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「チーム数が10だから、全部で50人ぐらいかね。大会としちゃ多くはないけど、会場の関係か混雑して見えるな」
早川が、そう誰に語りかけるでもなく呟いた。
「そうですね。選手も、どこかで見た事のある人が多いみたい。手強そうな人も何人か……」
答えるのは黒髪ショートの少女。凛々しい風貌は、彼女の人格というよりは、彼女が目指した理想の表現。第三格闘部の一年生エース、天見千佳だった。
彼女らは今、会場である区民体育館の片隅で、待機用の座席に腰かけ話していた。周囲には同様に今回の大会の参加者が多くいる。総勢50名ほど。規模としてあまり大きくはないが、50人も揃えばそれなりに賑わいも出てくる。
雑多なざわつきの中、不意に口を開いたのは、早川たちと同席する第三の人物。
「……ところで、一体いつになったらメンバーが揃うんです?」
不機嫌そうに目を細める。それだけで、普段から棘のある顔つきがより一層鋭利な風貌に変わる。サイドポニーの髪をさらりとかき上げて、早川を詰問する。
「前代未聞です。誘った側の部員が集合時間を過ぎても一人しか現れないだなんて」
ずけずけと本音を言い放つ彼女の名は、榛原未来。かつて第七格闘部と闘った因縁のある相手であり、朝日野女子高校理事長の娘である。性格は残忍で狡猾、と言われているが、今回ばかりは彼女の言い分ももっともだった。
「茜ちゃんはともかく、麻衣ちゃんまで遅れてくるなんて変ですよ」
彼女のせいではないがどこか申し訳無さそうに言うのは、現時点で到着している第七格闘部唯一の部員、大星由紀だ。
早川たちはこれから開催される大会に参加するため、朝から会場である区民体育館に集合していたのだ。事前に決めた集合時間は朝の8時半。が、もうじき9時になろうかと言うのに、肝心の第七格闘部で到着しているのは由紀だけだったのだ。
「茜も麻衣も電話に出ないし、一体何やってんだあいつら……」
早川も時計を確認し、イライラした様子で呟く。が、彼以上に不機嫌だったのは榛原だ。
「9時までにエントリーしなきゃいけないんでしょう? わざわざこんな場所に呼び出されて、不戦敗だなんて結果になったら……」
榛原は身体から黒いオーラを吐き出しつつ、寒気のする笑みでこう告げた。
「怒りのあまり、第七格闘部の部室を取り上げるくらいはやってしまいそうです、早川センセ?」
早川は思わず縮み上がりそうになりながら、とりあえずの弁明をする。
「い、一応、全員が揃ってなくてもエントリーは出来るんだ。チームとしては事前に申し込んであるしな。ただ9時からすぐに試合が始まるから、それまでに来なければ……」
その先はあえて言わない。が、その場にいる全員が理解していた。
もし時間までに揃わなければ、茜と麻衣抜きで闘うことになる。
麻衣はともかくとして、茜がいないのはこのチームにとって致命的だ。そもそも選手が足りない分は、当然棄権として負けの扱いとなる。団体戦5試合のうち2試合が初めから負けと決まっているのは、分が悪いとかいう問題ではない。
試合に出られる由紀、榛原、千佳の三人で、全勝しなければ勝てないのだ。特待生徒の二人はまだしも、由紀にはあまりに厳しい注文である。
「……もう9時になりますよ。早川先生」
少し不安そうに千佳が伝える。早川も頷いて了解する。部員は揃っていないが、とりあえず来るものとしてエントリーを済ませるしかない。
だが、本当に三人だけで茜と麻衣が来るまで乗り切れるのか。どうにかして、少しでも勝つ可能性を上げる方法はないものかと、早川が考えていた時だった。
「おはようございます! 第七格闘部と愉快なお仲間さんたち! 暇なので応援に来ましたよ! フレーフレー! なのでございます!」
全く空気を読まず唐突に、彼らの前に現れた少女。
彼女の名は林道寧々。今日は髪を後ろでまとめてポニーテールにしており、信じられないことにやたら目立つチアガールのような格好をして両手を振っている。
彼女は朝日野女子高校の広報部部員であり、由紀たちの先輩に当たる2年生の生徒である。
早川たちと関わりを持っているが、ベルヒットはやったことがない。
が、そんな彼女を見て、早川は驚きながらもふと思った。
いないよりはマシかもしれない、と。
「私を温泉に連れてって欲しいのでございま……って、何をそんなにジーっと見ているのですか? はっ! 早川先生まさかチアガールフェチ……」
「着替えろ林道、今すぐにだ!」
「へっ!?」
林道の発言を遮って命令する早川。今は猫の手だって借りたい。幸運な事に、補欠用の選手枠が一つあるのだ。
その少し前の事だった。時刻はまだ八時半前。茜と麻衣は電車を降り、このまま順調に行けば時間までには確実に間に合うはずだった。
が、彼女達は非常に面倒な事態に直面していた。
「向こうの方を目指してるんだ。私一人ではもう歩けそうにない……。肩を貸してはくれないか?」
倒れていた女性を助けるべく駆け寄ったところ、彼女はどこか元気を取り戻した様子で、そんなことを言ったのである。麻衣は怪訝そうに聞き返す。
「向こうって……」
「すまないが、目的地は言えない……。ぐっ、また発作が……」
などと言っているが、麻衣の目にはあまり深刻そうには見えなかった。何よりこの女性、いちいち挙動が嘘っぽくて怪しい。急病を懸念して助けに来ただけに、この時点でかなり助ける意欲を削がれていた。
(どうしよう、会場と逆の方向なんだけど……)
麻衣は正直御免被りたい気持ちだったが、純粋な茜は優しく答えてしまう。
「大丈夫ですよ。私達が手伝うから。ね、麻衣ちゃん?」
「う、うん」
無下に断るわけにもいかず、渋々受け入れてしまう麻衣だった。
麻衣は女性を抱え起こしながら、その様子をよく観察する。年齢はやはり二十代半ば頃か。かつらを横にずらしたみたいな妙な髪形をしていて、お洒落なのだかよくわからない。切れ長の眼に、身長は麻衣よりも高い。苦しい苦しいと口では言っているが、血色はすこぶる良く、はっきり言って元気そうだ。
と、そこまで考えた辺りで、女性が急に
「むっ、君ら携帯電話を持っているな? すまないが、電源を切ってくれないか!」
と大声でのたまったのだ。
びっくりする茜と麻衣だったが、茜はすぐさま言う事を聞いて携帯の電源を切った。
(え、で、でも……)
麻衣がまごついていると、女性が苦しそうに叫ぶ。
「おおおっ、胸が、胸がぁぁ」
「麻衣ちゃん!」
茜が必死の形相で麻衣に呼びかけるので、麻衣も慌てて電源を切る。すると、女性は
「ふぅ。さて、行こうか」
ケロリとした顔で、何事もなかったかのようにそう言った。
茜は頷いて彼女を連れて行こうとしているが、麻衣は頭の中で叫ばずにはいられなかった。
(う、嘘くせー!)
そもそもこの女性が倒れていたことすら、麻衣には演技のように思われたのだ。
(絶対、絶対おかしいってこの人……!)
茜は信じきっているけれど、麻衣にとってはどうも信じられない。
が、それをこの場で口に出すと、恐らくこの二人から壮絶なバッシングを受けるハメになる。
そんなことを考えながら、どうすべきか思案している内に、茜はすでに女性の肩を持ち、彼女の示す方向に向けて歩き始めてしまった。
(とりあえず、様子をみよう……)
麻衣は自分に言い聞かせその後を追う。まだ、この女性が嘘つきと決まったわけではない。が、いよいよ怪しくなったら、茜の手を引いて会場に向かうぐらいのつもりではある。




