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 第七格闘部に残っていた唯一の懸念も消えた。この日からもさらに試合に向けた練習は続き、時に倒れる寸前まで追い込まれ、時に精神的な焦りと闘いながら。第七格闘部の三人は己の限界を高め続けていった。


 特に成長著しかったのは由紀である。彼女は前回の試合からプレイスタイルの変更という重大な決断を行なったが、これが功を奏したのだ。


 ある日の練習にて、茜と由紀がスパーリングを行なっていた時のことだった。

 茜と他の二人では実力に決定的な開きがあるため、スパーリングでは茜が手加減をするのが暗黙の了解となっていた。そんな中茜が不意に


「由紀ちゃん、もっと積極的に距離を詰めて来て。今の由紀ちゃんならもう一歩踏み込んでも十分闘えるはず」


 と言ったのだ。


「でも、これ以上近づいたら相手のブローも届いちゃう距離ですよ?」

「それでいいんだよ。しっかりガードを固めて前に出て、相手が我慢しきれずに腕を出したところにカウンターを決めるの。きっと出来るよ」


 茜が自信ありげに語るのを見て、少し離れた場所で麻衣と練習をしていた早川も練習を中断して寄ってくる。


「どうかしたのか?」

「由紀ちゃん、私のストレートを大分見切れるようになったから、もっと強気で行ってもいいかなと思って」

「で、でも、見切ってるって言っても茜ちゃん手加減してますし」


 由紀がおずおずと口にすると、茜が軽い調子で答える。


「最初は手加減してたけど、今はしっかり打ってるんだよ」

「本当か、茜?」


 早川も驚いた様子で聞き返すが、茜はやはり強く頷くのみだった。


「茜にそこまで言わせるなら、本物なんだろう。由紀、予定とは大分違ってくるが、もっと近い距離での打ち合いを練習してみよう」

「……はい!」


 由紀ももともと攻撃的なスタイルを望んでいたため、この判断を承諾する。


「茜、麻衣の相手を代わってもらってもいいか」


 そう言って早川は早速由紀との特別練習を開始したのだ。


 その練習内容は、かなり接近した状態で早川のブローを処理し、そこからカウンターを狙う、というものだった。


「ストレート系のブローは左右の動きで避けることができる。だが、フック系の場合はそれじゃあまり具合がよくないな」


 早川がゆっくりと素振りをしてみせる。由紀はすぐにその意味を理解したようで難儀そうな表情を浮かべた。


 自分に向かって真っ直ぐ飛んでくる拳は、体ごと大きく左右に避ければかわすことができる。しかし、横薙ぎの軌道を描くブローは、左右の動きではかわせない。ならば上下? 由紀が屈んだりして身のこなしを試行錯誤していると、早川がこう続けた。


「屈んだりして避ける上下の動きは、少し難易度が高い。なぜなら上体の支えとなる強い足腰が必要になるからだ。今のお前じゃ厳しいだろう。同じ理由で前後の動きも不採用。つーわけで、現時点で無難なフックへの対処法は、これだろうな」


 早川は腕をたたんで自分の身を守る素振りをした。すなわち、ガードという策。


「ガードするだけ、ですか? それじゃあただ打たれてるだけで、カウンターできないんじゃ……」

「ちょっと打ってみ?」


 早川は由紀を挑発するように手招きする。フック系のブローを打ってこいと言っているのだ。


 由紀が半信半疑の面持ちで、習った事もない横薙ぎのブローをぎこちなく再現してみせる。由紀の拳がボディを固くガードした早川の腕に触れるや否や、彼はガードとは逆側の腕で素早くクイックブローを放ち、由紀の動きを硬直させる。


「わっ」

「ほら、今は当てなかったけど、これで十分カウンターになるだろ?」


 早川は当然のようにそう言って、腰に手を当てた。


「横からのブローは避けづらい分、打つ方も隙が大きいんだ。しっかりガードしてボディに正確に打ち返せば、3引く1で2点勝ち越しじゃないか。無理に避ける必要はないんだよ」


 かわして打ち返すだけがカウンターではない。詰まるところポイントの奪い合いであるベルヒットにおいて、得点の収支がプラスになるならばどんな立ち回りも正しいのだ。


「そして、前回の試合で苦しめられたあの戦法にも、確実な対処法がある」


 早川は続けて重心を低く落とし、上体をわずか後ろに引いて身構えた。由紀はそのフォームに見覚えがある。第三格闘部との練習試合において、由紀と対戦した相手選手が2ラウンド目から使用した戦術だ。

 

 ボディは固く守り後ろに引いて、足先だけで執拗に相手を攻撃する作戦は、足技に不慣れな初心者を戦慄させるものだった。

「その、対処法とは……?」

 由紀はごくりと唾を飲み込み、早川に先を促す。果たして、彼の口から放たれた言葉は

「とにかく前に突っ込むことだ」

「へ?」


 あまりに単純な答えに由紀は目を丸くする。早川は生徒に数学を教えるような調子で説明を続けた。


「考えてもみろ。こんな姿勢でろくに動き回れるか。その上、蹴りなんて上手く当てようが大抵1点だし、ブローよりもはるかに出が遅い。結局、逃げるだけの相手にしか通用しない戦い方なんだよ。相手がこんな姿勢を取っても慌てる必要はない。相手が蹴りを仕掛けてくる瞬間に懐に飛び込んで2、3発お見舞いして逃げれば勝てる」


 ミドルキックも混ざってくると話は違うけどな、と早川はさほど大事では無さそうに付け足した。ミドルキックを使いこなせる相手であれば、戦術云々以前に相当の実力差があると考えているからだった。


「そんなわけで、相手がどんな攻撃を仕掛けてきても対処する術はあるんだ。ベルヒットのカウンターはそういう技術の積み重ね。攻撃の起こりを見逃さず、最良の反撃を即座に判断し実行するのさ。試合までに基本的なものを叩き込んでいくぞ!」


「おおぉ、一騎お兄ちゃん、なんだかすっごく格闘部っぽいです!」


 感激して目をきらきらさせている由紀。

 そんな由紀と早川の様子を傍でちらりと見ながら、茜とスパーリング中の麻衣がこぼす。


「ふふ、由紀ったら調子いいみたいだね」


 嬉しそうに微笑む彼女の顔は、由紀の姉と言っても信じられるくらい大人びている。


「そうだね。ほんと、由紀ちゃんの成長の早さには驚かされるよ」


 向かい合う茜が同意して頷く。しかし同時に彼女は頭の中で、こんな事を考えてもいたのだ。


(本当に驚かされるのは、麻衣ちゃんの方だけどね……。ベルヒット初めて1ヶ月足らずだけど、もう下手な経験者より強いことは間違いない。おちおちしてたら、私もいつか抜かされちゃうかも……!)


 謙遜でもなんでもなく、本気でそう思っているのだった。


 初心者二人の上達に比べ、もともとが高レベルである茜の成長は客観的にはわかりづらい。しかし早川に言わせれば、彼女もまた急激な成長を遂げていた。


 以前天見千佳の協力を得て特訓したある技術。下半身のバネを利用し、全身を大きく揺さぶる事で相手の攻撃を困難にする新技。驚異的な吸収力をもって、彼女はすでにその技を習得しつつあった。


 早川は由紀の練習相手になりながら、部活全体のことを考えていた。


(由紀は、正直ここまで仕上がるとは思っていなかった。恥ずかしくない試合が出来ればと思っていたが、闘いようによっては十分勝ちも見えてきてる。茜は言わずもがなだし、麻衣は今すぐ試合に出しても結果を残すだろう……)


 次の試合における早川のプランは、もはや八割方固まっていた。三番手に榛原未来の相手として茜を出すことは確定として、残りの一、二番手に関しては少し小細工が必要なのだ。決まりごととして、二番手には一番手よりも強い選手を出すものなのだが、


(やはり、麻衣を一番手に出すのがいいか。そこで一勝をもぎ取り茜に託す。由紀を甘く見るわけじゃないが、運動部の経験がある麻衣と由紀とじゃ、ここ一番の勝負で信頼度が変わってくるしな……)


 第七格闘部の選手の強さなど周りは知らない。茜ほどはっきり差があるならまだしも、由紀と麻衣程度の差では傍からは判断しかねる。それを逆手にとって、最も弱い選手が出てくる一番手対決に、より勝てる見込みの高い麻衣を出す事が早川の狙いだった。


 このように、とにもかくにも彼ら第七格闘部は、仕上げの段階へと突入していた。


 練習内容は専らスパーリングや試合形式のものが主体となり、様々なタイプの相手選手を想定した練習も行なわれるようになった。


 榛原以外の相手に関しては情報がないため、本番ぶっつけ勝負で慌ててしまわぬよう、ある程度幅広いプレイスタイルに対応できるよう早川は苦心した。


 この頃になると由紀や麻衣のスタミナもかなり向上し、練習後に余力を見せられるだけの持久力が備わってきていた。


 すべては来るべき決戦のため。第七格闘部を守る、ただそれだけの意地のため。


 あっという間に時間は過ぎ去り運命の日はやってくる。

 三人のプライドと早川の威信をかけた、大勝負の日が。


 当日は朝から雨だった。

 明るい黄緑色の傘をさし、一人の少女が学校前の階段を早足で駆け上って行く。


 つやつやのショートヘアを揺らす彼女は広橋茜。その日は土曜日であり休日であったため、周りを見回しても学生の姿はほとんど見えない。見えるのは部活用のジャージや体操着に身を包んだ生徒達ばかりである。茜もまた白地のシャツの上に黒を基調としたジャンパーを羽織っていた。階段を上り終えた彼女はぬかるみや水溜りを避けながら玄関までたどり着く。


 玄関前の軒の下に入ると彼女は傘をたたみながら下ろし、コンクリートの地面をこつこつと叩いて滴を払った。傘のボタンを留めてから彼女は玄関の扉を開き、自分の靴箱代わりであるロッカーへと向かう。

 

 すぐに靴を履き替えて廊下に踏み込み、やや履き合わせの悪い上靴を手でいじってから小走りで部室へと急いだ。


 部室にたどり着いた彼女は中から話し声が聞こえることに気付く。集合時間ぎりぎりなのだから無理もない。とりあえず2回ほどノックをしてから


「おはよー」


 扉を開けながら茜は挨拶する。中には由紀、麻衣、早川がいた。到着したのは茜が最後だったのだ。


「おう、遅れなかったか」

「大事な試合の日に遅刻したりしないよー」


 実は遅刻常習犯で教員達から目を付けられている茜だが、ベルヒットに関する事は疎かにしないのだった。早川は呆れたように息をつく。


「ったく、毎日試合にしてやれば遅刻癖は直るのかね」

「いいねー、毎日試合なんて。夢みたい」


 掴みどころのない返答に脱力する早川を尻目に、由紀が茜へ話しかける。


「茜ちゃん。体育館行きました?」

「ううん、どして?」


 不思議そうに聞き返す茜に麻衣が説明する。


「びっくりするよ。体育館のど真ん中にフィールド設置して、周りにたくさん観客用の椅子が並べられてたんだ。こんなに大々的にやるつもりだったなんてね」


 そう言う彼女の顔はお世辞にも機嫌が良さそうには見えない。試合前特有のナーバスな雰囲気がひしひしと伝わってきていた。


「裏でどれだけ宣伝していたのかは知らんが、あの人数本当に集めてるんならとんでもない話だな。見に来るのは格闘部系列の生徒だけじゃないかもしれん」


 早川の言葉に茜は動揺するでもなく切り返す。


「もともと全校生徒の前でやるって言ってたじゃん。覚悟はしてるよ」

「そりゃあ良かった。こっちの二人は少しびびってるみたいだからな」

「うっ」


 麻衣と由紀は心境を早川に見透かされ、ばつが悪そうな顔をした。

 早川は笑いながら三人に言葉をかける。


「泣いても笑っても今日が勝負の日だ。自分のやってきた事しか出来ないんだから、せっかくだし楽しんでやればいい。大丈夫、お前らは見られて恥ずかしい試合なんてしないよ」


 由紀、麻衣、茜の三人は今までの練習を思い出すように小さく頷いて見せた。


「よし。今から体育館で軽くアップをして、もう一度だけ立ち回りの確認をするぞ。試合まで一時間切ってるからな。もう時間はないと思え」

「はい!」


 いよいよ試合直前。最終調整へと移っていく。


 着替えを済ませ体育館に移動した早川たちが目にしたのは、第六格闘部の直前練習だった。


 すでに会場設営は終わっており、並べられた多くの椅子の中心に試合のフィールドが設置されている。そのフィールド上で動きを確認していたのは、早川たちにとって宿命の相手、榛原未来だったのだ。


「練習してるよ、あいつ」


 麻衣が皆に聞こえるように言うと、早川が頷きながら


「ああ、少し見ただけでわかる。映像で見るよりも何倍も厄介そうな相手だ」


 茜すら神妙な面持ちで、言葉も発さず榛原の姿を注視していた。


 体育館には試合開始一時間前にも関わらずすでにいくらか人の姿がみえる。第六格闘部部員を除けば、そこにいるのは他の格闘部部員たちだけのようだ。


 実は、観客たちの本当の目当ては試合そのものではない。


 設置された椅子に腰かけながら言葉を交わしている彼女らの様子が、それを如実に物語っていた。早川たちが通路を通り抜けフィールドの傍まで行く途中に、こんな会話を耳にしたのだ。


「あれが榛原かー、さすがに特待生徒はレベルが違うね」

「ほんとほんと。どうして第六格闘部なんかに入ったのか謎だよ」

「今日は榛原の試合見にきたようなもんだしねぇ」

「相手の第七格闘部だっけ。ぶっちゃけ、勝ち目ないでしょ」


 などといって笑いあう生徒達。その脇を通り抜けながら由紀が口を開く。


「なんて言われてますけど」

「気にすんな。目にもの見せてやろうぜ」


 不満げな由紀をなだめるように早川が告げたのだった。


「それより練習の準備するぞ」


 はーい、と三人とも了解するが、その視線はついついある人物に集められてしまう。


 第六格闘部の中で異彩を放つ実力者、榛原未来。彼女と当たるのは茜一人なのだが、その特徴的なファイトスタイルに、彼女が全ての元凶である事も相まって視線は釘付けになってしまっていた。





 練習中の第六格闘部陣営にて


「あいつらこっち見てるねぇ、未来」


 榛原の練習相手としてフィールドに上がっていた甘和がそう伝える。甘和は以前茜たちとトラブルを起こし、試合が行なわれるもともとの原因を作った生徒である。


 甘和の問いかけに、榛原は身じろぎもせずぽつりと一言。


「……絶望が足りてない」

「は?」


 意味が分からず聞き返した甘和だった。榛原はスパーリング相手の甘和にじりじりと歩み寄りながら、どこまでも不機嫌そうな様子で続ける。


「なんであんなに生き生きとしてるんですか。許せない……」


 そのまま怒りを込めるように、高く掲げた右腕を振り下ろし叩きつける。相手の頭を狙う軌道で恐怖心を煽る、コンヴェルシ・ブローである。


「うあっ!」


 甘和は異常にキレのいいブローを浴びせられ身体を硬直させてしまう。榛原はその隙に華麗なステップで近づき、連打を浴びせて即座に距離を取る。


「私の手で絶望させてやる。二度と立ち直れないように……!」


 ぽつりと、恐ろしい事を呟く榛原だった。


 榛原が使いこなすのは反撃の余地を一切与えない攻撃的な回避技術。ヒットアンドアウェイを体現する芸術的な立ち回りに甘和は舌を巻いた。


(今日は悪い意味でノってる……。こりゃ、対戦相手はかわいそうだね)


 甘和は第七格闘部の部員を全員知っている。二人は全くの素人で、一人は経験者のハードヒッター。当然その情報は榛原にも伝えている。今回の試合で最も勝利を確信しているのは他ならぬ甘和本人だった。


(あの経験者のやつだって、うちの未来に敵うはずないんだ。それに万が一未来が負けたとしても、初心者二人にはどうやったって負けようがない。総合でうちが負けるのは100%あり得ないでしょ)


 脳内で嘯く甘和に、榛原は容赦なくコンヴェルシ・ブローを浴びせてくる。


「生まれて来たことを後悔させてやる……。あいつら全員……」


 うわ言のように漏らしながら攻め立てる榛原の様子は、見ていて狂気すら感じるものだった。


(ひぇー。未来、スイッチ入っちゃってるよー)


 なんとかその攻撃を受け流そうとする甘和だったが、あまりの威圧感に耐え切れず動転してしまっていた。そんな中ようやく、時間を計っていた生徒が練習終了の合図を出す。


(や、やっと終わったぁ~)


 甘和は胸を撫で下ろし、


「先輩、行きましょう」

「ん、あ、うん」


 榛原の後ろに寄り添ってフィールドを後にする。






 試合に出ない第六格闘部の部員たちが一斉に備品などを撤収し始める中、第七格闘部の面々は泰然たる足取りでその場から立ち去ろうとしていた。


 そこはある意味敵陣営の中心なのだが、早川たちは物怖じする様子もない。


「時間はそんなにないからな。部室戻って最終確認したらすぐに出るぞ」

「はい!」


 早川の指示に茜、由紀、麻衣の三人は元気よく返事する。試合を恐れるような素振りなど微塵も見せない。その様子は、宿敵である榛原未来にはあまり好ましく映らなかった。


 案の定、榛原はつかつかと第七格闘部の方へ近づいてきたのだった。


「……よう」


 早川が一応の礼儀として挨拶をすると、

 榛原は返事もせずにこんな事を言い放ったのだ。


「あと十分もすれば一般の生徒がたくさん体育館にやってきますよ。せいぜい全校生徒の前で恥かかないように頑張ってくださいね?」


 対して早川はそんな言葉も予想済みだったかのように切り返す。


「どうかな。恥かくのはそっちかもしれねえぞ?」

「……言ってろ、ザコ教師」


 憎らしげに吐き捨てる榛原の姿は、お世辞にも品行方正な理事長の娘とは言いがたい。

「未来、落ち着きなって。行くよ」


 榛原の後ろに立っていた生徒が彼女をなだめるように声をかけ、そのまま早川たちとすれ違おうとする。すれ違いざま、彼女の視線と早川たちの視線が交差した。


 その生徒は早川には見覚えのない相手だったが、茜や由紀、麻衣にとっては因縁の相手といっても過言ではない。二年の不良少女、甘和だった。


 甘和は由紀や麻衣と目が合うなり、ニヤリと意地悪く笑って告げる、


「あんたら二人、逃げるなら今のうちだよ? なんせ試合中に、『初心者です』なんて言い訳は通用しないからねぇ? あはははっ」


 榛原には及ばないまでもすこぶる意地の悪い甘和は、早川たちに冷ややかな目を向けながら榛原の肩を掴んで立ち去ろうとする。


 しかし早川はそんな彼女たちの去っていく背中に向けて、自信に満ちた声で言う。


「試合してみればわかるさ。こっちは逃げも隠れもしない。する必要ないからな」


 甘和と榛原が一瞬ぴくりと肩を震わせたが、これ以上言いあっても仕方ないと判断したのかそのまま歩いていってしまう。


「負けられないね」


 茜がぽつりと言い、由紀と麻衣は小さく頷いて同意する。

 早川も思っている事は同じだった。


 負けられない。自分たちのプライドのために。


 徐々に格闘部以外の学生達も体育館に集合してくる。試合の開始がそう先ではないという事を示唆するように。


 もはや後戻りする時期は逸した。

 それぞれの意地をかけた勝負まで、残り時間はあとわずか。


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