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 その隣のフィールドで今まさに試合を行っているのは大星由紀。


(麻衣ちゃんが、負けちゃった……?)


 一瞬隣の試合に気を取られそうになるが、彼女もまた他人を心配している場合ではなかった。

 由紀も2ラウンド目の途中にして、5点差をつけられていた。当然攻めていかなければならない状況。しかし由紀の動きは精彩を欠いていた。


(近づけない……。ミドルキックの間合いにも、ブローの間合いにも入れる気がしません……。今まで闘った選手と動きの速さは変わらないはずなのにどうして……)


 相手に近づくということ。単純な行為がとても難しい。その理由すらもはっきりとは飲み込めないが、恐らくはそれが相手選手の上手さなのだ。由紀は噛み締めるように思う。


(ここまで順調に勝ってきたから忘れてました……。私は、まだまだベルヒットのことを何も知らない……!)


 認めることは悔しいが、どうやらこの対戦相手は、自分より一枚も二枚も上手らしい。






「お疲れ様です」


 待機場所に引き返して来た麻衣を迎えたのは、そんな愛想のない労いと、手渡される白いタオルだった。


「う、榛原……」


 気まずそうに答える麻衣。あっさりと負けてしまった自分に、榛原が嫌味の一つでも言おうとしているように思ったのだ。だが実際、榛原は意外にも麻衣に慰めの言葉を送った。


「相手はそこそこの強豪ですから、負けても気にすることはありません」

「……なんだ。意外と優しいのね」


 思わず皮肉っぽく答えてしまった麻衣に、榛原から冷たい視線。


「厳しい方がお望みですか?」

「いいや、結構」


 麻衣は内心慌てながら、苦笑してベンチに座る。早川や他の仲間の姿はない。隣のフィールドには試合をしている由紀と待機している千佳の姿。早川と茜はおそらくウォームアップをしているのだろう。

 そこまで考えた麻衣に、ふと隣で立ち上がる榛原から声がかかる。


「脚に頼りすぎです。フットワークの基本は重心の移動であって脚力ではありません。脚に頼るから、すぐに疲労する。後半で本来の力を出せなくなる」

「……え?」


 突然のことに、麻衣は驚いてまともに返事ができなかった。

 今のは、自分に対して言ったのだろうか。だとすれば、榛原が自分にアドバイスをしたということになる。すると一体どんな反応をすればいいのか。


 一しきり動揺している麻衣に対して背中を向けながら、榛原は試合へと向かうその前に、一言だけ告げた。


「わからないなら私の試合を見ているといい。少しは参考にもなるでしょう」


 そして颯爽とフィールド上へ向かう榛原。その背中を眺め、麻衣は思った。


(私に助言……? 本当に、優しいんだか怖いんだかわからない子だな……)


 しかし、学べるものは学ばせて貰おうとも思う。

 何せ彼女はあの広橋茜と渡り合ったフットワークの持ち主なのだ、


 榛原の言ったことを思い出しながら、麻衣は試合に注意を向けた。


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