第三十二話 テーラ
迷宮都市インフェルノは、国内でも王都インペラドルに次ぐほどの大きさだ。
ラルヴァ学園と言う全寮制の冒険者育成施設の敷地を抜いたとしても、その大きさは他の都市を圧倒している。
三つもある迷宮。それに携わる冒険者の数々の施設。また列車の為の線路や駅も当然のようにあり、町の中にはインフェルノという広大の土地を素早く移動するために、一般市民に解放された馬車と言う交通機関があちこちにある。そのため道も広く作られている。
インフェルノにいる冒険者はラルヴァ学園に所属する学生だけではない。学園を卒業した者や、他の迷宮都市から移動した者など数多くの冒険者がいる。もちろん老若男女様々だ。また数多くの様々な立場の者達が集まっているインフェルノでは、数多くのビジネスチャンスを狙って冒険者以外の者達も集まっている
だからインフェルノは年々拡張しており、いずれは王都よりも大きくなるかもしれない、と言われていた。だからこそ商人たちにとって、インフェルノは非常に魅力的な町だった。
そんなインフェルノの商業地区をナダは歩いている。道の中央では数多くの馬車が忙しなく通り、いろいろな職業の者達が屋台でものを買ったり、店の中に入ったりと大勢いる。
まだ冬であるインフェルノの街中は寒い。ナダも色ぼけたチェスターコートを着ながら首には赤色のマフラーを巻いている。例え人をねじ切るようなモンスターを倒す冒険者であっても、寒さには勝てなかった。
もちろん一人では無かった。
「ナダおにいちゃん! テーラね、新しい服だったら、おにいちゃんとお揃いがいいなー」
妹であるまだ幼いテーラと一緒だった。
同じ黒色の目と髪を持ち、似たような顔をしている妹をナダは肩車しながら道を歩いている。テーラはそんなナダの肩の上で、あちこちをきょろきょろと見渡していた。普段の目線よりもはるかに高いので、興味深そうに街中の様子を眺めていた。
彼女も暖かそうな毛皮のついたコートに、黒いズボンを履いていた。可愛らしい服装とは言い難いが、とても動きやすそうな服である。
「俺の服って、これかよ?」
ナダはチェスターコートの襟を黒い革の手袋で持った。
「うん。なんかかっこいいよ!」
「こんなぼろいコートがか?」
ナダは気に入ってそのコートを着ているわけではなかった。
お金がない時に古着屋で買っただけだ。生地が分厚く丈夫で温かいので、今も着ているだけだ。お金に余裕があったとしてもナダの生活は昔と変わらない。高い値段のする動物の革が使われたコートなど買う気は一切ない。興味すらなかった。
「うん! だからね、同じ格好がしたいんだー!」
テーラはナダの上で楽しそうに言った。
「まあ、好きにしろよ。子供用が売っているかどうかは知らないけど」
ナダは投げやりに言った。
現在、ナダとテーラは商業地区を人ごみにまぎれながら店を物色していた。
目当てはテーラの服だった。まだインフェルノに来て日が浅く、冬服の数をあまり持っていない。今テーラが着ている服も、ナダがいない時によくお世話になっているスピノシッシマ家のカノンから貰ったお下がりだった。とはいえ、お下がりの服だけだと心もとないので、こうして買いに来たのだ。
「うん! そうだね! でねでね、買い物が終わった後は一緒に遊ぼうね! いいでしょ?」
「ああ、少しならな」
「いっぱい! いっぱい! 遊ぼうね!」
テーラはずっと楽しそうにしていた。
それもその筈。今朝に列車でインフェルノに帰ってくるまでナダは王都にいたので、テーラが会うのは数週間ぶりだった。それまではずっとスピノシッシマ家でテーラはお世話になっていたのだ。テーラはカノンとも仲はいいが、やはり兄であるナダがずっといないのは寂しかったらしい。
先ほど再会した時には泣きながら抱き着かれて、それ以来こうしてずっと一緒にいる。
「……ああ、そうだな。とりあえず、あそこで服が売っているみたいだぜ。一旦入るか」
「うん!」
ナダは道の通りに、「マリシオード・ブティック」と書かれた看板を掲げたお店を見つけた。子供服が売っているかどうかは分からない。だが、今日はそれほど急いでいない。インフェルノに帰って来てすぐに迷宮に潜るつもりもなく、今日は一日テーラと過ごすつもりだからだ。
だが、店に入るのにテーラを肩車のままだと扉の先に行くことが出来ないので、一度彼女の脇を抱え上げて地面へと下ろした。テーラが握った小さい手をナダも優しく握り返して一緒に服屋へと入る。
◆◆◆
「ねえねえ、97.2センチ? だって! ナダおにいちゃん! テーラは大きくなっているんだよ!」
毛皮のコートを脱いだテーラは麻のズボンとシャツのやぼったい姿になって、「マリシオード・ブティック」の店員にメジャーを使って、採寸を受けている。身長が少し伸びたらしい。
ああ、そう思えば、先ほど抱え上げた時の感触がまだ手に残っているが、以前と比べて少しだけ重たくなっていたとナダは感じている。三食しっかりと食べさせているので栄養失調が治っただけだろう、と思っていたのだが、どうやらテーラも成長していたようだ。あまり自覚はなかったが、テーラのような年の子どもだと成長が早いらしい。
「よかったじゃねえか」
採寸が終わり、ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねるテーラの頭をナダは乱暴に撫でた。妹の成長を嬉しく思った。まだ彼女と再会して半年たったかどうかだが、そんな短い間にも彼女は成長しているらしい。
自分が年寄りになったような気になる。
まだナダは十八歳であるが既に体の成長が止まり、鎧のサイズが変わった事はない。どうやら今の大きさが自分にとってベストらしい。
それに比べて、著しくテーラは大きくなっている。まるで自分の事のように嬉しく思えた。
「この頃のお子様は成長が早いですからね。来年や再来年も着られるように少し大きめにコートを作りましょうか?」
先ほどまでテーラの体のサイズを測っていた妙齢の眼鏡のかけた女性が、ナダへと言った。
身なりのいい女性だった。
彼女はこの店の店員の一人らしい。
「ああ、そうしてくれ。頼む」
「かしこまりました。他にご要望はございますでしょうか? 服の生地や色、形などは自由に選べますけれど」
女性の店員はカウンターの上に幾つかの生地を置いて、ナダへと見せる。
どうやらこの店は元々仕立ててある服を買うお店ではなく、客の体の寸法を測って、それに合わせた服を作るお店らしい。奥では針子の女性がかたかたと服を作っている。もちろん子供服も作れる、と店員は言っていた。
ナダが普段利用している古着屋と比べれば幾分と高いが、子供が着る服はしっかりとしていたほうがいいと思い、特に店を変える必要も思い浮かばなかった。
「あの子の好きなようにしてくれ。だけどまだ子供だから、自分で脱いだり着たりがしやすい服で頼む。あと動きやすいほうが、軽めの素材がいいかな」
「かしこまりました。他にご要望はありますか?」
「いや、そんなにねえよ。多少高くなっても構わないから、そんなに値段は気にしないでくれ」
「はい。では、そのようにしますね。テーラちゃん、子供用の服のサンプルがあるから、幾つか着てみて服を決めましょう」
店員に手招きをされたテーラは、服を幾つも持った店員と一緒に更衣室へと入って行った。
どうやら店員である彼女は子供好きらしく、面倒見もいいようだ。先ほど世間話では三人の子どもを育て上げたと言っていた。きっと服まで着替えてくれるのは、今ナダ達のほかに客がいないからサービスだろうと思った。
「ねえ、ねえ! これはどうかな?」
更衣室から出てきたテーラはとぐるのついた真っ黒のダッフルコートを着て、ナダの目の前で一周した。
初めて着る服に笑顔が満開だった。
顔つきはふっくらとしている。子供らしいあどけない笑顔だった。初めて会った時の少し痩せこけている頬ではない。
「いいんじゃねえか。似合っているぞ」
ナダは心の底からそう思っている。
そのあたりの同年代の子どもと比べてもテーラの事をかわいいと思うのは、きっと身内びいきではないとナダは信じている。
「やった! うーん、でも他のも着てみるね! 絶対に待っててね! ナダおにいちゃん!」
テーラの笑顔は絶えず、店員の手を引っ張ってまた更衣室に入って行く。
また別の服を着るのだろう。
店員は嬉しそうにまた別の服を持っていた。
「ねえねえ、これは?」
「可愛いぞ」
大きなボタンのついたピーコートを着て、テーラはその場で一周回った。
「じゃあ、これはどう?」
「似合っているじゃねえか」
テーラは白いファーのついたコートを着て、小さな胸を大きく張る。
それからもテーラは数多くの服を着た。ナダはテーラが服を着るのを見るたびに素直に感想を言うが、彼女の事を可愛らしいとは思うが実際の感想は服に着させられているという印象が強かった。
その理由としてはもちろん服のサイズは合っていないからだ。テーラが着ているのは子供用であるが、袖や肩はぶかぶかだ。試し着においている子供用の服のサイズは少ないらしい。
きっとこの店に子供用の服を買いに来る人は少ないのだろう。
店内の簡易料金表を見てみると、随分と値段がする。一般市民にはなかなか手が出せない値段だ。きっと一張羅などを買う店なのだろう。そんなお店ですぐに買い替える必要がある子供服を買う大人は少ない。
それからテーラは幾つも服を着るが、結局選んだのはナダと同じチェスターコートだった。色も瞳や髪と同じ黒色だ。
テーラが服を決めた理由は簡単だった。
「やっぱりね、お揃いがいいの!」
注文した服が出来上がるのは一週間後とのこと。
だからナダとテーラはお金だけを払って、何も持たずに店から出た。そろそろお昼の時間だ。
テーラのお腹が鳴る。
「どこかの店に入るか」
「私ね、お肉食べたい!」
「ああ、分かった」
仲のいい兄妹は、まるで親子のようにインフェルノの商業地区を歩く。
実はテーラがちゃんと小説に登場するのは一年以上振りです。
ですが、度々感想欄でテーラの名前が出るので、実はそれほど昔のようには思えませんでした。




