第三十一話 誰も知らぬ決意
英雄マナに呼び出されてからもう十日も経った。その間もナダは変わらずにニレナの屋敷に滞在していた。ある日は冒険の疲れを取る為に一日ベッドの上で休み、ある日は気が向いたので一人で王都の町へ散策に出かけた。
結局のところ、ニレナの親とも会うことはなかった。どうやら領地で小さくではあるが問題が起こったらしく、それに対処するために王都に帰れなくなったようだ。ナダの滞在期間ももう少しで終わるため、改めて会う機会を作ると彼女は言っていた。
ただ、ニレナ曰く、彼女の親はナダのことを気に入っているようだ。今回の冒険の事を伝えたからである。ナダはインフェルノで多少の評価が悪いとはいえ、一人で強力なはぐれを倒した実力は本物だ。その点を高く評価したらしい。
だが、既にナダにとってそんな話はもうどうでもよかった。
ナダは一人、ニレナに用意された自室のベッドに腰かけて、手を組んでいる。
床には大きなアタッシュケースが置かれてあった。一つだけではない。三つも、四つもあった。中に入っているのは大量のお金だった。もちろんマナから貰ったお金も含まれているが、それ以外にも王を倒して手に入れたカルヴァオンを換金して得たお金や王冠を売って手に入れたお金もある。
迷宮から産出したアイテムである王冠。それは当然のように特殊な力を秘めており、冒険者組合に依頼してどんな能力を持つのか調べた。だが、ナダにとって不要なものだった。効果は雷のギフトの威力が上がることだったのだ。またナダが持って帰ってきた時は頭には到底載せられない大きな王冠だったが、どうやら人の頭の大きさによってサイズを変える能力も持っているらしく大きさも自由に変わった。頭の大きなナダが被ればそれに合った大きさに、頭が小さな女性が被ればティアラのような大きさに変化する。不思議な構造の王冠だったが、迷宮の中で産出するものは特殊なものが多い。
そういう“レア”な武具は手放すと殆どは二度と手に入らないため、たとえ効果が微妙であっても、置いておく冒険者も多い。もしも他の冒険者が手に入れたレアな武具が自分たちにとって必要な防具だった場合、交換するために。
だが、ナダはその事を知っているが、即座に売った。手元に置いておく理由もなかったからだ。この王冠を求めている誰かが、有能な防具を手に入れるのを待つ暇などない。それなら相場より多少安くても、すぐに金にしたほうがマシだった。
それに雷のギフトの威力を上げる武具など必要がない。
五年前ならいずれはギフトに目覚めるかも知れないと思い、王冠を置いているかも知れないが、そんな希望は当の昔に捨てた。アビリティも、ギフトも、今では求めてなどいない。そんな時期はとっくに終わった。
ありもしない幻想に縋るなど、最低の行為だ。
またナダの部屋に、そんな王冠の代わりになるような伝説の武器は存在しなかった。
ナダは伝説の武具を譲ると言ったマナにお金しか望まなかったのだ。両手でもあり余るほどのお金しか望まなかった。もちろん彼女が国庫にある伝説の武具も勧めてくれて、一度は城にある国庫にも入った。
ナダはそこで冒険者はおろか、一般人でも目にしたいだろう曰く付きの武具が数々あった。
かつての英雄が手にしたとされる短槍。特殊な衝撃波を出す直剣。光の波動を放つ斧。また弦を引くだけで氷の矢が生まれる魔弓。投げれば自動的に戻ってくる槍、など多くの武器を見て、摩訶不思議な装備品も数多く見た。
人の姿を透明にする指輪。ギフトの効果を著しく上げる首輪。はたまた、ギフトに適性のないものでも武器に火の力を宿す手袋まであった。防具だって様々なものがあった。
それらをナダは実際につけて、武器も、道具も、全て自分の手で試した。最初はわくわくした。これまでに扱ったことのない武具に触れるのだから。火の力を武器に宿す手袋を付けた時なんかは、まるで夢のギフト使いになった気分だった。
だが、結局ナダは全ての伝説の武器を断った。
どれも気が進まなかった。
ナダは、アビリティも、ギフトも持っていない。相性のいい武具などない。だから存分に使える武具など数少ない。
そもそも必要ないとさえ、最近は考えるようになった。
ナダは迷宮内で産出する伝説の武具の一つである刃の出す手甲――ソリデュムを持っているが、メインの武器にするには心もとないというのが正直な印象だった。迷宮内で産出する道具は便利なものが多いが、何度か振ってみたがどれも脆いように感じた。もちろんソリデュムと同じように壊れても時間が経てば元の姿に戻るのだが、はぐれと戦うにあたってそんな武器は不安しか残らない。ソリデュムだって、あくまでナダは予備の武器としてしか使っていない。
また、威力だって、迷宮内の武具が出す衝撃波などは物足りないとさえ思う。もちろん普通にモンスターを狩るのであれば十分なのだろう。格下のモンスターを狩るのに最適な武器は数多くあった。
だが、所詮は全て雑魚狩りの武器とナダは思った。
もちろん迷宮の中ならもう少し威力が出るのだろうが、それでも不安しか残らない。これまで戦った数多くの“はぐれ”達を、無数の冒険者を屠ってきた彼らを思い浮かべた。
ガーゴイル。虫の騎士。ドラゴン。無数の武器を扱う騎士。王冠を被った死人。彼らに負けた冒険者の話を聞く限り、どれもアビリティもギフトも効きづらいということだった。
それも優れた冒険者のギフトやアビリティが、彼らにはあまり通じないのだ。
十二あるギフトの中でも最も強いと言われる闇のギフトでさえ、虫の騎士には効果が薄かった。
ラルヴァ学園で現在最強と言われるアメイシャのギフトも無数の武器を扱う騎士にはあまり通用していなかった。オウロの毒のギフトもそうだ。もちろん多少は通用するが、決定打とはならない。
ナダがアギヤに所属していた時に出会った数多くのはぐれもそうだった。
それもはぐれが強くなればなるほど、ギフトやアビリティは通用しづらくなる。
それなのに、ギフトやアビリティに劣る効果しか持たない伝説の武具に、何の価値があるというのかがナダには分からなかった。
――迷宮を潜る。
これまでよりも高い目標を持って、かつてのアダマスのように迷宮を潜らないといけない。
もちろんはぐれだって多数倒さなければならない。
そう考えた時にナダが頼る武具は、やはり人の手で鍛えられた簡単には折れない武器だった。脆いが、すぐに直る便利な“玩具”ではない。
例えば青龍偃月刀のように。例えば前回使った大剣のように。例えばかつて手にした龍の大剣のように。そういう武器をナダは望んでいる。
「はあ――」
ナダはため息を一つついた。
お金は沢山手に入れた。
今回の冒険の成果もそうだが、それ以上にマナから贈られたお金が多い。伝説の武具を望まない代わりに、それらを手にするよりも大きなお金がナダの懐に入った。それがこの部屋にある数々のアタッシュケースだ。
ナダがこれまで手に入れた中で、最も大きな金額だった。
無駄遣いをしなければ、人の一生を賄えるほどの金額だろう。これらを元手にして大きな商売を起こすこともできる。人の運命を変えるには十分すぎるほどのお金で、かつてはナダが心から望んだものだった。
小さい頃は欲しかった。
飢える事のないほどの食料を。
雨風に困らない立派な家を。
寒さをしのげる上等な服を。
冒険者になってからはまた別の物を欲しがった。
オリハルコンやヒヒイロカネを使った上等な武器を。
特殊な効果を持った装飾品を。
高価で便利な薬を。
きっと今持っているお金を使えば、どれもたやすく手に入るだろう。
あんなに憧れていた物がすべて手に入るのだ。冒険者として目指した夢を全て叶えたと言ってもいい。
どんな冒険者でも欲しがるものだ。
これだけの財産があれば、一つのパーティー、いやそれよりも大きなクランを起こすこともできるだろう。貴族の仲間入りさえできるかも知れない。それほどのアタッシュケースの数が、ナダの部屋に置かれている。
「はあ――」
それほどの財産を手に入れたとしても、ナダは喜びの表情すら顔に浮かべなかった。
虚しさしか胸に抱かない。
理由は分かっている。
ナダは左胸をぎゅっと握った。
――まるで石ころのように固くなった心臓。死すら近いと思えるほどの激痛がナダを襲う。
これが、原因だ。
これさえなくて、これだけの財産を手に入れたのなら自分は冒険者を辞めていたかもしれない。それでどこかの村に引きこもって、家を買って、畑を耕して生活するのだ。出自である農民のごとく。
そういう未来もあったのかも知れないが、今のナダにはない。
「はあ――」
どれだけ財産があったとしても、満たされる事はない。
たとえ万人が望むほどのお金であっても。
気晴らしに町に行った。賭け事もした。美味しい物も食べた。無駄に金も使った。だが、どれも慰めにもなりやしなかった。空しいだけだった。お金を持っていたとしても、ナダの心は石のように重たい。
だからナダはベッドのふちに座って、手を組んでいる。もう少しで夕方になり、インフェルノに帰る時がやって来るのだ。
それからの事に思いを馳せる。
「――準備をしねえと」
ナダは小さく呟いた。
胸の石ころを強く握った。
アレキサンドライトと出会った後に、迷宮の中で叫んだ誓いは薄れてなどいない。むしろ日が過ぎるほどに、次第に、次第に、強くなっていく。
それに応じるかのように、胸が熱くなっていく気がする。
ここまで読んで下さってありがとうございます!
いつの間にかブックマークも八千人を超えて、ポイントも二万二千を超えており、とても嬉しかったです。これからもよろしくお願いします!
また話は変わりますが、第三章は二部構成でしてこの話で前半が終わりです。次話からは第三章の後半へと進みます。続きも頑張って書きますので、感想などよろしくお願いします! 感想は忙しくて返せていないのも多いですが、全部読んでます。とても嬉しいので、これからも沢山書いて頂けると書く意欲がとても湧いてきます。
最後となりますが、ナダの過去編である「ローリングストーン」もぜひ読んでくださいね!




