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終章2

 気を取り直して祝勝会の続きである。


「麻衣も由紀も本当によく頑張ったよなぁ。試合はどっちも不完全燃焼になっちゃったけど、まともにやっても十分勝てそうだったからな」

「うんうん。ベルヒット始めて1ヶ月で経験者と互角だなんて、実際すごいことだよー」


 早川がテーブル上に広げられた袋入りのスナック菓子に手を伸ばしながら言うと、茜は自分のコップに炭酸のオレンジジュースを注ぎながら同意し、麻衣と由紀の二人を賞賛する。すると麻衣が照れた様子で髪をいじりながら答える。


「いやー、それほどでも」


 しかし隣の由紀は鼻高々に主張する。


「ふふーん、そんじょそこらの女子高生とは素材が違いますからねー。一騎お兄ちゃんは私たちを指導できることに感謝するべきです」

「調子乗りすぎだろ!」


 早川がツッコミを入れ、茜と麻衣が笑う。


「やっぱり、部活を続けられるのは嬉しいね。一時はどうなることかと思ったけど」


 麻衣がそんな風にしみじみ口にしたところで、


 再び部室の扉が開く。


「え?」


 開いた扉の向こう。二人目となる突然の訪問者の顔を見て、早川たちは息を飲んだ。


「榛原、未来……?」


 早川が声を漏らす。そこにいたのは、第七格闘部にとって因縁の相手とも呼べる女生徒。長い黒髪のツインテールを触り佇む彼女は、榛原未来だったのだ。


「ぎゃーっ!?」

「ななな、何の用ですか一体!?」


 麻衣と由紀が二人して素っ頓狂な声をあげ、茜も目を白黒させている。

 そんな彼女らの反応を見て榛原は嘆息する。


「そんなに驚かなくてもいいでしょうに」


 彼女はそう言って部室の中へ踏み入れた。許可など取る素振りもなく、部室中を品定めするように見回すと、その途中で早川と目が合った。


「な、なんだよ。もう試合は終わっただろ。まだ何かあるのかよ」


 先ほども同じようなことを言った気がしていたが、早川にはこれぐらいしか思いつく質問がなかった。しかし対する返答は、彼の肝を潰すのに十分だった。


「ええ。手短に言えば、この部室は今日いっぱいで使用禁止です」

「は?」


 早川は口をあんぐりとする。意味が飲み込めずに戸惑う。

 しかし数秒もすると、なんとなく相手の考えを推測できるようになり、より一層気が動転してしまった。


「ま、さか、俺らから部室取り上げる気か!」


 早川は驚愕していた。彼の解釈はこうだ。試合によって第七格闘部をつぶす事の出来なかった榛原は、最終手段に出たのだ。つまり、部室を彼らから奪う事で実質的に活動を困難にするという荒業に。


 が、榛原はあっさりとその考えを否定した。


「勘違いしないでください。あなたたちには今日から、別の部室を使ってもらいます」







 数分後、榛原に連れられてやってきたのは部室棟の奥の方にある教室の一つだった。


「お、おお……綺麗だし、広いし、なんかすごいぞ……!」


 早川が思わず呟く。部員たちもすかさず


「これ、新品のプロテクターですよ!?」

「グローブもある!」

「まさか、これ全部使っていいの……?」


 などと思い思いのことを言う。榛原は当然のように答えた。


「ここにあるものは全て備品として使って構いません。……正式に部活として認められたのですから、これぐらいの設備は有って然るべきでしょう」


 彼女の口振りに早川は驚きを隠せない。


「まじで? い、いや嬉しいけど。ここまでしてもらうなんて逆に気が引けるな」

「別に感謝してもらうつもりはありません。今回の件、そもそも私に非があったことは確かですから、少しはお詫びでもと思っただけです。これで許してもらう気もありませんが」


 気まずそうに答える榛原。髪の毛を触りながら。つんとした表情は照れ隠しのようにも見える。

 すると第七格闘部の面々は全く意味がわからない様子で聞き返す。


「オ、ワビ……?」

「ど、どこの国の言葉でしょうか」

「わからん! とりあえず敵意はないみたいだぞ!」

「日本語でお願いしてみる!?」


「あなたたちは私をバカにしてますね……」


 若干むっとした様子で榛原は早川たちを睨んだ。


「とにかく、ここが今日からあなたたちの部室です。もう知っていると思いますが、廃部も取り消しになりました。今回の件であなたたちが傷ついたことは、いまさら取り消すことなどできませんけれど……」


 自嘲気味にそう言って、榛原は早川に向かって小さく一礼した。

 それでは、と言い残し部屋から出て行こうとする榛原に、早川が声をかけた。


「榛原、意外といいとこあるじゃんか」


 ぴくり、と肩を動かし脚を止める榛原。追って早川が告げる。


「良かったな、相手が俺らで。済んだことはもう気にしてないからさ。今度また試合する機会があったらよろしくな」


 早川は屈託なく笑いかける。本当に過ぎたことは綺麗さっぱり忘れてしまったかのようだった。そしてそれは部員たちも同じだったのだ。


「まあ文句も色々あるけどね、そっちが反省してるなら許してあげるってこと」

「そうですそうです。私たち心が広いですから!」

「私、また未来ちゃんと試合したいんだよー」


 麻衣、由紀、茜の三人が口々にそう言った。

 榛原は驚いた表情で彼女らの顔を眺める。


「……あなたたちの考えがわかりません。私は許してもらおうだなんて……」


 そんな風に壁を作ろうとした榛原を、諭すのは早川の言葉。


「誰だって間違いはするさ。お前はちゃんと間違いに気付けるって、俺は信じてるから」


 彼は純粋な眼差しで榛原を見る。一瞬の沈黙。榛原は微妙な表情で小さく息を吐き、


「ザコ教師が気安く呼ばないでもらえますか? 私を誰だと思って……」


 蛇のような眼光で、そう言い放ったのだ。


「へっ?」


 凍りつくのは早川を筆頭として第七格闘部の全員だった。


「試合には負けましたが、あなたたちに憐れみを受けるつもりはありません。再戦? 望むところです。次こそは必ず、私が勝ちます」


 早口にまくし立て、部室の扉を開き、後足で砂をかけるように一言。


「次は私の実力で、本当の本当に叩き潰します」


 ぴしゃり、と扉を閉め、部屋から去ってしまった榛原だった。

 麻衣が口をあんぐりとさせながら呟く。


「改心したんだか、してないんだか……」

「まあ元気そうでなにより、ですかね……?」


 由紀も驚きを隠せない様子でそう言った。







 なんだかんだで新部室に移動した第七格闘部は、祝勝会の続きを始めていた。


「まあまあ茜ちゃん、もう一杯お飲みなさい」

「おやこれはどうも」


 由紀がかしこまって茜にお酌をし、茜もノリノリでそれを受ける。


「ジュースを変な飲み方すんなよ」


 呆れた目でそれを見ていた早川だったが、そんな早川に由紀が


「一騎お兄ちゃんもお酌して貰いたいんですか? 悪いですけど私は断ります」


 と意地悪く言い捨てると、早川は憤慨した。


「ったく、顧問に敬意の一つもないのか。まあいいさ、俺には麻衣がいるからな!」


 早川は自分のコップを隣に座る麻衣の方へと差し出した。由紀は冷たいが、麻衣ならきっと優しくしてくれるだろう、と思ったのだ。しかし、


「やだ」

「2文字で断られた!」


 麻衣が露骨に引いてみせると、早川はその場にくずおれる。


「せんせー、落ち込まないでー」


 が、見かねた茜がお茶のボトルを手に取り、早川の近くまでやってきたのだ。


「お、おお……茜、まさかお前……」

「せんせーもお疲れ様。今回の試合はせんせーのおかげで勝てたんだよー」


 そう言って早川の持つコップにお茶を注ぎ、にっこりと笑ったのだ。

 早川、号泣。


「あ、かね……お前は本当にいい子だ……本当に……!」


 大げさなリアクションに苦笑いする部員一同だったが、早川本人はいたって真面目なのだった。


 そんな最中、

 トントン、と部屋の扉をノックする音が2回。


『早川先生、いらっしゃいますか?』


 そして扉の向こう側から聞こえる、若い男性の声。


「今日はやけに客人が多いな……」


 そんな風に小さく呟き、早川は立ち上がった。

 今度の客人は礼儀正しく、早川が答えるまでは扉を開こうとはしないようだ。


「はい、なんでしょう?」


 早川は答えながら、扉を開いた。

 その先に立っていたのは、早川にも見覚えがある男性。


「堀越先生……?」


 その男は、朝日野最強の格闘部を統べる男だったのだ。


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