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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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第二十八話 王冠Ⅱ

 ナダは歩いてニレナの住んでいる屋敷まで戻った。

 門は庭にいた執事がため息交じりに開けてくれた。どうやらナダが半裸で屋敷に現れるのも慣れたらしい。

 ナダは屋敷の中に入るとニレナの元に案内されるのではなく、まずは湯浴みに案内された。血と土の汚れが酷いと言われたのだ。また山から下りてきた独特の獣臭も。そんな姿では本来なら屋敷に入ることを許されないのだが、ニレナの友人だという事で特別に通されたらしい。

 ナダは屋敷にいる中年のメイドたちによって足の先から頭の先まで洗われて、髪も短く切りそろえられ、髭も全て剃られて身綺麗になった時にニレナのところへ行くことが出来た。


「よう――」


 ナダは執事に開けられた応接室に入った。

背負っている小汚いリュックは、ぱりっとした白いシャツや黒いスラックスには似合わない。

だが、その表情はどこか快活だった。


「待っていましたわ、ナダさん――」


 ニレナは以前と同じようにすました顔で紅茶を飲んでいた。

 白いドレスは簡素だったが、彼女の美しさを際立てていた。


「ナダ、やっと帰ってきたの。待ちくたびれたわよ」


 ニレナの前にはイリスもいた。

 彼女はシャツにジーパンというラフな姿だった。長い足を組みながらひらひらとナダに手を振っている。

 楽しそうな表情だった。


「意外と時間がかかったんだ。まともなモンスターを相手にしていないからな」


ナダは机の上にリュックを置いて、イリスが座っているソファーの隣に腰かけた。

 机の真ん中に置かれたクッキーを手にって、大口を広げて一気に五枚も食べた。しっとりとしたクッキーは上品な甘みがし、久しく食べていない味だった。きっと執事のアンセムが焼いたものだろう。

 ニレナ専属の執事である彼は、執事として非常に有能だった。

 アギヤにいたころ、ナダは何度も彼の料理に世話になった。


「ねえ、知っている? 実はね、私たちもあなたの後にインペラドルに潜ったのよ」


 イリスは床に置いていた袋の口を下にして、テーブルの上に幾つものカルヴァオンを転がした。色とりどりのカルヴァオンであり、どれも粒が大きい。

 きっと深い階層まで潜ったのだろう。


「二人でか?」


 ナダはイリスとニレナを順番に見た。


「いいえ。他にもメンバーは入れたわ。ニレナが王都で組んでいるメンバーたちよ。誰も彼も優秀なメンバーだったわ。昔のアギヤには劣るけど」


 にやにやとしながらイリスは言う。


「……人のパーティーメンバーにけちをつかないで欲しいですわ」


 だが、ニレナは怒っている様子もない。


「いいじゃない。本心なんだから。ニレナはどう思うの?」


「……愚問ですわ。そもそも組んでいるパーティーに上か下かを決めるなんてナンセンスですわ。わたくしは今のパーティーも、アギヤの時も、またとない最高のパーティーと思っています。確かに彼らはイリスさんたちと比べれば、冒険者として輝きが劣るかも知れませんが、それでも優秀なパーティーです」


「ええ。分かっているわよ。いいパーティーだったわ。それぞれが自分の役割をちゃんと果たす。だから、こんなにもカルヴァオンが取れた――」


 イリスは机の上に置かれたカルヴァオンの中から赤いのを手に掴み、強く握った。手ごろな大きさではなく、イリスの手でも完全には覆いつくせないほど大きなカルヴァオンだった。


「よかったじゃねえか」


「ええ、そうね。久しぶりに楽しく、心躍る冒険だったわ。いいメンバーと深い場所まで潜れた。かなりの深層まで行けたわ。でも、お目当てのモンスターとは会えなかった――」


 イリスは口元を複雑に歪めた。

 その心境は悔しそうだった。

 アギヤにいた頃もよくした顔だ。普通の冒険者から見ればうまく行っている冒険なのに、イリスという女はまともな冒険者なら困難不可能な目標を掲げ、それに挑戦する。

 もちろん達成できないこともあり、その度に同じ表情を浮かべるのだ。


「お目当てって、こいつかよ?」


 ナダは意地悪な表情を浮かべたまま鞄を開けて、口を下に向けた。

 落ちたのは二つだけだった。

 一つは特大のカルヴァオンだ。イリスがテーブルの上に出したどんなカルヴァオンよりも色が濃く、サイズも大きい。そんな大きさははぐれしか考えられなく、イリスは唇を尖らせて不機嫌になった。

 そして、もう一つのナダのお土産にイリスとニレナは言葉を失った。

 それは人が被るには大きすぎるほどの冠だった。ウエストの細いイリスやニレナなら通りそうなほどの太さであり、シンプルな王冠の特徴はイリスが探し求めていたはぐれの持っているものと酷似していた。


「……出会ったのね?」


 イリスは顔を下に向けながらとても不機嫌になった。

 ナダに嫉妬していた。

 心の底から。


「ああ――」


「私が探していたのに――」


「たまたま出会ったんだ。会う気はなかったさ」


「でも、知っていたでしょ? 私がそれを追っていることを。私を呼ぶか、待つ気はなかったの?」


「言葉の通じないモンスターを相手にしているんだ。そんな暇はねえよ」


「強かったの?」


「ああ――」


 ナダはイリスへと素直に答えた。

 思わずなくした筈の右腕を押さえた。今でこそしぶとく生えているが、元々は戦いの果てに死人に喰われて失ったものだ。

これまでどんな冒険をしてきても五体を失うことはなく、生きて帰ってきたナダだったが、あの戦いはそうではなかった。今でもこの右腕が錯覚で、幻肢なのではないかと思うほどだ。


「どんな風に?」


「これまでで出会ったどんなモンスターよりも強かった――」


「アギヤの時も含めて?」


「ああ――」


「私たちが倒したドラゴンより?」


「ああ――」


「いいなー、そんなモンスターと戦えて。私も戦いたかったな」


 イリスは足をばたばたとさせながらまるで子供のように言う。

 ニレナはそんな彼女にため息を吐いて、相手にしようともせずにナダへと真剣な顔をしながら言う。


「ナダさん、わたくしの頼み通りに狩ってくれたのですね。半分は冗談でしたのに。お怪我はありませんか?」


 ニレナはナダの体を心配そうに見つめていた。


「この通り、ぴんぴんしてるさ。危険な冒険だったが、いつもの事だろう?」


 ナダは右腕を上げて、心配がないことを報告する。

 ニレナはナダへと急いで近づいて、腕や肩、頬、太ももなどをぺたぺたと叩きながら確認し、彼が痛がる様子もなく、笑っているだけだったのでそこで初めて無事が分かり、一息をついてから座っていた席に戻った。


「そうですわね。でも、危険ですわよ。ソロでの冒険は。ナダさんもその事はよく分かっているでしょう?」


「……そうだな」


「それで、あなたの冒険の事を聞かせてくれますか?」


「そうだな。どこから話そうか。俺はインペラドルに一人で潜った。入ったところから順番に話そうか」


 ナダはぽつぽつと今回の冒険の事をイリスとニレナに語る。

 迷宮に潜っている時を一つ一つ思い出しながら丁寧に、その作業はまるで情報を整理するようだった。

 最初に出会ったモンスターから、他の冒険者が通るインペラドルの道を。それから死人ではなく、その前に出会った青騎士のモンスターとの戦いを。それから内部変動に巻き込まれて、死人がいる場所に辿り着いた事に。

 死人を倒したらまた内部変動に巻き込まれて、インペラドルの深いところまで到達した事も伝えた。そこが聞いたこともないような場所で、もしかしたら王都で回っている情報よりも明らかに深いところまで潜ったと。

 そこでアレキサンドライトと出会ったこと。二人ともその名前は知らなかったが、ナダがこれまでに出会ったことがないぐらい、自分と比べるのもおこがましい冒険者だと告げると二人は興味を持ったようだが、残念ながら二人とも彼の事は知らなかった。


 ナダは殆どを二人に話した。

 もちろん胸の病気の事も。

 治療法をアレキサンドライトも知らなかったことを。迷宮に潜っても何の成果も得られなかったことを告げた。

だが、黙っていたこともある。

 胸にある石ころを握った。

 以前に見た四つの迷宮のイメージ。かつて同じ病になった英雄アダマスが通った道のことは、どうしてか二人には告げる気にはならなかった。

 どうしてかは分からない。

 もしかしたら冒険者として、この冒険は他の誰かに任せるものではなく、自分一人のものだと思ったからかもしれない。

 イリスとニレナが途中で興味あることを聞きながら、今回の冒険をナダが語っていると、アレキサンドライトと別れた時を話している時に、三人がいる部屋の扉が急に叩かれた。


「はい。どうぞ――」


 ナダが話すのを止めて、ニレナがノックをした者に言う。


「ニレナ様、失礼します――」


 急いで入ってきたのは執事のアンセムだった。

 彼は額に汗をかいており、いつもは整っている筈の服も今は多少乱れている。きっとこの部屋まで走ってきたのだろう。


「落ち着きなさい。アンセム、何があったのですか?」


「近衛兵団が、この屋敷に来ました」


「……要件はなんでしょうか?」


 ニレナは優雅に紅茶を飲みながら一瞬だけナダを視界に入れた。


「どうやらナダ様にお話があるようです」


「そうですか。ナダさん、どうしますか? 行かれますか?」


「ああ、行くぜ。何の話かは知らねえけど、俺に用があるんだろう。これ以上ニレナさんに迷惑をかけるわけにもいかないからな」


 ナダは立ち上がると、まるで散歩に行くような軽い足取りでアンセムに近づく。

 すると心配そうにニレナが言った。


「ナダさん、お気をつけてくださいね――」


「ああ――」


「ナダ、粗相のないようにね」


「分かってるよ――」


 イリスの忠告も受け取ったナダはアンセムと一緒に部屋から消えた。

 二人は少しの間静まりかえり、特にニレナは不安めいた表情でずっとナダが消えた扉を見つめている。


「ナダさんは大丈夫でしょうか?」


 ニレナが脳裏に思い出したのは、数日前の宝玉祭での国王の事だった。

 王政であるパライゾ王国において、国王の存在は絶対だった。例え大貴族でイリスやニレナ、また王の息子であるコロアであっても王へ礼節を欠いてはならない。過去に成り上がったことで勘違いした貴族が、王に対して頭を下げなかったことで数か月の間牢に入れられることもあったぐらいだ。

 紅茶が入ったカップを持ちながらおろおろとしているニレナに、イリスは軽い気持ちで言った。


「多分だけど、ナダへの用はニレナが考えているものじゃないと思うわよ――」


 確信めいたように言うイリス。


わたくしが何に杞憂しているとでも?」


「この前の宝玉祭の件でしょ?」


「ええ」


「でもね、それはありえないわ。だって、それにしては行動が遅すぎる。きっと彼らならナダが消えて、翌日の朝にこの屋敷に訪れた時には捕まえている筈だから」


「……今頃になって、ナダさんの居場所が分かったからかもしれないですわ」


「そうね。でも、私はきっと違うと思う」


 イリスは両手を組んで、思い悩むように下を向いた。


「どうしてそう思うのですか?」


 ニレナはイリスの態度が不思議だった。

 確かにイリスは思い悩んでいる険しい表情をするが、その対象は連れていかれたナダではなく、全く別の事に対してのように思えるのだ。


「……実は私は以前、トーへの奥に続く道を見たことがあるのよ――」


「先には行かなかったのですか?」


「そんな余裕がなかったわ。それで、その事を学園に報告したんだけど、上から返ってきた答えは誰にも告げるな、って実質の緘口令だったわ。そして今回、ナダは通常の迷宮よりも奥に行った。私はそのことで呼び出されたと思うの――」


 悔しいけど、とはイリスは言えなかった。

 いうよりも先に下唇を噛んだからだ。

 あのトーへの一件後、イリスはコロアやコルヴォと情報交換をしながら冒険者としての力を高め、いつあの日潜った場所が現れてもいいように準備してきた。もちろんインフェルノにいた頃はトーへばかり潜っていた。

 だが、あの時と同じ道が現れる様子はない。

 それはコロアやコルヴォも同じと聞く。

 そして今回、イリスが目指していた迷宮の深奥にまたしてもナダがたどり着いた。自分が追っていたはぐれを見事に倒し、目標だった場所に辿り着いたのだ。かわいがっている後輩ということもあり、冒険者として着実に成長しているナダを嬉しく思う反面、自分が目指している場所にいつもナダがたどり着いているという悔しさも当然あった。

 イリスは紅茶をすすりながらナダの事を思う。

 彼が潜った場所はどんな環境で、どんなモンスターがいるのか、その興味が尽きることはない。


読者の皆様、以前は短編についてのご意見真にありがとうございました。

現在、「ローリングストーン~落ちこぼれ冒険者が最強のパーティーに誘われる~」というタイトルで、ナダのアギヤ時代の少し前から始まる過去編を公開しています。見ていただけると幸いでございます。

なお、タイトルは流行りに乗ってみました。

また、ツイッターも「@otogrostone」というアカウントで始めましたので宜しければフォローお願いします。

最後となりますが、これからも迷宮で石ころは光り輝くをどうぞよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 仮定の話として 迷宮の弱いモンスターは、心臓が石になった野生動物として。 強いモンスターは、元人間だとしたら 迷宮の冒険者は、炭鉱夫が肺の病になる可能性が高いのと同様に、迷宮のモンスター…
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