第二十九話 近衛騎士
ナダが近衛騎士たちに案内されて、馬車の中に入れられた。
大きな馬車だった。
窓もない監獄のような馬車だ。その中でナダは両脇を近衛騎士に囲まれながら輸送される。もちろん目の前にも近衛騎士が二人いる。だれもかれも金属の兜をつけており、顔が隠されているので表情は伺えなかった。
近衛騎士は皆が帯刀していた。
腰に剣をぶら下げている。
冒険者も武器を持っているが、近衛騎士が持っているのは長剣などではなく、レイピアだった。刃は細く軽く、モンスター相手には通じない武器であるが、人を殺すのにこれ以上の武器はない。
ナダがそれらをゆっくりと見渡すと、馬車がゆっくりと動き出した。
「で、だ。俺はどこに連れていかれてもいいんだが、誰か飲み物は持っていないか? これでも迷宮帰りでよ、実は疲れているんだよ――」
ナダは拘束されておらず、自由だった。
暴れようと思ったら暴れられるが、目の前の近衛騎士二人は今もレイピアに手をかけている。いつでも抜けるように、だ。
彼らは強制的に連行されているから暴れるとでも思っているのだろうか。
だが、余裕綽々に揺れる馬車の中でニヤついているナダにその気はない。
「……」
近衛騎士は何も言わなかった。
誰一人として、反応はしない。
「おいおい、誰も答えてもくれねえのかよ? ないなら、ないって言ってくれよ」
ナダはそう言いながら目の前にいる近衛騎士の一人をじっと見つめた。
上から下までゆっくりと。
花のような意匠が施された金属に守られた体。それは他の近衛騎士たちよりも細いが、胸部だけは分厚かった。
「じゃあ、あんた、あんたは持っていないのか? その胸の中とかに――」
ナダがにやつきながら言うと、その顔をいやらしいと感じとったのか咄嗟にレイピアから手を放して胸を押さえた。
「その姿を見ると、あんたは女か?」
ナダはしたり顔になった。
「セクハラですよ――」
その女騎士は厳しい声をした。
「やっぱり女か――」
ナダは背中のソファーに体重を預け、あざ笑うように言う。
「馬鹿にしているのですか?」
「いいや、そうじゃねえよ。珍しいな、と思っただけさ。女の騎士は――」
騎士という職業は国の治安を守る職業だ。
特に近衛騎士は王都の、王族を守る使命を司っており、国内で最も強い軍の一つだ。もちろん訓練のために迷宮に潜ることもあり、誰もが等しくアビリティやギフトを使えると聞く。
だが、迷宮の中とは違い、地上ではアビリティとギフトは効力が弱い。まともに発動しない者も多い。だから地上で働く近衛騎士たちは冒険者とは違い、アビリティとギフトを鍛えるのではなく、純粋な武器のみの力を求めるという。
だから男性に比べて力が弱い女性は不利で、騎士という誉れ高い職業は男がほとんどだった。
「やっぱり私を侮っているようですね。女だからと言って、甘く見ないでくださいよ――」
「強いのか?」
女騎士の目つきが厳しくなっても、ナダの表情は崩れない。
「ええ。レイピアなど使わなくとも、あなたを簡単に縊り殺すぐらいには――」
「そうかよ。でも、多分、あんたの細腕じゃあ、それは難しそうだ。俺の首はたとえはぐれに絞められても」
ナダは自分の首を絞めるような仕草を取った。
確かに太く発達したナダの首は、この中にいる近衛騎士の誰よりも太く強靭だった。それは目に見えて分かるほどであり、体の大きなナダはたとえ鎧を着ていなくてもこの中にいる誰よりも大きい。
「なら、試してみますか?」
「いいぜ。あんたがそれをしてもいいのなら。試してみろよ。その細腕で、俺の首がしまるかどうか。落ちるかどうか――」
ナダは嗤った。
だが、女騎士は表情を厳しくなりながら、利き手である右手をわきめきと動かす。二人の間に剣呑な空気が流れた。
そして女騎士の左手が上がった瞬間に、ナダの目の前にいるもう一人の近衛騎士が女騎士を片手で肩を押さえた。
「まずいって――」
男の騎士は慌てて女騎士を止める。
女騎士は息を荒くしながらナダを兜の奥から睨んでいた。
その様子にナダは表情を変えない。むしろお堅い近衛騎士たちの化けの皮が剥がれた様子を見ながら言った。
「どうやらあんたたちも人間みたいだな。それで、答えてくれるか? 俺はどこに連れていかれるのか? 誰が俺に、どんな用なのかを――」
ナダの質問に近衛騎士たちは顔を見合していた。
答えるかどうか迷っているのだ。
ここでナダは自分が連れていかれる理由には、深い裏があることを知った。もしも単純な理由ならば、答えられるはずだ。隠す理由もないだろう。所詮、暴れても彼らには対処できるという自負があるのだから。
「はあ、あなたもなかなか厄介な男ですね。武器を持っている私たちに囲まれながら、身じろぎ一つしない。むしろ肝が据わっている。大した胆力ですね」
女騎士がナダに対して高圧的に話しても、周りにいる他の近衛騎士たちは声をあげるどころか、体を少しでも動かそうともしなかった。
「あいにくだが、このような危険は迷宮ならいつものことなんだ。まだ話が通じるだけましさ」
「……モンスターが獣よりも厄介なのは認めるわ」
地上にいる動物とモンスターは区別される。
区別の仕方は簡単で、体内にカルヴァオンがあるかどうかだが、それ以外にも数多くの違いがある。
動物はもしも敵に出会った場合、飢餓状態でなければ人相手でも逃げることが多い。ここで戦う方がいいのか、逃げる方がいいのか、それぞれの思考でリスクを考えるからだ。彼らは狩りの時や危険な状態にならないと戦わない。シカなどは攻撃をしない限り、襲ってくることも少ない。
だが、モンスターはそうではない。あれは冒険者を見つけると、たとえ見た目が地上にいる草食動物にそっくりでも襲ってくる。また手足がもがれようとも、逃げることなどせずに立ち向かってくる。戦うという選択肢以外が頭にない厄介な生き物だ。
そんな頭のおかしいモンスターを狩り続けているナダにとって、話が通じる相手など絶対的な敵とは言い難い。
「で、教えてくれるんだろう。俺は一体どこに向かっている?」
「……私たちの本部ですよ。私たち、近衛騎士の駐屯所ですよ」
ナダにとって、その答えは想像していなかった。
違和感が残る。
確かに騎士は国を守る職業であり、独自の立場と権力を国王より与えられているが、近衛騎士は彼らとは全く違う系統で指揮されていると聞く。普通の騎士たちがいる駐屯地まで輸送されるならまだしも、近衛騎士の駐屯地に行くとは思っていなかった。
「……そこにある牢獄にでも俺は入れられるのか?」
「いいえ、そんな指示は受けておりません」
「じゃあ、誰に俺は呼び出されたんだ?」
「知りません」
「手錠をつけない理由は?」
「できるだけ丁重に扱うように指示を受けました。それだけです」
女は淡々とナダの質問に答える。
そこに悪意はなく、まるで諦めたように正直に話しているようにナダは感じた。
だが、きっと犯罪者として連れられているわけではないのだろう。それにしては、近衛騎士が四人も就くなんて異常事態だが。本来なら冒険者であっても優れた近衛騎士なら一人で対処できる。二人も付けば確実なのに、多過ぎるとナダは思った。
まるで彼らに守られているようにさえ思えた。
「一体、誰が呼んだんだよ――」
ナダの呟きが馬車の中に響き渡る。
だが、その質問に答えられる者は馬車の中におらず、やがてがたんごとんと車輪が進む音のみが彼らを包み、やがてその音すらも消えた頃、馬車の扉が開けられた。
明るく眩しい光が馬車の中に満ちる。
外には数多くの騎士が道に並ぶように立っており、誰もが敬礼していた。
そんな中を優雅に歩く女性が一人。
ショートカットの女性であり、彼女は金属の鎧ではなくカーキの軍服を着ていた。
ナダは当然ながら彼女の名前を知っている。
おそらく冒険者ならだれもが知っているだろう。
彼女の名前は――マナ。
現代の英雄――マナ、だ。




