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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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第二十七話 王冠

 ナダは冒険者組合に戻ってきた。

 木製の扉を乱暴に開ける。

 その姿は他の冒険者と比べて異質だった。

 防具を一つとして付けておらず、上半身は裸だった。まるで追いはぎにあったかのようにズボンは膝から下は破れている。ズボンは赤黒く染まっており、独特の鉄の臭いがすることから血がかたまったものだと分かる。

 大振りのククリナイフだけ腰に付けて、ぼろぼろの鞄を背負っている。

 一見するとただの浮浪者であるが、独特の獣臭と鋭い眼光は冒険者特有のものだと分かる。それも戦ってきたばかりであり、気持ちが高ぶっているのが見てすぐに分かる。

 ナダの進む道を止める者はいない。

 たとえ、冒険者であってもだ。

 まるで苛立っているように険しく眉間を寄せていた。

 誰も声をかけない。かけるのが恐ろしい。ナダは身長がこの辺りにいる冒険者の中で最も高い。その威圧感は一般人の比ではなく、並みの冒険者ならおびえたように距離を取る。

 建物の中にいる誰もがナダに注目していた。

 冒険者も、受付にいる係の者も、ナダの姿を一見すると敗者のようにも思えた。迷宮で全てを失って地上に帰還し、その冒険の報告をしにきた。そう考えればつじつまが合うはずなのに、どうにもこの場にいる冒険者たちはナダが負けてきたようにも思えなかった。

 ナダは冒険者たちが道を開けたことによって、真っすぐ受付の元まで行くことが出来た。

 そこにいたのは、目を伏せて、異様な姿のナダを見ても眉一つ動かさないショートの茶髪で、目鼻立ちがはっきりとした受付嬢だった。

 彼女はナダが受付のカウンターに肘を置いた時に、艶やかな唇を動かした。


「――お帰りなさいませ、ナダ様。とても遅いお帰りでしたね」


「ああ、帰って来たぜ。そんなに遅かったのか?」


 ナダは自嘲気味に言う。

 昼も夜もないダンジョンの中だと時間感覚が狂いやすい。

 途中で気絶していたこともあって、どれぐらい経ったかがよく分かっていない。


「ええ。ナダ様がインペラドルに潜ってからもう五日も経ちましたよ。あんな装備で五日も潜るなんてどうかしています。食料もきっと足りていないでしょうし」


「……それもそうだな」


 ナダは彼女の言葉に冒険者として納得した。

 確かに用意した物は五日も迷宮に潜るほどの食料などはなかった。そもそも食料も水分も腰につけた小さなポーチに入っていただけだ。一日が限界だろう。それ以上はひもじくてモンスター相手に力を発揮できずに死ぬだろう。

 だが、不思議と今回の冒険ではそういうことはなかった。

 途中で休憩を取ったが、思ったより食が進まなかった。水分に関しても同様だ。食べている量を考えると一日分も満たないのに、あれから五日も経ったと考えると不思議な気分に陥る。


「さて、他にも言いたいことはたくさんありますが、まずその恰好はなんですか?」


「いつもの事だろう?」


 ナダは自分の恰好を見直して、悪びれもなく言う。


「ええ。そうですね。そんなに私に見せたかったのですか? 変な人を寄せ付けないように早く服を着て下さい」


「俺に興味のある奴なんかいないだろう――」


「そうでしょうか?」


「ああ、生まれてこのかたそういう経験は一切ない――」


「今後、あるかも知れませんよ」


「どうだか。でも、忠告は受け取っておく。用が終わったら家に帰って服を着るさ。それよりも冒険の報告に来た」


 ナダは背負っていたリュックサックをカウンターの上に置く。

 どすん、と重たい音が鳴った。

 何かが入っているようだが、彼女は鞄には触れもせずに淡々という。


「冒険に失敗したのでしょう? どうしてカウンターの上に鞄を置くのですか?」


 彼女はいつもの調子で言った。

 確かに鎧などの装備を失った時は、冒険を失敗したときのほうが多い。そもそも成功した冒険なら防具を失うことなどなく、入った時と同じ格好で出るはずだ。


「今回の冒険で得たものだ。興味深い物もあるぞ――」


「では、期待せずに中を見ることにします――」


 彼女はナダの鞄を開けると、中から出てきたのはこれまでに彼女が見たことがないほど大きなカルヴァオンと、人が頭に被るには大きすぎる王冠が出てきた。それに鞄の底に眠るのは小さなカルヴァオン達。

 その王冠に注目したのは、何も受付嬢だけではなかった。

 冒険者組合の中にいた冒険者たちもだった。

 ナダ以外のすべての者達が王冠を見てから、掲示板に書かれている情報を見た。そこには王冠を被ったモンスターの情報が書かれてあった、人よりも大きな体躯のモンスターであり、インペラドルでは見ない死人のモンスターだった。

 そのモンスターははぐれであり、また何人もの冒険者を殺した厄介なモンスターなので冒険者の中では出会ったらすぐに逃げるように注意喚起されていた。そんなモンスターが持っていたであろう王冠をナダは鞄の中から取り出している。

 彼らの頭に浮かぶ事実は一つだった。


「あいつが、殺したのか?」


「どんなパーティーを組んでいるんだ? あいつの顔は見たことがないぞ――」


「あれは本物なのか? でも、あのカルヴァオンの大きさは――」


「でも、あの恰好はなんだ? 変人なのか?」


 冒険者たちがナダと茶髪の受付嬢の二人に注目して、ざわめき出す。

 二人はそんな冒険者たちを無視するように、話を続けている。


「で、だ。ここでの冒険の報告はどうなっている? ラルヴァ学園だと、学園の事務所に書類で報告でよかった。ここではどうなんだ?」


 インフェルノにいた時はナダが普段潜っていた迷宮のポディエだけではなく、トロやトーへと言った学園が管理していない迷宮であっても報告書は学園に提出すればよかった。

 だが、ナダはブルガトリオでの冒険者の規則を知らない。


「普通なら、形式的な書類をこの冒険者組合に提出して頂くのですが、残念なことにナダ様の冒険はそのような書類には収まらないようですね」


「他の奴らもこれぐらいの冒険はしているんじゃないか――」


「……いえ。王都にいる優れた冒険者はそのような冒険をしません。皆様、安定してカルヴァオンを供給してくれますから、これだけ不揃いなカルヴァオンを集めることもないでしょう」


 一般的な冒険者は自分たちの実力を把握して、最大限にカルヴァオンが得られるように冒険する。そうなると自然に同じようなカルヴァオンを持ったモンスターばかりを狩ることになり、結果としてカルヴァオンの粒が揃うのだ。


「で、俺の報告はどうする?」


「……確認までに聞きますが、この王冠の持ち主は“例のはぐれ”でしょうか?」


「さあな。この町にいる冒険者が騒いでいるはぐれについて俺は詳しいことは知らないが、この王冠の持ち主は確かに死人だった」


「それはトロにいるようなモンスターでしょうか?」


「ああ。骨と皮だけのモンスターだった――」


 ナダはそのはぐれの事を詳しくは知らない。

 冒険者から多少の犠牲がでていることはイリスから聞いていたが、強力なモンスターと言う事しか知らず、あの時に戦った死人が本当にインペラドルで話題に上がっているはぐれだという確信は持てなかった。


「そうですか。それならば、私はナダ様が狩ったモンスターの事を上に報告しなければなりません。後日に再度ここに来ていただけますでしょうか?」


 彼女はカウンターの上に書類を置いた。

 数日後冒険者組合に出向き、今回の冒険の報告を改めて行うという契約書だ。破れば向こう六か月インペラドルへの冒険を禁ずる、と書かれてある。

 あと一週間か二週間ほどでインフェルノに帰るのでこの契約書を破っても何の問題もなかったが、ナダは契約を破る理由はない。

 すぐに自分の名前を羽ペンですらすらと書いた。


「いいぜ。それじゃあ、後日、な。その時の連絡はそっちからくれるのか?」


「ええ」


「今、お世話になっている家は……」


「ヴィオレッタ家、ですよね。ええ。知っておりますよ。迷宮に潜る前の書類で伺いましたから――」


 受付嬢の目つきが少し厳しくなったような気がするが、ナダは特に気にせずに特大のカルヴァオンと王冠は鞄の中にしまった。

 それをナダは背負いなおした。


「カルヴァオンを納めるのも後日でいいんだろう?」


「ええ」


「では、これは持って帰るからな。ま、まだ換金しないから安心しろ、って上に報告してくれ――」


「かしこまりました。ナダ様、それでは今回の冒険本当にお疲れさまでした。またここに来てくれることを願います」


 ナダは彼女の挨拶には言葉を返さずに、去ってから手を振っていた。

 帰りも行きと同様にナダの道を遮る冒険者はいない。むしろ彼らはナダを険しい表情で見ていた。

 例のはぐれはこのインペラドルで何年も冒険者を続けているベテランの冒険者も殺しており、出会っても無暗には攻撃しないように通達が出ていた。

 それをナダは狩ったのだ。

 だから彼らは当然のようにナダの事を覚えた。

 しかし彼らの脳裏には例のはぐれを殺したナダの名前よりも、半裸の大男と言う印象が強く、暫くの間半裸で大男の強い冒険者がいる、との噂が流行った。

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― 新着の感想 ―
すごい真面目で重い感じで、半裸の大男として覚えられてるのが笑いますわー
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