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終章3

 堀越純一。


 身なりは髪型から服装に至るまでひどく清潔で、神経質なまでに整えられている。綺麗に分けられセットされた髪に、顔は外人のような鼻筋が特徴的で、眼光は鋭く、少々近づきがたい雰囲気を醸し出してはいるものの、美男子といって間違いない。


 この学校の教員の一人であるが、早川にとっては教員仲間としてよりも、別の印象が強かった。


「これは失礼。部活のミーティングですか? よろしければ今、少しだけお話をしたいのですが」


 堀越がそう告げる。まごつく早川に彼は続けて言う。


「第一格闘部の代表として、早川先生にどうしても伝えなければならないことがありまして」


 第一格闘部の代表として。堀越はそう述べた。これこそが、早川の持つ堀越に対する印象の全てだった。彼は優秀なベルヒットの指導者であり、ベテランの浅倉教諭を差し置いて、今現在第一格闘部の総顧問を務める実力者なのだ。


「堀越先生が、僕に話ですか? 二人で?」


 となれば必然的に部活の話になるだろう。しかし、どうにも飲み込めない。何か話すようなことがあっただろうか。あれこれ考えを巡らせる早川に、堀越は思いつきもしないことを言った。


「いえ、そちらの彼女……広橋茜さんにも同席していただきたい」


 早川は驚いて後ろを振り返る。その先にいる茜が一番驚いているようだった。当然そのはずだ。知らない教師が突然現れたかと思えば、自分を含めて話がしたいと言い出したのだ。悪い人間ではないにせよ、驚くのは仕方がない。


「早川先生、もしお時間があるのでしたら、場所を変えて話しましょう。これは、とても重要な話なのですから……」


 堀越は表情に一片の弛みも見せず、ただ機械のように淡々と告げた。






 閑散とした一室。そこは日ごろあまり使われていない進路相談室なる教室だった。

 申し訳程度に備えられた進路関係の雑誌や書籍の棚以外には、これといって目を引くものは何もない。そんな部屋の中に3つほど椅子を並べ、早川、茜、そして堀越の三人は話していた。


「今、なんておっしゃいました……?」


 耳を疑っている。そんな形容がぴったりと当てはまるような表情で、早川が聞き返す。

 対して堀越は一切顔色を変えずに答える。


「広橋茜さんを我が部に編入させてください。第一格闘部こそが、彼女の本来いるべき場所なのです」


 決まりきったことのように言う堀越。


「我が部は長年、中学時代の大会成績によって新入部員の選別を行なってきました。限られた人数しか部員を取れない現状では、それは決して間違った方法でないと思っています」


 堀越がそこまで言って、彼の意図がなんとなく早川にも伝わる。

 彼の語る選別方法では選別できないが、確かに強い選手がいるではないか。


「しかし、稀に間違いが起こる。今回広橋さんを我が部に入部させられなかったのは、その間違いの最たるものだというわけです」


 茜は中学時代の大会経験がない。だから第一格闘部の選別基準では部員として選ばれなかった。ところが、特待生徒の榛原未来を倒すほどの実力を持ち、中学時代のブランクを考えれば伸びしろは人一倍あると言える。将来性を考えるのであれば、校内でも三指に入るか。


 この学校では、最も強い選手から順に第一格闘部への入部を許される。天見千佳など特待生徒の例外はあるけれど、基本的に強い選手は誰しも第一格闘部への入部を希望するのだ。


 その上で、本来特待を受けるだけの実力がある茜が、一体どの部に入部するべきなのか。自ずと答えは決まってくる。


「我が部には才能のある選手を育て上げてきた実績がある。広橋さんにとっても、我が部に編入することは必ずプラスになるでしょう」

「し、しかし、茜はうちの部員なんです……。そんな急に……」


 堀越の言葉に、狼狽しながら口ごもる早川。すると堀越は


「もちろん、今すぐ返事をいただこうとは思っていません。返事はまた後日で構いませんから、ゆっくりとお考えになってください。ただし……」


 と言って、鋭利な目つきをより一層鋭くする。


「広橋さん、あなたは第一格闘部が育てあげるべきと思います。我が部には十分な設備があり、強い練習相手がいる。道内でこれほどレベルの高い環境は他にないでしょう。それをよく理解して、決断していただきたい」

 

 堀越は席を立つ、何も言い返せない早川に、追い討ちのごとく一言。


「そして、早川先生。あなたも広橋さんのことを思うのであれば、情に流されず判断しなければなりません。第一格闘部には、強豪たる由縁がある。あなたにも重々わかっているでしょう。どうか、正しい選択を……」


 そう言って、彼は部屋から出て行ってしまった。


 静寂が部屋にやってきて、残された二人の肩に重くのしかかっていく。

 全く想定外の出来事。考えもしなかった展開に早川も茜も黙り込んでしまっていた。


 しかし早川は、混乱する頭の中で、ほんの少しだけ残された冷静さを駆使して、考えていた。こんなことは考えもしなかった……? 本当にそうだったのか。


(違う……。本当は、わかっていたはずじゃないか)


 彼は無意識に歯噛みしていた。思い返してみれば、こうなることが一切想像できなかったわけではない。初めて茜の実力を知った日から、今までずっと、心のどこかで、今日みたいな日が来る事を恐れていたのではないか。


 広橋茜は、伝説的なベルヒット選手の血を引く天才だ。当然、彼女の目指す先は、このベルヒット強豪校にあってもとりわけ高い場所にある。


 朝日野の格闘部は例年、全国大会への出場を一つの目標として掲げている。が、広橋茜が本当に母の血を色濃く継いでいるのなら、そんな目標は取るに足らないのだ。世界の頂点を獲った才能を受け継ぐのなら、どう低く見積もっても日本の同年代の子に負けるわけはない。


 個人戦で全国制覇。そんな夢みたいな目標が、彼女にとっては順当にもなる。それほどの才能。


(堀越先生の言う通りだ……。茜は今後必ず飛躍する。いい環境に恵まれれば、必ず……。茜の才能を伸ばしていくためには、第一格闘部のような環境が必要だ)


 第一格闘部の実績を考えれば、当然早川などとは比較にもならない。道内最強と呼ばれる格闘部ともなれば、考えうる限りで最良の選択肢ではないか。


「先生……、わたし……」


 考え込む早川に対し、茜は俯きがちにそう言った。自分の今の考えを、上手く言葉に出来ずにいるのだろう。それとも、自分がどうすべきかわかっていないのか。


(どんなに愛着があったって、茜を縛るような真似はしちゃいけない。たとえ麻衣や由紀が悲しんでも、俺自信が寂しくても、この子の未来を思うなら……、今は背中を押してやるべきだ)


 彼女が何を望むにせよ、早川には教師として、人生の先輩として、そして短いながら共に闘った仲間として、しなければならないことがある。


 それは決して自らの感情に任せ彼女を引き止めることではなく

 未熟な彼女の判断に全てを委ねることでもない。


 彼女を思うからこそ、


「茜、お前は第一格闘部にいけ」


 今は冷たく突き放さなければならない。


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