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終章4

「先生……?」


 ひどく驚いた様子で聞き返す茜。早川は身を切られるような思いに駆られながら、必死で言葉を繋いだ。


「考えてみりゃ当然の話だったんだ。お前はもっといい環境で、強い仲間と切磋琢磨して、もっともっと強くなるべきなんだよ。こんな新設の弱い部活に留まってたんじゃ、お前の才能を無駄にしてしまう」


 短い期間ではあったが、部員たちと一緒に作り上げてきた第七格闘部。それをこうやって卑下するのは心が痛む。しかし、事実なのだ。広橋茜の器を考えれば、第七格闘部という場所はあまりにも矮小すぎる。


「俺たちのことは気にしなくていい。お前がいなくても、俺たちだけの力で闘っていける。ちょっと厳しいかも知れないが全国だって……。とにかく、お前が俺たちに申し訳なく思う必要なんてないし、そんな風に思っちゃいけない」


 言いながら、目頭が熱くなる。必死で我慢する。突き放すと決めたのだ。ここで感情を露にしたら、茜が安心して第一格闘部にいけないではないか。


 早川は一度大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせた。

 どんなに苦しくても、今は決して取り乱してはいけない。


「茜、第一格闘部に行くんだ。そこでもっと強くなるんだ。お前は、俺たちと一緒にいるべきじゃない……」


 茜の目を見ることはできない。彼女がどんな顔をしているか、想像するだけで胸が痛むのだ。早川は自分に言い聞かせる。これでいい……。これが正しい判断だ……。


「わ、たしは……そんなの違うって思う……」


 ぽつり、と漏れた声。か細く、切ないほどに悲痛な少女の叫び。

 早川は動揺し、何も言えぬまま、彼女の声が続くのを待つ。


「短い間だけど、皆で一緒にやってきて……色んな辛い事も、楽しい事もあったけど、本当に素敵な仲間に会えたって思ってたんだ……」


 悲しみよりも、憤り。そんな感情を多分に湛えた彼女の言葉が漏れるたび、早川が組み立てた『正しい判断』が、彼の脳内で音を立てながら崩れていく。そんな不思議な感覚を、彼は覚えた。


「皆と一緒だから、親に反対されても部活を続けたいって思った……。皆と一緒だから、第六格闘部に勝ちたいって思ったんだ……。私は……皆と一緒に全国を目指したくて……、皆と一緒じゃなきゃ、絶対イヤだって……そう思ったのに……!」


 戸惑う早川の目に、光る滴が映る。見つめた茜の瞳から、今まさに零れ落ちる大粒の涙が、理屈よりも大切な何かを、早川に訴えかけていく。


「先生は、そうじゃなかったの……?」


 立ち上がる茜。そのまま早川を置いて、部屋から出て行こうとする。扉に手がかかる。一瞬とも呼べるその時間の後、早川は何を思うでもなく、必死で叫んでいた。


「違う!! 今のは間違いだ、待ってくれ茜……!」


 感情だけだった。建前とか、外聞とか、そんなものはどうでも良かった。ただこの瞬間において大切なことは、自分の心が納得できるかどうか。


(何寝ぼけてんだ俺は……! 茜のためを思う? そんなのは、ただの逃げじゃないか。本当に彼女のことを思っているなら……、自分自身が、この第七格闘部が、彼女にとって最高の環境になれるよう、全力を尽くすべきだ。そうでなきゃ、俺はただの嘘つきだ)


 約束したのだ。皆で全国を目指すと。一人だって欠けてはいけない。いや、そんな約束すらも余計な能書きに過ぎないのだ。本当に大切なことはもっとシンプルだ。


 早川の大声に振り返った茜が見たのは、席を立ち彼女のすぐそばまで来ていた早川の姿だった。そして、早川は茜に何を言う暇も与えず、彼女の肩を掴んだ。


「茜! 俺にはお前が必要だ! だからどこにも行かせない! 行かせるもんか!」


「えっ、あ、う……」

 肩を掴まれ、早川の真剣な眼差しに見つめられ、茜は顔を真っ赤にする。


「そうだよ……! 何を迷うことがある? 俺たちは第一格闘部より強くなるんだ!」


 早川は茜の肩を離し、自分に言い聞かせるようにそう言った。


「せんせー……? それじゃ……」


 まだ顔を赤らめたままそう尋ねるのは茜。早川は即座に大きく頷く。

 もはや迷いはない。


「堀越先生に伝えてくる! 茜はうちの部員だって、絶対別の部活になんか行かせたりしないって!」

 







「では広橋さんの希望を尊重すると……いや、部員全員の希望でしたか、失礼」


 清潔で整った身なりの男性は、額に皺を寄せながらそう聞き返した。


「しかしその意味をわかっていますか。才能のある選手を、指導するということの責任を。あなたの指導力は認めていますが、実績の無さは否定できない」


 彼の表情は優れない。しかし、これ以上問い詰めても無駄だと判断したのか、彼の顔つきは急に諦めのような様子へ変わった。


「ならば仕方ありません。けれど編入はいつでも可能です。気が変わったらすぐにでも」


 そう言って小さく息をつく。呆れ、ともとれるような反応だった。

 そんな様子を見ていながら、とある新米教師は気にも留めなかった。


 早川一騎という人間の性質を、その日堀越純一は知ったのだ。


「心配は要りません。僕たちは、本気で全国を目指してる。だから……いつか倒します。あなたの第一格闘部を!」


 堀越は早川の宣言を聞いて、頬を弛ませた。嘲笑ではない。純粋に、興味深い。この男のことが。


(理屈だけで選手は育たない……。無謀と呼ばれる類の挑戦を成功させるものがあるとするならば、それは限りない情熱だ。何も、馬鹿げた話ではない)


 堀越純一。若くして第一格闘部の総顧問を務めるこの男性は、非常に理論的に選手を指導することで知られているが、その本質はロジックばかりではなかった。


「早川先生。あなたの指導力と、その情熱が、奇跡を起こすに足るものならば、いつか答えも出るでしょう」


 堀越は挑戦的な眼差しを早川に向け、告げる。


「……きっとたくさんの壁が、苦難が、あなたたちの前に立ちはだかる。その道の先で待っていますよ」


 堀越が今日初めて見せた笑みは、早川に向けられたもの。

 早川もそれに、不敵な笑みを浮かべて答える。


 朝日野最強の格闘部。そして全国大会を目指す多くの強豪校たち。堀越の言葉が、早川に強敵たちとの出会いを予感させる。


 第七格闘部の闘いは、まだ始まったばかりだった。


 今回で第二部が終了となります。最後の一文のせいで打ち切りみたいになってますが、ちゃんと続きます。

 すでに第三部も六割以上書き終えていますので、書き溜め期間はおかず続けて投稿していこうと思います。更新頻度は変わらないと思いますが、推敲に時間がかかった場合多少遅くなるかもしれません。

 最後になりますが、ここまで読んでくださってありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いします。

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