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 ざわつく体育館。すでに並べられた座席のほとんどが埋まっている状態だった。全校生徒の大半がこの体育館に集まり、異様な熱気に包まれていた。


 体育館の入り口の前で、顔を見合わせ力強く頷きあう四人組がいた。第七格闘部である。


「自信持てよ。半端な練習はしてないはずだから」

「はい!」


 早川の呼びかけに他の三人が答え、ついに彼らは試合会場へと足を踏み入れた。彼らの姿を見た者たちがにわかに騒ぎ始める。


 気にせず歩みを進める早川たちの視界の先、設置されたフィールドの奥に見慣れた人間が数名いる。榛原夜風とその取り巻き、さきほど突っかかってきた甘和という女生徒もいた。彼女らはすでに試合用の防具に身を固めている。早川たちも同様だった。


 早川たちは自分たちの待機場所までやってくる。フィールドを挟んで反対側に榛原率いる第六格闘部が構えていた。


「オーダー交換と挨拶だ。いくぞ」


 早川が手短にそう伝え、第七格闘部の面々は並んでフィールド上へと歩みだした。

 その動きを受けて榛原も試合に出るらしい選手数名を連れてフィールドにやってくる。


 両陣営が中央で相見えたとき、体育館のざわつきは最高潮に達した。


「第六格闘部勝てー!」

「新設の部に負けんなよー!」


 ちらほらそんな声も聞こえてくる。


「あらら、私たちなんだか悪者みたいですね」



 由紀が苦笑いする。早川はふん、と小さく息をついて

「気にするな。正々堂々やれば誰もお前らを責めたりしない」


 と小声で諭したのだった。


 いつしか両陣営はお互いに手を伸ばせば届くほどに接近し、その場で綺麗に整列して向かい合った。榛原未来が先ほどとはうって変わって柔和な笑みを浮かべる。


「よろしくお願いします。第七格闘部の皆さん」


 そう言って一礼をし、他の部員たち含め早川たちも応答するように礼を返した。


「これ、今日のオーダーです」


 不気味な微笑のままオーダー用紙を手渡す榛原。早川も持っていた用紙を差し出し、お互いに交換が行われる。交換がすんで一歩身を引いた榛原が呟いた。


「正々堂々戦いましょう。正々堂々……叩き潰します」


 彼女はすぐに仲間たちと待機場所へと引き返してしまう。

 フィールドの中央に取り残された早川は、部員たちにも聞こえるように宣言する。


「簡単に叩き潰せると思うなってんだ」


 榛原から受け取ったオーダー用紙を握り締め、早川たちもまた自らの待機場所へと戻っていく。

 体育館内の興奮がさらに高まり、熱気が苦しいほど充満していた。


 いよいよ運命の交流試合、その第一戦が始まる。



 第一試合、第七格闘部から試合に出るのは樋口麻衣。対する相手はオーダー用紙によれば『近藤美貴』という生徒だった。


 すでに防具等の準備を済ませ、ぴょんぴょんと軽く飛び跳ねながら身体を暖める麻衣。相手の選手もまた向こう側の陣営でそわそわと身体を動かしていた。これだけの大観衆の前で試合することなど、普通の人間にはまずない機会である。浮き足立つのも無理はなかった。


 早川が麻衣に尋ねる。


「緊張してるか」

「うん、ばっちり」


 わざとらしく難儀そうな顔をしてそう答える麻衣。小心者、というのが本人の自評であったが、早川は彼女の返答にむしろ頬をゆるめた。


「そんな冗談が言えりゃ大丈夫さな。気張らずいってこい」


 彼は麻衣の目を見て伝える。彼女は小さく頷いて、そのまま勢いよくフィールドへと飛び出していく。


 一般学生の競技において、試合では普段の実力の半分も出せれば上出来と言われている。それほど緊張やプレッシャーというものは競技者のパフォーマンスを低下させるのである。試合で普段通りの動きをすることがいかに難しいか、早川はよく知っていた。


(でも、麻衣には天見千佳と試合して得た芯の強さがある。きっと頑張ってくれるはず)


 彼の目は真っ直ぐにフィールド上へ。



 フィールドの中央やや自陣よりに立ち、相手選手がやってくるのを待っている麻衣。早川と同じタイミングで彼女もまた考えていた。


(ふぅう、めっちゃめちゃ見られてるよ……でも)


 周囲の視線、声援、ざわつき、喧騒、そういった諸々が気にならないと言えば嘘になる。しかし今の彼女にはそれを乗り越えられるだけの自信と経験があった。


(あれだけ練習したんだ……。それに、千佳との試合に比べたら、この程度の緊張大したことない……!)


 一度グローブを打ち合わせ、気持ちを落ち着かせる。

 ちょうどその時、第六格闘部陣営から軽い足取りでやってくる人影が。


 全身をプロテクターに包むその人物こそ、麻衣の対戦相手だった。相手はやや低めの身長で、女子の平均よりいくらか背の高い麻衣からは、見下ろすような格好となる。


 近藤美貴。早川いわくこれといって目立つ大会成績もない、普通の選手である。だが中学からの経験者であり、麻衣よりもはるかに長い時間ベルヒットを続けてきたことは確かであった。普通に考えれば麻衣が勝てる見込みは薄い。


(……色々事情はあったけど、私はあの千佳と2ラウンド善戦したんだ。自分に自信を持て……)


 麻衣は何度も頭の中で唱え、自分に言い聞かせた。


 不意に相手選手が右手を上げる。麻衣の前に差し出すように。試合開始のために行なう、グローブを付き合わせる動作だ。麻衣は意を決して、自らも右手を前に突き出した。


 二人のグローブが触れ、騒がしかった体育館中が妙な沈黙に包まれる。試合開始の合図を待つその一瞬が、麻衣には一時間ほどにも感じられた。


 鳴り響く、甲高い音。笛。合図。


 麻衣の頭がそれを判断するよりも早く、彼女の右手は相手のグローブを突き放し、素早く後ずさっていた。


 対する相手、近藤もすぐに追ってくる気配はない。バリバリの前進型、というわけでは無さそうだった。すぐに中距離での睨みあいが始まり、お互いの動きを観察しあう二人。


(まずは無理せず相手の出方を伺う……)


 麻衣は相手の一挙手一投足をも見逃さぬように精神を集中させる。


 回避型の麻衣にとって、同じ回避型の選手は扱いが難しい。

 なにぶんお互いが守りに入ることを得意としているため、一向に点数の動かない試合になりがちなのである。


 ベルヒットのルールには、点が動かない状況で攻め気のない選手に対してペナルティを与えるルールも存在するが、試合が膠着状態になりやすいのは事実であった。


 麻衣は思う。今回は善戦では駄目なのだ。勝たなければいけない。勝つためには、相手が攻めてこない状況でも点を奪わなければならない。となれば試合の展開が滞った時、こちらから仕掛けていく必要も出てくる。


 麻衣は少しずつ接近してきた相手との距離感を再確認する。すぐにでも突っかけて来そうだ、麻衣がそう感じた瞬間、案の定試合の展開が動いた。


「ふッ」


 近藤の前進、身を低く縮めて。重心を高くしている麻衣の懐に潜り込むような動きで、彼女は攻撃を開始した。


(低い……!)


 麻衣はいつも通り地を蹴って後ろに飛び退く。


 低姿勢で突進してくる相手は実戦では初めてだが、対策をしていなかったわけではない。早川の練習計画にはしっかりとこのタイプの対策も含まれていた。


 練習を思い出す麻衣。


(低い姿勢の相手に無理して打ち返すのは分が悪い……。とにかく足を使ってかく乱する)


 身を縮めた相手はボディに打ち込む隙がなく、近距離で打ち合えば点の収支で負けてしまう。

 まずはフットワークで逃げつつ、相手の脚がとまったタイミングで素早くヒット&アウェイに繋げるのが、このタイプの攻略法であった。


 そして、ことフットワークに関して言えば、樋口麻衣の実力はすでに初心者の域にはなかったのである。


 タンタンタン、と規則的なリズムを鳴らしながら、麻衣はフィールド上を軽やかに駆け回る。以前のような必死さも感じられない軽快なステップは、彼女の事を知らない観客にすら多少の驚きを与えたのだった。




「あれ、初心者じゃないの?」

「いい動きしてるじゃん」


 口々に語る声が、試合を眺める早川の耳にも入ってくる。彼は内心ほくそ笑んでいた。


(見たか! これがつい一ヵ月前まで素人だった女子の動きだぞ!)


 フットワークを重視した指導。さらに麻衣の生まれ持った運動神経。そして、天見千佳との闘い。それによる精神の成長。

 いろいろな要素が上手く噛み合った。今の麻衣は、経験者相手だろうが、実力勝負の土俵に引きずり込める。それだけの力を持っているのだ。


(さあ驚け! うちの麻衣は、まだまだこんなものじゃないぜ!)


 早川は拳を固く握り締める。


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