終章1
「お菓子よし、ドリンクよし、全員集合! よっしゃ、それじゃ始めるか!」
早川が合図をすると部員たちの声が響く。
「かんぱーい!」
幾分せまい第七格闘部の部室にて、テーブル上に色々な菓子類や透明なプラスチックのコップ、大きな炭酸飲料のボトルが並び何かのパーティのようだった。
「いやしかし、本当に勝っちゃうなんてなぁ」
「ちょっと、先生私たちのこと信用してなかったわけ?」
「ひどいよー。あんなに皆で練習頑張ったのに」
早川の発言に麻衣と茜が不満げな声を漏らした。
「信じてなかったわけじゃないけど、実際終わってみると実感わかねーよ」
今は彼ら第七格闘部の祝勝会。
二日前に行なわれた第六格闘部との試合で、彼らは何度もピンチに陥りながら、最後には茜の逆転勝利で飾り、無事第七格闘部の廃部を撤回させることに成功したのである。
同時に試合中のフェアな立ち回り、諦めない根性などが観客からも評価され、一躍彼らは校内でも名を知られるようになっていた。
「そういえば、この前全然知らない人から話しかけられた。前みたいに悪い意味で目立ってはいないけど、あんまり注目されるのも恥ずかしいよね」
麻衣がそんな風にはにかんでみせるが、真意はもっと単純だった。周りからの目線など実はどうでもよくて、今はただこのメンバーで練習を続けられる事が素直に嬉しくて仕方ないのだった。
「一騎お兄ちゃん、次は麦茶のみます?」
ここで今まで黙っていた由紀が早川に尋ねる。
「お、柄にもなく気が利くねぇ」
「いえいえ、一騎お兄ちゃんは一番の功労者ですからね。ねぎらってあげます」
なんだか怪しい由紀の賛辞に、早川は怪訝な顔をした。
「本当はビールでも持って来ようかと思ってたんですが」
由紀がそう呟くと早川は一蹴。
「そんなもん学校で飲めるか。誰かに見られたらアウトだろうが」
「だから麦茶で我慢してください」
「……どうして麦茶を振って泡立ててるんだ?」
「こうしたらビールみたいに見えません?」
「余計なことすんなよ!」
「さらに家から空き缶だけ持ってきたんです! こうやってテーブルに置けばもう気分は完全にビールでしょ!」
「お前は感謝してるのか俺を学校から追い出したいのかどっちなんだ!?」
そんな二人のやり取りに麻衣と茜も苦笑い。
早川は慌てて由紀が取り出したビールの空き缶を引ったくり、どこかに仕舞おうとした。が、その瞬間だった。
ガラッ、と部屋の扉が開き
その向こうから見覚えのある人物が一人。
「あら、宴会の最中でございましたか」
早川の背筋が縮み上がる。茜も麻衣も凍りつく。由紀もさすがにやってしまった、というような顔をした。
「でもいけませんね、学校でアルコールは」
ぱしゃり、と無慈悲なシャッター音が響く。音の元は入室してきた女生徒の手元。彼女は手に収まらないぐらい大きなカメラを一瞬で構え、撮影したのだ。早川は思った。この状況、既視感がある……。
「ま、待ってくれ、誤解なんだ……」
早川は空き缶を握り締めながらそう言った。その姿がすでに誤解を助長すると思いながら、しかしどうすることも出来ずに。
彼が慌てていたのは、見られた相手が相手だったということもある。
なぜなら彼女は以前、早川たち第七格闘部の悪い噂を新聞という形で広めた張本人だったからだ。
そこにいたのは林道寧々。朝日野女子高等学校の二年生にして、広報部の部員である。
しかし彼女は、意外なほどあっさりと早川の予想を裏切った。
「これは失敬。つい決定的瞬間を写真に残してしまう癖でして。心配しなくても、この写真を学校中にばら撒いたりはしませんよ」
そう言って笑う彼女。掴みどころのない話し方に、今ひとつ信用しきれない部分はあるが、どうやら悪意に満ちているわけではなさそうだった。
「な、何の用だ。もう第六格闘部との件は済んだはずだろ」
早川が言うように、すでに彼らと第六格闘部は和解をしたのだ。第七格闘部側が不利益を被った面は多いが、最終的に部活の存続という最大の目的を果たす事が出来たのだから、関係者からの謝罪だけで水に流そうという結論に至ったのである。
「いえいえ、その件とは別の話でございます。……厳密に言うと、関係はしていますけれど。というのも、今日はお詫びに来たのです」
お詫び? と第七格闘部の3人は揃って首を傾げる。
「城島さんと榛原さんに脅されていたとはいえ、皆さんを貶めるような記事を作ってしまったこと、許していただきたいのでございます」
少し神妙な面持ちになってそう告げる林道。彼女も自分の身の安全のために仕方なくやったのだ、ということ。もちろん一切の非がないわけではないが、早川は改めて糾弾する気にもなれなかった。
「……もう気にしてないさ。そっちが反省してるなら、それでいい」
林道は表情を変えて言う。
「しかし、ただで許してもらうのは忍びないのでございます……、謝罪の気持ちとして、皆さんに協力させていただけませんか? 私は広報部ですが、色々とベルヒットに関する情報を集めているのです。道内の有名な選手については一通り試合の動画なども揃えてまして、きっと皆様の助けになるのではと思うのでございます」
目を丸くする早川。
「ええっと、つまり俺たちに君が集めた情報を教えてくれるってこと?」
「その通りでございます! それに、第七格闘部も正式に部活動として認められるにあたって、人数がまだ足りていないのではありませんか? 私でよければ、名前をお貸しすることも可能ですが」
人数、と聞いて早川は思い出す。
この学校では部活動として正式に認められるには部員が5人以上いなければならないのだ。それ以下でも一応活動はできるものの、同好会扱いで予算などはほとんど下りない。今後活動していくにあたって、部活として認められるのはかなり大きなポイントなのだ。
おまけに、この学校では運動部への重複入部は認められていない。要するに第七格闘部の部員を増やすとすれば、文化部の部員か何の部活にも入っていない生徒でなければならないわけだが、その当ても今のところ見つかっていない。
「それは確かに助かるな。うちは部員3人しかいないし」
「そうでしょうそうでしょう。広報部の部員でよければ、私だけでなくもう一人名前をお貸ししますよ。それでちょうど5人分の名義になるでしょう」
嬉しそうに手を合わせて語る林道。
「でも、本当にいいのか? こっちはお返しできるようなものないけど」
早川が眉を潜めると林道は顔色を変えて答えた。
「いえいえ、全然気にしなくていいのです。もともとこちらがしてしまったことへのお詫びですし、出来ればこの先もずっと、第七格闘部の皆様とは仲良くさせていただきたいのでございます」
なんだかその言い方が妙に思えて、早川はさらに首を傾げる。
「仲良くするのは構わないけどさ、なんだってうちみたいな新設の部と……」
「新設でも、実力は確かじゃありませんか。この前の試合を見た限り、私は第7格闘部の皆様が今後ますます活躍するに違いないと踏んでいるのです」
林道は早川たちの顔を見回す。きょとんとして顔を見合わせている茜、由紀、麻衣の三人だった。
「とにかく、今後は頼りあえる仲間としてどうぞよろしく」
そんなことを言いながら、林道は急に部室の扉へ手を掛けたかと思えば、にこり、と愛嬌のある笑みを作ってからすぐに飛び出して行ってしまったのだ。
第七格闘部の面々は面食らった様子で嘆息する。
「言うこと言ったら風みたいに帰ってったな……」
「本当ですね……」
早川の感想に由紀が同意する。




