第三十七話 ノヴァⅡ
「今日は君たちに話があってこのような場を開いてもらった。君たちにとっても重要な話だ――」
ノヴァはこの場に集まった全ての冒険者に語り掛けるように言った。
そこにまだ冒険者として成りたての一年生であっても、卒業を間近に控えた八年生であっても違いはない。学園でもトップパーティーに所属する者であっても、底辺に位置し退学もうわさされている学生であっても、同じようにノヴァは話しかけている。
まるで彼らの親のように等しく。
「今日は君たちの未来の話をしよう。さて、君たちが学園を卒業した暁には、どのような道があると思う? もちろんこの中には騎士になる者もいるだろう。また家業をつく者もいるだろう。君たちはそれぞれ思い思いの職に就くはずだが、一番多い職業は冒険者の筈だ――」
ナダの知る限り、卒業した学生は殆ど冒険者になる。
学生の時と変わらないように、モンスターを狩り、カルヴァオンを手に入れて金を稼ぐのだ。
もちろん学生の時と同じパーティーで、インフェルノに部屋を借り、学生の時と同じルーティンでポディエに潜る卒業生も多い。慣れた迷宮だと勝手が分かっているため簡単に稼ぐことが出来るからだ。
だが、ラルヴァ学園を卒業した冒険者の中には、活動場所を変える者もいる。冒険者として新しい経験を積むのが目的の者もいれば、自分によりあう迷宮を求める者、はたまた金を稼ぐために迷宮を変える者もいる。
インフェルノにおいても、ポディエ、トーへ、トロの三つの迷宮があるため、ポディエ以外の迷宮を拠点に挑む者もいる。
また、現在は王都に住んでいるニレナのようにインペラドルに活動を移す者、はたまたセウにある迷宮に活動を移す者も多い。
「君たち冒険者は、カルヴァオンを稼ぐ“だけ”の職業ではないはずだ。カルヴァオンを得るだけなら、石炭を集めるだけなら炭鉱夫でいい。そうだろう? 君たち――」
確かに中には冒険者の事を炭鉱夫と蔑む者も多い。
かつては山を切り開き、石炭を得る為に重労働に勤しんだ炭鉱夫たち。彼らは労働環境は悪かった。一日に長時間の労働。劣悪な環境。時には死ぬまで働かされることもあったらしい。そんな炭鉱夫たちは使い捨ての事が多く、奴隷や最下級市民、また農家より売られた子供たちが働くこともあった。
市民からは炭鉱夫に進んでなる者など少ない。過去には社会的弱者のみが炭鉱夫となっていた。
だからこそ、現代でも冒険者を差別する者は炭鉱夫と呼ぶ。
だが、冒険者は炭鉱夫ではない。
力のある者は大金が稼げ、地位を得る事すらある。
もっと、夢のある職業だ。
「だが、既にどの迷宮も既に冒険者が飽きるほどいる。だが、未だにカルヴァオンの需要が増え続ける中、国は冒険者を増やす方針だ。これからもそれは変わらない」
どの都市でも新人冒険者を育成する施設はある。
インフェルノならラルヴァ学園、もちろんセウやインペラドルにも似たような施設はある。ラルヴァ学園ほど大きな施設ではないが、どの都市も一人でも冒険者を増やそうと努力している。
そして、冒険者の数は増えた。
「ああ、正直に言おう。冒険者の数は――増えた! 君たちは昔ほど望まれていない。先輩たちが安定してカルヴァオンを供給するからだ。大都市の周りは十分に潤っている!」
現在の一般的な冒険者の生活は厳しいと言われている。
十年前、百年前と比べて、冒険者の数が明らかに増えたからだ。もちろんカルヴァオンの需要も増しているが、実力のない冒険者が得る質が低くて小さなカルヴァオンの値は年々少しずつ下がっており、底辺冒険者たちの生活は少しずつ厳しくなっている。
今では生活に窮する冒険者も増えた。
その理由の一つがカルヴァオンもそうだがそれ以外にも、鉄の需要の増加からくる武器の値段の上昇、冒険者が増えたことによる住居や宿屋の値上げ、など問題は様々だ。
それに比べて地方にはカルヴァオンが行き届いていないのだが、その理由の一つは輸送代だと言われている。
どれだけ値段を落としても、迷宮がある都市に比べて移動費ばかりがかさみ、あまりにも高いカルヴァオンを買う者が少なく、普及していないと言われている。
「もしも君たちが今から冒険者として大成しようと思ったら、より上質な、より多くのカルヴァオンを求めて危険を冒さないといけないだろう!」
そんな事ができるのは一部の冒険者だけだ。
それこそ学生の間に宝玉祭に出場できるような。
だが、大抵の学生ははぐれすら狩ることが出来ない実力だ。
「そんな君たちに朗報がある――」
勿体ぶってノヴァが言った。
「――新たな迷宮が見つかった。それも四つも。既に場所も分かっており、そこには新しく町ができる予定だ。まだ誰も探索していない迷宮だ。見たことがないモンスター。まだ誰も探索していない迷宮。勿論、危険も多いが、挑戦しがいのある迷宮だ!」
冒険者の中から歓声が起こる。
だが、ナダはノヴァを睨みつけるように見ていた。
「もちろん迷宮がある場所がここよりはるか遠くの辺境であるが、辺境であるがゆえにカルヴァオンの需要は高い! おそらく将来的には列車も通るだろう 既に人は集まっている。冒険者も徐々にだが、集まっている。だが、その数はまだまだ少ない!」
きっと新天地に行く既存の冒険者は少ないのだろう。
慣れた狩場を移るのは大きな決断だ。モンスターの種類によっては武器を変える必要もあり、通じないギフトやアビリティもあるだろう。心機一転を目指して進んだ新天地のモンスターに全く通用しないということすらあるかも知れない。
家族がいて、生活を守る必要がある冒険者はそんなリスクを冒せないのだろう。
「ああ、正直に言おう。これからもっと冒険者の需要は増えるだろう! 大陸中に列車が通り、各村々へ物資が輸送される。もちろんカルヴァオンの需要が尽きる事はない!」
ノヴァの言葉には力があった。
熱があった。
「君たちはいい時代に生まれた! いい時代に冒険者になった! 新しい迷宮は未だに攻略中だ! トーへのように内部がほぼ見つかった何の面白みもない迷宮ではない。かつての英雄が使ったような武器ですら埋まっているかもしれない夢の地だ!」
他の冒険者が感心しているが、学園長の言葉はナダの心には響かなかった。
「新しい迷宮に挑戦することを私は止めなどしない。是非ともして挑戦して、冒険者の未来を作って頂きたい。君たちが成功することを私は夢見ている。だが、一つだけ――君たちにお願いがある。君たちが在学中はポディエで経験を積んでくれたまえ」
学園長は胸に手を当てながら言った。
「これは約束ではない“命令”だ。私は校則通り、君たちが卒業するまで新天地へと行くことは許さない。何故なら君たちはまだ冒険者として未熟だからだ――」
ナダは学園長を睨みつけた。
「ありとあらゆる環境に適応する能力が足りない。様々なモンスターを狩る経験が少ない。また仲間との出会いも少ない。そんな君たちが新しい迷宮に行っても、無駄死にするだけだ。私は冒険者となってくれた未来溢れる君たちを殺したくはない。だからあえて言おう。君たちは卒業するまでここで冒険者として研鑽を積むんだ! 迷宮の中では極めて多様性があるポディエは君たちにとって、いい経験になるだろう」
学生たちが声をあげようとするのを、学園長は胆力だけで押しとどめた。
誰も反論しようとはしない。
一言発もしようともしない。
学園長から溢れる冷たい殺気がグラウンドを満たしたからだ。
「勿論、新しく見つかった迷宮の情報は逐一学園にも仕入れるつもりだ。その為の教師も増やすだろう。君たちにしてあげられることは全部する。是非とも、卒業後の進路に役立てたまえ。私からの話は以上だ。また私からではないが、新しい迷宮に詳しい教師も呼んである。それが彼らだ」
ノヴァは隣にいる教師たちを紹介した。それからノヴァは学生たちの前で喋ることはなく、新しく赴任された教師たちが新しく発見された四つの迷宮の現状、それぞれの特徴などを簡単に教えてくれた。
その情報はどれもナダが聞く限り新鮮だった。
主人公の武器について数多くの感想をいただき、とても嬉しかったです。
この場でどういう武器を使うか発表は出来ませんが、楽しみにしていただけると幸いでございます。
引き続き、この作品のご応援よろしくお願いします。




