
「あとは学園を辞めるとか? でも退学はしない方がいいけどね。ここで退学になったということは、冒険者としてはもう活動できないからね――」
「そうだな――」
ラルヴァ学園は公的機関だ。
それも国が最も力を入れている冒険者の育成施設であり、多額の税金も投資されている。だから冒険者の施設は最新の物が多く、学生たちの学費だけでは足りない金額がつぎ込まれている。
だからその負担を少しでも減らすために学年に応じて量は違うが、カルヴァオンの納品が定められており、八学年まで通う事が義務付けられている。また途中で退学をするとラルヴァ学園落第者という烙印を刻まれて、国中の他の冒険者組合を利用できなくなる。ラルヴァ学園から退学するという事は、冒険者としての活動を諦めるということと同意なのだ。
それは貴族であっても、王族であっても変わらない。
だから一般的な冒険者よりも優秀なイリスやコロアであっても、未だに迷宮に通っている。もう既に単位は足りているのだが、毎年のカルヴァオンの納品が義務付けられているのだ。
それが分かっているからこそ、ナダはラルヴァ学園を辞めて四つの迷宮へと挑戦することができない。
もうすでに町を作るという計画が立てられている以上、冒険者としての支援を受けなければまともに迷宮に潜ることすらできないのだ。
ナダはそれが分かっているからこそ、強く左胸を握りしめた。
「どうするつもりだ?」
鼻で笑うセレーナ。
「何とかするさ。セレーナはどうするんだ、新しい迷宮に興味はないのかよ?」
「私か? ……あるわけがないだろう」
「お前のアビリティならどこだって引っ張りだこだろうに――」
セレーナの持つアビリティは冒険者の中でも極めて優秀だとナダは思っていた。きっと冒険者なら誰もが欲しがるアビリティだ。
モンスターを倒す力はないとはいえ、それ以上に彼女のアビリティには様々な使い道がある。
「……実力が足りない。どれだけアビリティが優秀でも、それだけじゃあ、意味がない。私はもっと剣を磨かないといけない――」
彼女はナダの瞳を強く見つめて言った。
セレーナが思い出す過去は、あの龍の体内での冒険だった。
アビリティはとても役立ったとはいえ、最後のはぐれとの戦いでは少しの活躍も出来なかった。足を引っ張っていたと言ってもいい。その記憶が彼女の中で今でも強く、悪いイメージとして染みついているのだ。
セレーナは拳を強く抱きしめる。
ダンに命を助けてもらった記憶と、仲間の戦いを見つめていたという記憶。それは五年生にもなる冒険者としては、情けない結果だった。自分より劣っていると決めつけていたナダやブラミアのほうが、あの場では冒険者として上だったのだ。
「そうかよ――」
それを知ってからきっと彼女はがむしゃらに鍛えているのだろう。
シミ一つない綺麗な肌には生傷が増えた。ダンが逐一治しているとはいえ、その傷が減ることは全くない。
少しだけ上背が大きくなったようにもナダは変化を感じている。
「ああ。そうだ。だから私はもっとここで強くならないと。あれから多少は強くなったとはいえ、まだまだ力が足りないからな――」
「少しは強くなったのかよ?」
「もちろんだ。この大きくなった体を見たら分かるだろう?」
どん、とセレーナは胸を強く叩いた。
豊かな胸部が大きく揺れた。
きっと冒険者としての成長よりも、今にもはち切れそうなそれのほうが成長しているようにも思うが、ナダは気を使って決して言葉には出さなかった。
「ま、なんでもいいけどよ。もしもあの迷宮に挑戦するいい抜け道があったら教えてくれよ。俺は次の授業があるからそれじゃあな――」
ナダの足りない脳みそでは全く思いつかない。
今のところ八方塞がりだった。
もう少し二人と喋りたい気持ちもあったが、どれだけはぐれを倒そうと落ちこぼれであることに変わりのないナダは多くの授業を受けなければならず、次の時間も冒険者の歴史の授業が待っている。
「そうだね。まあ、期待しないで待っていてよ。僕とセレーナでいい方法を考えるから」
「ダン、私は考えるとはいっていないぞ!」
「まあまあ――」
セレーナを宥めるダンを見ながらナダはその場所を後にした。
だが、胸中は暗いままだった。




