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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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第二十六話 秘めた思いⅡ

「……なあ、俺はこの病気を治しにここまで来たんだ」


「治療法が迷宮にあると、ナダは思った。でもどうしてそう思ったんだい? 病気を治そうと思ったら、普通は病院に行くはずだ。でもナダは違った。どうしてだ?」


 アレクは顎をさすりながら興味深そうにナダを眺めている。


「……ラビウムという女に言われた」


 ナダは正直に言う。

 アレクはラビウムと言う名を聞くと懐かしそうに頷いた。


「ああ、彼女かい」


「知っているのか?」


「もちろんだよ。彼女はオレと同じ時代の冒険者でね、そうかい。まだ彼女は生きていたのかい。それならば納得だ」


「で、アレクはこの病気の治し方をしっているのか? 知っているのなら教えてくれないか?」


「いいよ。知っている事なら話そう。でもそれなら少し歩こうか? もしかしたらナダには他にも気になることがあるかも知れないから――」


 アレクが立ち上がったので、ナダもそれに習うように右ひざに右手をついて立ち上がった。

 ナダはそこで初めて潰された足があることに気が付いた。

 いや、それだけではない。

 右腕も間違いなく肘から先に存在し、拳を握ることもできた。また動かないはずの左腕も死人と戦う前と全く同じ動きができる。

 ナダの体は健康体になっていた。怪我の一つもなく、後遺症も存在しない。疲労感も全くなく、迷宮に潜る前と体のコンディションに違いはない。

 むしろ、不可解なほどに気分がいい。

 体が羽のように軽く、頭が鮮明に回り、感覚がいつもよりも冴えているように思える。

 ナダはあたりを見渡した。

 土で閉ざされた広い空間だった。

 ただ広い空間、そこにナダが殺したモンスターの死骸が転がっている。王冠も頭から外れて、地面に落ちていた。その死体に動く気配はなく、確かにあれは自分が殺したのだという現実を確かめるようにナダは無くなった筈の右腕を何度も握った。


「どうなってやがる?」


 ナダは左腕を何度も動かした。

 痛みもない。

 地面を触って冷たい感触を確かめる。どうやら本当に左手の感覚はあるようで、右足で地面を蹴り、左足で迷宮という床を踏みしめるが、確かに自分の四肢は存在していた。


「何がだい?」


 アレクは優し気な笑みをしていた。


「俺の体だよ――」


「詳しく聞かせてくれ」


 アレクの話に頷くように、ナダは倒したはずの死体を指さした。


「俺はあのモンスターと戦った。絶対に。それで確かに右腕を失くした筈だ。左腕も潰れたはずだ。足だって、そうだ。そもそも出血もしているんだ。俺は死んでもおかしくない怪我をしていた筈なのに、今ではこうして五体満足で迷宮に立っている――」


 ナダは意識が失う前の激戦を思い出した。

 ああ、そうだ。

 確かに戦った。

 忘れるわけがない。

 あのモンスターと戦って、戦ったのだ。

 昔愛用していた大剣の握る感触、重たさなどを忘れることなど出来ず、武器が折れても心は挫けずにモンスターへと立ち向かっていった。

 それは確かに現実で、あのモンスターに勝つという過程において、右腕を失って、左手や右足が潰れるのも確かに現実だったはずだ。


「そうなのかい。オレもそう思っていたよ――」


 アレクは死人を通りすがる時に腰に差している白銀の長剣で、死人の心臓の部分を切り裂いて抱えるほどの大きさがある金色のカルヴァオンを取り出した。

ついでに金色の王冠も拾って、カルヴァオンと一緒にナダへと投げ渡した。


「で、俺の体はどうしてこんな事になった? あんたが治したのか? 例えばさっき俺に飲ました果実の効果で――」


 アレクは優し気に首を振る。


「そんな果実はないよ。確かに“病気や怪我を何でも治す秘薬”のことはオレも知っているけど、あの果実はただの美味しい果実だ」


「……そうかよ」


 ナダは半袖半ズボン、さらに着ている服の大部分が血に染まっており、迷宮に潜る前に付けていたポーチは一つも持たず、勝者というよりも敗者に近い姿をしていた。

 だが、気分はいい。

 間違いなく、自分はあのモンスターに勝って、目的であった迷宮の深部へ行くことができたのだから。

 ナダは右手にカルヴァオンを、左手に王冠を持ったまま歩いている。その光景を見たアレクは背負っている鞄を投げ渡した。

ただの薄汚れたバッグであり、荷物を入れる口は紐で縛るタイプであるがそれは千切れて使えないようになっている。

 だが、カルヴァオンと王冠を入れるには十分な大きさだった。


「ああ、あとこれも渡しておくよ――」


そしてついでと言わんばかりに、アレクは腰の後ろから鞘ごと短剣を取り出して、ナダに投げ渡す。

 その剣はナダも見覚えのある剣だった。

 ――ククリナイフだ。

 茶色の鞘に包まれた刀身が中ほどで曲がっているのが特徴的な短刀。ナダも愛用している武器だ。冒険者の中では使っている人は少ないが、取り回しも簡単で実用性が高いので扱いやすい武器だ。


「これは?」


「素晴らしい冒険をこなしたナダへ、ちょっとした贈り物だよ。帰るにしても、進むにしても、冒険者としての役割をこなすには武器が必要だろう。ナダはあのはぐれを倒した凄い冒険者だけど、武器がなければ君はただの人だ――」


「ありがとうよ――」


 ナダは素直にアレクと一緒に迷宮を進む。


「いいよ、別に。後輩のサポートをするのは冒険者として当然な事だ。それで、ナダは何を知りたいんだ?」


 アレクの表情は崩れることがなく、ずっと優し気なままだった。

 まるで彼の目が、巣立ったばかりの雛鳥を見ているかのようで、ナダはすっかり調子が狂わされたように頭をかく。アレクの見た目は二十台で、自分とそれほど離れていないはずなのに、どこかその表情は達観しており、年齢以上の落ち着きがある。

 不思議だった。

 まるで学園の先生、いや、もっと年上の人と喋っているような奇妙さに襲われて、それを振り払うように頭をがしがしとかいた。


「何って――」


「君の体が治ったことかい? それともその心臓の病のことかい? もしくは“ここ”の事かい?」


「“ここ”?」


 ナダは首を捻った。


「ああ、この迷宮の事さ。君が言っていたのだろう? ここが前人未到の場所だって。冒険者達が訪れたことのない場所だって。君はここの事も知りたいんじゃないのかい?」


「……そうだな」


「ああ、忘れていたよ、それだけじゃないんだ。さっき言ったことではなく、オレの事を話そうか? ここにいる理由を話してもいい。ナダが初めて到達していたと思っていた場所にいるオレも、ナダは不思議がっていた。その事を説明してもいいよ――」


 確かにそうだった。

 ナダはアレクと肩を並べて歩きながら、自分の中に生まれた様々な疑問が頭の中を駆け巡る。何から聞けばいいのか、何が本当に知りたいのか、ナダは口を開こうとするが言葉が出ない。


「ゆっくりと考えればいいよ。話す時間は少ないけど、確かにある。ナダの質問に答えられるぐらいの時間はね――」


 ナダはいろいろな質問が頭を通り過ぎていく中で、やはり一番に思ったのは心臓の事だった。

 ナダはぎゅっと目にある石ころを握りしめる。

 固く熱い熱が、確かに自分はこの忌々しい病に侵されているのだと実感させられる。


「ああ、これだ。この病だ――」


「その心臓の病において、君は何が知りたい? 原因? 延命法?」


 アレクの問いに、ナダの答えはすぐに出た。


「もちろん、治し方だよ。原因なんてどうでもいい。俺はこの心臓を治して、痛みから解放されたいんだ。その為にここまで来た。必死に迷宮へと潜った。だから治し方があるなら教えてくれ――」


「先に聞いておこう。君はあの女――ラビウムから何を聞いた?」


 アレクはラビウムの名前を出すときだけは少しだけ言葉が厳しくなった。

 その時、ナダは少しだけラビウムが自分をだましたのではないか、という思考に駆られたが、そもそもそんな事をして彼女に何のメリットがあるのかと考えると答えが出ない。

 だからアレクには正直に告げた。


「簡単だよ。かつてこの病にアダマスもなって、治す方法が迷宮にあると言われて、俺も同じように病を治すために迷宮に潜っただけだ」


 ナダの話を聞いて、納得したようにアレクは頷いていた。


「ああ、なるほどね。そう言う事かい。ナダはそれの治療を望んでアダマスさんと同じ道のりを歩もうとしているんだね――」


「ああ。治すのに必要ならな――」


「それを望むのなら君の冒険は、厳しい道になるよ。オレだって、未だにこんな場所でくすぶっている――」


 ナダとアレクの歩いていた場所は確かに迷宮の深部だが、未だにモンスターの姿はおろか、人の姿も見当たらない。

 岩壁と光る苔だけがある殺風景な場所だった


「だからどうした。知らねえよ。俺はこの病を治したいんだ」


 ナダはぶっきらぼうに言う。


「それならただ、迷宮を潜るだけでは駄目だ。もしも君がアダマス君と同じ道を進むというのなら、その果てに心臓の病を治すと言うのなら、迷宮の奥に潜るだけでは駄目だ――」


「駄目、どういう事だ?」


「ここの奥だけ潜るだけだったら駄目なんだよ、ナダ。かつてのアダマスさんは多くの迷宮を踏破した。インペラドルだけではなく、トロ、ポディエ、トーへ、それにミラやその他のダンジョンまで」


「つまり?」


「ナダ、君がさらなる冒険を目指すというのなら、ここだけではなく他のダンジョンも潜るべきだ。例えばブルガトリオから遠く西にある湖にあるダンジョン。名前はマゴスと言ってね、湖の中心に岩で出来た入り口があって、そこから入ることが出来るよ」


「一つだけでいいのか?」


「いいや、火山にもある。それはどこだったかな? 遠く東にある山だったか。ちょっと名前は忘れたよ、ごめんね。ナダに潜ってほしい迷宮は他にもあってね――」


 ナダはアレクから二つのダンジョンの詳細を聞いたが、それをどこかで見たような気がした。

 マゴスと言う迷宮は知らない。入ったことがない。湖の中心にある迷宮や火山の中にある迷宮など入った事がなく、

 だが、確かにその迷宮のイメージは見たのだ。

 かつてレアオン、アメイシャ、オウロと協力して倒したモンスターの後に、迷宮の奥へ踏み出した一歩。そこで目が潰れるような光を浴びて、四つの迷宮のイメージを見た。

 一つが湖の中にある迷宮で、二つ目が火山にある迷宮だった。

 確かにナダの見たイメージと、アレクの言っている迷宮は合っている。そんな迷宮など聞いたことがないのに。

 そして三つ目が――


「砂漠の中にあるんだろう? 砂の形をしているんじゃないか?」


 アレクははっとするようにナダの顔を見つめて、全てを察したように微笑んだ。


「つまり、君は、四つの迷宮を見た、ということだね?」


 その時だった。

 ナダの足元が揺れる。

 この感覚をナダは覚えている。

 ――内部変動だ。

 どこの迷宮でも突発的にある地震のような現象で、新たな道が出来たりこれまでの道が塞がったりする不思議な現象だ。


「その通りだけど――」


 ナダは足元が揺れながらもアレクの言葉に同意する。

 激しくなる揺れにナダは必死に膝でバランスを取ろうとするが、どうやらこれまでに感じた揺れよりも大きく今にもしりもちをつきそうな程だった。


「ああ、なるほど。そういう事か――」


 アレクは優しく頬んでから、揺れを必死に耐えることしか出来ないナダの体を大きく前へと押した。

 すると抵抗の出来なかったナダは前へ一歩、押し出される。そんな二人の間を埋めるように次々と頭上から多量の大きな岩が降り出した。


「おい、まだ、話は――」


 ナダは岩によってどんどん姿が見えなくなるアレクへと必死に叫ぶが、もはや揺れに耐えきれなかったナダは尻もちをついてしまった。


「ナダ、知っているかい? 君が見た四つの迷宮のイメージは、アダマスさんも見たんだ。見た後に、四つの迷宮を潜った。だからもし君が病を治すというアダマスさんと同じ道を辿るのなら――」


「だから、待てって、話は――」


 ナダは必死に叫んで岩の向こう側に行こうとするが、それよりも早く大きな岩が積み重なり、壁となる。手でどれだけ払っても、積み重なる岩を退けることはできずに大きい岩ばかりが降ってくるのでナダは尻もちをつきながらも必死に後ろに下がる。


「くっそ、何でだよ、何で――」


 ナダは揺れの治まった小道で、必死にアレクとの間にできた壁を何度も叩く。まるでそれは大きな岩のようにびくともせずに、崩れる様子もない。ナダに迷宮の構造を変える力などなく、悔しそうに唇を歪めながら、悪態を吐いた。

ナダは全ての穴が塞がる前に、アレクの声を聴いた。


「――地上に戻って、四つの迷宮に潜るんだ、君なら全てを知ることができる」


 ナダは変わりもしない岩の天井を仰ぎ見てから、熱のある心臓を握りしめて大声を出した。

 それは何も変わっていない現状に対しての嘆きの言葉であり、これからの自分の行く末を決める誓いの言葉であり、ナダにとっての心の吐露だった。


「……何も、何も解決しないじゃねえか! 腕を失ってまで戦ったというのに、死ぬ思いでたどり着いたというのに、何も、何も……糞っ、たれ! いいぜ! 分かったよ! アダマスと同じ道の果てに、俺の求める物があるのなら、その道を歩いてやるよ」


 それは迷宮の中に空しく響く。

 ナダはそれから一しきり叫んで、目の前にある壁を何度か殴った後にようやく立ち上がって地上へと戻る心づもりができた。

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