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最近めっきり更新が減って申し訳ありません……。
書き貯めを小出しにしつつ続きを書いていけたらと思います。
なるべくペースを維持して頑張りますので、今後もよろしくお願いします。
『もしもし』
「あ、第七格闘部の早川です。朝早くすみません」
『ああ、先生ですか。どうしました?』
返ってくる声は男性のもの。茜の父親に違いない。
言いづらいが本題を告げねば話が進まないため、早川は単刀直入に切り出した。
「今日の大会のことは茜ちゃんから聞いていると思うんですが……実は、茜ちゃんがまだ会場についていないんです。今自宅にいるのでなければ、来る途中で何かトラブルに巻き込まれたかもしれな……」
『茜が? ちょっと待ってください』
怒られると思っていた早川だったが、茜の父は意外にも冷静に返答し、しばし通話を保留にする。何をしているのだろうか、早川がそんなことを考え始めるや否や、茜の父親が落ち着いた声色でこう告げた。
『どうやら、今会場に向かっているみたいですが。道を間違えたのかな。東4条通りの辺りを歩いています。まあでも、あと20分程度で着くでしょう』
「え、本当ですか?」
早川は目を丸くした。何度も試したが茜に電話は繫がらなかったはず。ひょっとして今ちょうど繫がるようになったのか。それとも自分の着信だけ無視されていたのか。そんな予想を立てたりしたが、答えはそのどちらでもなかった。
『はい。娘の居場所がわかるようGPSの発信機を持たせているのでね。それを盗まれたのでもなければ、ちゃんと会場に向かっているはずですよ』
(GPSっ?)
早川は驚きはしたものの、なるほどこの父親ならやりかねないと変に納得もした。娘の行動は常に確認できるというわけで、茜は不良になんてなりようがないな、と思い早川は苦笑する。ともあれ茜の安否情報がわかり早川はようやく胸を撫で下ろすことができた。
「ありがとうございます。東4条通りか……。少し車で探してみるので、無事に合流できたらまた連絡します」
『すみませんね。朝からご迷惑をおかけして』
「いえいえ」
そう言って通話を切る。玄関から急いで飛び出し駐車場へ向かう。茜は無事だとしても、なるべく早く合流できたほうがいいに決まっている。それに麻衣については安否がまだわからないのだ。麻衣が茜と同行している可能性は考えられるが、仮にそうでなかった場合一刻も早く麻衣の捜索を始めなければならない。行動は早いほうがいい。
「試合も気になるけど……ま、大丈夫だろ。あいつらなら」
段々と強さを増す初夏の日差しに目を細めながら、早川はそう呟いた。
「なんというか、ご愁傷さまです。先輩」
榛原ですら思わず気の毒そうな顔をして、彼女にタオルを手渡した。
「うぅ……トラウマになりそうなのでございます……」
タオルを渡された彼女は半泣きの顔をしながら、恨めしげに答える。
特徴的な敬語を使う彼女は林道寧々。広報部の二年生であり、ベルヒットに関しては全くの素人。当然試合になど出たこともないし、出たとしても闘えない。
が、彼女は今試合用の防具に身を包み、顔を赤くして俯いていた。
「気持ちいいくらいボコボコにされました……何も、何も出来なかったのでございます……」
「人生そんなものですよ。気にしないことです」
榛原はやや適当に林道の愚痴を受け流しつつ、今度は自分が試合に出られるように防具などの準備を進めていく。
彼女達が今いるのは、区民体育館の中央付近。大会のために設営された試合用のフィールドの内、3番と名付けられたフィールドの脇で、選手控え用のベンチに座って話していたのだ。
両隣には2番と4番のフィールドがあり、4番のフィールドでは彼女達と今回チームを組んでいる大星由紀の試合が行なわれていたのだ。
その脇のベンチには天見千佳が座り、次の試合のために待機している。
つまり、この3番4番フィールドにおいて、第七格闘部+α――といっても今現在第七格闘部のメンバーは一人しかいないが――チームの第一試合が行われていたのだ。
榛原は試合の準備をしながら、同時に思考を巡らせていた。
(林道さんが負けてうちの1敗。大星さんは今試合中で、彼女が負ければ王手がかかる。天見さんと私が負けることは万に一つもないでしょうが、逆に言うとその状況で楽に勝ってしまうのもまずい)
榛原が懸念していたのは、人数が揃っていないことによる不戦敗の可能性だった。
(私達の試合が終わった時点で広橋さんか樋口さんのどちらかが到着していなければ、次の試合は不戦敗になり、結果的に私達の敗退が決定してしまう)
今回の団体戦は三試合先取。つまり三試合先に勝ったチームが勝ち抜けとなる。試合を滞りなく行なえる場合は問題ないのだが、選手が足りない場合は基本的に不戦敗となる。試合開始時に選手が到着していない場合も然りである。
林道と由紀が負けた場合すでに負け星が二つだから、それ以上の敗北は許されない。が、榛原か天見の試合が終わった時点で強制的に次の試合が始まってしまうため、それまでに選手が到着していなければ負けが確定してしまう。
(不本意ですが、場合によっては3ラウンド闘いきって時間を稼ぐ必要がある……)
そのためには、格下の相手から逃げ回る必要もあるかもしれない。
もちろんそんな真似はしたくないのが本音ではある。しかし、くだらないプライドのために、勝ちの可能性を自ら摘んでしまうのは許せない。
榛原は横で行なわれている試合の様子を見る。大星由紀の試合。彼女は初心者だから、すぐに負けてしまっても仕方ない。そんな風に、榛原は一切期待していなかったのだが
(10点差で、勝ってる? いつの間に……?)
試合の得点掲示板を見て、彼女は瞠目した。
負けても3ラウンド目まで持ちこたえれば上出来だと思っていたのに、逆に1ラウンドで勝負を決めてしまいそうな勢いである。それはそれで時間が稼げなくて困る、とも考えたが、そもそも大星由紀が勝利すれば、榛原と天見の2勝を加えて勝ち抜けが可能になる。
すると必ずしも時間を稼ぐ必要はなくなるのだ。
(それにしても、この人たちの上達速度は異常ですね……。こんなマイナーな大会に出るような選手に、高校から始めた人はまずいない。その中で遜色なく闘えているのは、センスがあるのか、それとも指導者が良いのか)
あるいはそのどちらもか。生まれ持った才能と環境の力はとても大きい。ある程度の経験の差など、簡単に覆してしまうほどに。
(私も、負けてはいられません)
思わず微笑みを浮かべる榛原。相変わらず見る者の背筋を凍らせるような微笑に、隣にいた林道がぎょっとしていたが、気にせず榛原は立ち上がる。
彼女はすでに防具に身を包み、試合の準備は万端。そのままゆっくりと3番フィールドの中央へ。そこには先んじて彼女を待っていた相手選手の姿がある。
相手選手は精悍な顔つきで、短い髪は男子生徒とも間違えそうなほど。
榛原は顔をじっと見られているように感じたが、珍しい事でもないので気にはしなかった。
ことベルヒットに関して、市内では榛原も天見もちょっとした有名人なのだから。
すぐに審判が――審判も大会参加者である。一回戦は自分の試合でない選手がランダムで選ばれ、二回戦以降はその前の試合で負けた選手が審判を担当する――榛原と相手選手のそばに近寄り、名前をコールする。




