表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/90

 第七格闘部、およそ三週間後に控える校内選考会に向けた練習。その二週目は本格的なキックの習練に充てられていた。


「由紀、振り戻しが遅いぞ! 踏み込みも位置が悪い! それじゃ軸足を狩られて終わりだ!」


 早川が怒声を放つ。その視線の先には額から汗を流し、必死で闘う二人の姿。由紀と麻衣だった。


 すでに基礎力がついてきた二人は、茜や早川を相手としなくてもこの二人だけでスパーリングが出来るようになっていた。今回はさらにキックだけを利用したスパーリングなのだ。


「麻衣は足先で誤魔化そうとするな! 当たらないと思ったらもう一歩踏み込むんだ!」


 早川の指導は真剣そのもので、全く妥協の素振りはない。


 由紀が早川から教わったのは基本通りにミドルキック。特に振り戻しを速くすることで、隙を限りなく減らしたクイックミドルだった。対する麻衣が習ったのはローキック。こちらはさらに隙が少ないが、リーチが短くなりがちな欠点がある。


 結果的に、この二人のスパーリングは以下のような様相を呈した。


 まず麻衣が積極的に距離を詰め、由紀のミドルキックの間合いの内側に飛び込むことで有利を奪おうとする。対して由紀は出来ればミドルキックがぎりぎり届く間合いで勝負したいため、なんとか麻衣の前進をかわそうとしている。フットワークでは麻衣に分があるが、反射神経では由紀も負けていない。


 一進一退でなかなか白熱した状況だったが、早川は満足していなかった。


「相手の甘さを当てにするな! 自分の力で点を奪いにいけ!」


 二人の動きには、どこか妥協が見られる。

 お互いの動きの悪さに頼るような立ち回り。それは悪循環を生む。互いに互いの妥協を認め、ずるずるとレベルが下がっていく。本来の動きではなくなる。


 確かに、勝負において相手の弱点を突くことは有効な手段ではある。

 だが、こと練習においては、あえて相手の弱点に目をつむる必要もあるのだ。


「シィ!」


 麻衣が強く息を吐いて踏み込む。速さは申し分ない。踏み込みも及第点。ミドルキックで迎え打てる間合いを一瞬で潜り抜け、ローキックの距離へと。


「うぅっ」


 由紀は必死で後ろへ。が、スピードでは負けている。

 麻衣が鋭くローキックを放つ。ギリギリの距離。由紀の左脚に掠る。バランスは崩れない。


 直後、後ろに飛び退いた由紀が左脚を軸足に、反撃のミドルキック。絶妙のタイミング。だが、麻衣はすんでのところで左腕で防ぐ。互いにわずか一点のやり取り。


 そこで早川が二人を止める。


「時間だ! 二人は休憩。茜、次入るぞ」


 そう言って茜に目配せする。茜も頷いて了解し、二人は由紀、麻衣と入れ替わるようにスパーリングのフィールドに踏み入れる。


「はー、疲れたー」

「私もです。このところなかなかハードですね」


 麻衣と由紀はフィールドの脇で座り込み、今度は早川と茜の様子に目を向ける。


 今から始まるのは、早川による茜との指導対戦だった。


 早川が茜の攻撃を受ける形で動きを確認していくという趣旨の練習なのだが、実は麻衣も由紀もこの時間を密かに楽しみにしていた。


(茜レベルの本気が見れる機会なんてそうそうないもんね)


 麻衣がそう頭の中で呟く。とにかく身近で強い選手の動きを見られるのは貴重な体験であるし、そうでなくても茜のファイトスタイルは面白い。


「お願いします」

「おう、まずは自由に」


 早川がそう短く告げて開始の合図とする。


 直後、茜が早速動いた。素早い前ステップ。そのままぐるりと身を捻り、振り子のような動きで放たれるのは右のミドルキックだった。


 重めの打撃音は、早川の腕がそれを防いだ音。威力、スピードともに申し分ない。恐るべきは、茜がすでに脚を戻し次の攻撃の準備をしていたことだ。


「ふっ!」


 息を吐く。キックからの体重移動を利用した左ブロー。ガードの空いた身体の正面目掛けて。早川は後ろに退いてその射程から逃れる。が、茜はそれを見越したようにさらに前へと距離を詰める。


 結果的に、空振りに終わるはずの左ブローが、次なる『本命の一撃』の予備動作に変わった。


 上体の捻りに加え、脚から伝わる確かな力。全体重を注ぎ込み、振り出される強烈な右ブローが早川の構えるガードの中央を打ち抜いた。


 火薬でも爆発したかのごとき錯覚が、早川の体幹を駆け巡る。


(前の試合からさらにブローの威力が上がってる……!)


 半ば身悶えしながら評価する茜の進化。

 茜が続けて繰り出す追い討ちの左ミドルキックを首尾よくさばき、早川は冷静に彼女の上達を確認する。


(立ち回りも、技のキレも一ヶ月前とは別物だ……。彼女本来の動きが戻ったのか、戻っている途中なのか……)


 ともあれ、攻撃に関して彼女はやはり一級品だ。このままでもかなり上のレベルまで通用するほどに。問題は防御だ。


「茜、今度はこっちが攻めるぞ。いつも通りさばけ」


 早川が言うなり茜へと近づくと、茜は了解して表情を変えた。

 早川が素早く繰り出す左のクイックブロー。それに対し茜は、足のスタンスを広く取り、重心をわずかに落とした構えで対応する。


 茜の上体が、体幹が、素早く左右に動き、早川のブローをことごとく外させる。ウィービング。並みの選手であれば、この防御を破ることは難しい。


(いい動きだが……、やっぱりまだ及第点ってとこか)


 前回の試合では、榛原未来のコンヴェルシブローを半ば封じることに成功した。だが、逆を言えば完璧に封じることは出来ず、終盤には対応されてしまったのだ。


 欠点がある。そのいくつかは言葉にすることが出来るけれど、最も重要なことは言葉では伝わらない。それは実戦の中で自ら掴まなければいけないものだ。


 早川は一度、ブローを止め、茜の動きをじっくりと観察してから、

 素早く拳を斜めに振り払った。


 瞬間、茜の表情が変わる。ウィービングの動きに合わせて、早川のブローが襲い掛かる。弾けるような軽い音。茜のボディを3ポイントの有効打撃が叩いたのだ。


(これが欠点の一つ……)


 早川は腕を振り戻しながら、驚いている茜へと告げる。


「動きが単調になりがちだ。見ながら打ち込める速度じゃないが、ある程度予測して当てるのは不可能じゃない。もっと上手に見切れる選手もいるだろう」


 上を目指す為には、これではまだまだ頼りない。

 茜もそれは気付いている。だからこそ、彼女は悔しそうに頷いた。


「試合中に動きを考えている暇はない。いくつかパターンを作って、それを読まれないように組み合わせていくのが得策だろう。時間はかかるが、そういう立ち回りも考えていかなきゃならん」


 早川は厳しく伝える。二人のやり取りを傍で眺めていたのは由紀と麻衣。



 由紀は座って休憩したまま、茜の表情を見てふと思っていた。


(茜ちゃん、あんなにすごいのに、自分に納得が行ってないみたいです……)


 由紀から見れば、茜はベルヒットに関して雲の上の存在とも言える。


 そんな彼女が、しかし決して自分の動きに満足などしていない。まだ、この上があると模索し続けている。そして実際、彼女は日増しに強くなっているのだ。


(一体、どこまで行っちゃうんでしょうか)


 どういうわけか、彼女は心配な気持ちになった。


 いつの日か茜がどこか遠くに行ってしまうような気がしたから。

 茜が変わってしまうように思えたから。


 そして何より、がむしゃらに強さを追い求めるその姿は、由紀の目にはどこか危なっかしさを感じさせるものだったから。


 だから彼女は心の中で誓った。


(遠くになんか行かせません。最後までしがみ付いて、振り落とされないようにしなくちゃ)


 無謀かもしれない決意。でも、挑戦する価値はきっとある。


(だから、だから私にも……)


 そこまで考えて、急に由紀の感情が爆発した。


「必殺技が! 必殺技が欲しいんです!」


 突然大声をあげる由紀の奇行に、隣で座っていた麻衣が何事かと体を仰け反らせた。

大変遅れてしまい申し訳ありませんでした。更新ペースはなるべく落とさないつもりですので、今後ともどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ