第一話、スティールフライヤー
テレビを点けると、世界の終末が迫っていた。
どこかのいかれた科学者が、とんでもない兵器を作り出したらしい。
顔面蒼白のニュースキャスターが、まるで戦場のようなニューヨークをバックにして絶叫する。
私はうんざりした気持ちでチャンネルを替えた。
でも、どのチャンネルにしてもそのニュースのことしかやっていない。
テレビの中では、軍が、ヒーローが、血だらけになりながらその兵器を食い止める。
もちろん、それは作られた映像ではない。本当に起きていることだ。
ビルが崩れ、道路が薄い氷のようにバリバリと割れる。あちこちで煙と火が昇り、所々で何かが爆発する。
軍の最新兵器が、宇宙から来たスーパーヒーローが、突然変異のミュータント達が、一進一退の攻防を繰り広げる。
「・・・・・・・・。」
私は、ぶっちゃけ億劫だった。
どうせ、この戦いが終わったら、彼らは私を責めるに決まってる。
私が何をしたっていうの?私は何もしていない。ただテレビを見ていただけ。
悪いのはあの悪趣味な破壊兵器を作った科学者。あの科学者だけが責められるべき。
そう、私は何もしていない。そう、ただ、テレビを見ていただけ。
なのに、なんであいつらは私を責めるのか。
次の日、朝起きてテレビをつけると、戦いは終わっていた。ヒーロー達の勝利らしい。
ただ、もちろん犠牲者の数も戦いの規模に合わせて甚大だった。
ギリギリの勝利を収めたヒーロー達は、被害を最小限に抑え切れなかったことを後悔しているらしい。
ああ、もう、うんざりだ。
筋骨隆々の、巻き毛の巨人がうつむいて苦しそうな顔をする。
その口から、ああ、やっぱり、そうなるんだね。
「私達は、もっと、犠牲者を少なくする事ができたハズだ。街の被害もだ。ただ、それはできなかった。
なぜなら、・・・・・。・・・。」
巻き毛の巨人は申し訳なさそうに考え込む。言いたくないなら言わなければいいのに。
「『彼ら』の協力さえ得られていれば、被害はもっと少なくて済んだハズだ。
『アラネ・イシア』、『バグベアー・ザ・ハリアー』、彼ら二人の・・・・」
やっぱりそうなるのね。まあ、分かっていた事だけど。
私は何もしていない。ただ、テレビを見ていただけ。
なのになんで私が責められるのか。
私は何もしていない。なら、責められることなんて何も無いハズだ。
でも、世界は私を責める。なんで救わなかったととことん責める。
地球で死んだら全て私のせい。地球の犯罪は全て私のせい。私さえいれば、私さえその気になれば全て救えたと皆が言う。
私が何もしないのは、とんでもない巨悪だと真顔で言う人までいる。
そんなに言うなら、いっそ世界中の人間の脳を焼ききってしまおうか。そうすれば平和になるんじゃない?
争いも無い、悲しみも無い、犯罪も、裁判も、大統領も環境汚染も無い。ああ、なんて静かで素晴らしい世界。
でも、私は何もしない。私を巨悪と呼びたいなら呼べばいい。
私は、誰も殺してなんかいないはずなのに。
私は、何もやっていないはずなのに。
私は、ただここにいるだけなのに。
私の名前は「アラネ・イシア」
地球最強の超能力者。
人によっては、私をこう呼ぶ人もいる
---ミニミニマンハッタン---
すがすがしい朝だった。
どこかで先進国の都市一つが壊滅したらしいが、そこから遠く離れたここは平和そのものだ。
俺は、毎朝指定された場所に届く朝食のお盆を受け取り、奴のいる居間へと向かった。
この家は、娘一人が住むにはあまりにも豪勢な家だった。
しかし、その肝心の娘はその豪勢な家のほとんどの部屋をおもちゃやゲーム、漫画や雑誌で埋め尽くし、
自分は中くらいの広さの居間にばかりいて、まあ、家を有効活用しているのかしていないのか少し判断に困る使い方ではあった。
しかし、家以上に豪勢なのは庭だった。
いや、庭というよりは森なんだろうけど。
その森は、広さもさることながらとにかく派手な森だった。
何が派手かというと、まあ、主に火薬とか光学兵器の光で。
今日は、あんなことがあった後のためか、いつにも増して騒がしい。
ああ、お嬢が気を悪くする前に、朝食を届け終わったらちょっと行って鎮めてこよう。
「イシア、入るぞ」
イシアの横顔は、いつにも増して不機嫌そのものだった。
まあ、だいたい原因は分かっている。
今回ばかりは、さすがに『彼』もしつこかった。
しかし、イシアの奴もそれ以上に決心が固かった。
温厚なハズの『彼』が、血相を変えてどなりちらすも、イシアはガン無視だった。
ついに我慢できなくなった『彼』は、とうとうその手を振り上げた・・・が、次の瞬間には『彼』・・・、いや、鋼鉄の巨人の姿はどこにも無かった。
その時のイシアの顔はとても悲しそうだった。
今まで数少ない理解者の一人でもあった『彼』との不破、そしで絶交、拒絶。
かつて、イシアはあの鋼鉄の巨人を尊敬し、一時はまるで実の父のように慕っていた。
しかし、そんな関係も昨日で・・・・、いや、もっと前から終わってはいたか。
彼女がこうして「何もしない」と決め込んだあの日から。
だが、俺にも分からない。
イシアなら、ほんの数分もあればあの兵器を跡形も無く消滅させることは簡単にできただろう。
なのに、イシアはそれを頑として拒んだ。
何故そこまでしてまで正義に加担することを拒むのか、俺には全然分からなかった。
「イシア、朝飯ここに置いておくぞ。」
イシアは無言だった。俺の方を見ようともしない。
見た目だけ見るとただの小さい女の子だが、もちろん彼女はそんな存在ではない。
人間とか、天災とかすらも通り越して、『世界』と肩を並べる存在だと言う人もいる。
もしくは世界そのものすら圧倒できるとも・・・。
ただ、まあ俺だけにとってはただの・・・といえるかは正直アレだが、少し強い女の子でしかなかった。
「イシア、ちょっと外の奴ら追い返してくる。」
どうせ返事は無いだろう。俺は返事を待たずに外の森へと飛び出した。
庭の掃除には1分もかからなかった。
なんとも歯ごたえの無い連中だった。
俺の名前は『バグベアー・ザ・ハリアー』
金属生命体と有機生命体がちょうど等しく存在する今の地球で、有機生命体の中で最強の存在が今朝食のパンをもそもそと食ってるそこのイシアであるとするなら、その横でPCにかじりついて
最近発売された「りあるたいむすてらとじー」とやらに熱中している俺が金属生命体の中で最強の存在である。
まあ、俺としても何も好きでゲームの世界でこんな百万都市なんか作ったりして遊んでるわけではない。
最初は、不服だった。俺も、父のように最強の戦士として歴史に名を残すハズだった。
しかし、俺に課せられた使命は、そこの超能力者、『アラネ・イシア』、通称『ミニミニマンハッタン』の監視、制御であった。
監視や制御といっても、何もそこまでああだこうだ干渉はせず、ただもし彼女のその力が暴走したりして世界を滅ぼすようなことになりそうだったら、速やかになんとかして止める・・・くらいの任務である。
別に、イシアが何か世の為人のために能力を使うなら、好きにやらせるつもりなのだが、生憎彼女はどちらもする気が無いらしい。
そのおかげで、最強の戦士である俺は今、猛烈に暇だった。
なにせ、万が一の確率でイシアの超能力が暴走した時、それに耐えられるのは俺しかいない(らしい)ので、他に誰か代役を頼むわけにもいかない、なおかつイシアから離れたり目を離すこともできないので、
昨日も世界が滅びそうなのを横目に最強の戦士である俺はパソコンでネットサーフィンなんかをして暇を潰すくらいしかできない、という有様だった。
「敵さんこっちまで来ないかなー^^来ないよなー^^;」
とかツイッターで非常識な事を呟いてみたら非難轟々だった。
それはそれはすさまじい非難とリツイートの嵐だった。いやほんと申し訳なく思っています。ほんと。
何万RT行っただろう。というか昨日あれだけの被害だったのによくサーバー落なかったなツイッター。というかよく破壊されなかったな。
まったく、歴史に名を残すのを夢にしていた小さい頃の俺が、もう半分最近流行のひきこもりニートのようになって、なおかつそこのいつも不機嫌で貧乳でつるぺたな女の子の世話係&庭掃除係&雑用係で、
この手入れのされていないせいで薄汚れた豪邸の隅で、女の子が好きそうなかわいいキャラクターグッズに埋もれたPCで死んだ魚のような目をして暇な時間はいつもゲームしていると知ったらきっと泣くだろう。
いや、おれ自身既に半泣きである。ちくしょう。ちくせう。マジ泣ける。つるぺたなんて真っ当に生きていくならば決して使わないような単語いつ覚えたんだよマジ・・・。
まあ、考え方によっては世界を破滅から救う可能性もある任務なのだが、それにしたってあんまりな状態である。
「・・・・・ん?」
なんだ、誰かからメールだ。
『彼』からだ。なんだろう・・・・?
『・・・・・・・。』
『バグベアー・ザ・ハリアー君、君には『彼女』と違って、世界を、人々を救いたいという確固たる意思があるはずだ。』
まあ、ある・・・と言えばあるんじゃないかなぁ・・・。
『君の、その力を『彼女』の見張りのためだけに使い無駄にするのは非常に惜しい。『彼女』にはもう世界も、人々ももうどうでもいいのだ。私には分かる。』
・・・・・・・。え?
さあ、それはどう・・・なんだろうか。
確かに、あの日を境にイシアは世界に対して干渉することをやめた。
でも、それにはアイツなりの何か理由があるんじゃないのか・・・・?
『彼女を生かしておいても、もう人類には何も益は無いハズだ。君さえ、君さえ我等の仲間になり、その力を最大限に活かすことができれば、もっと、世界から暴力や、暴君、狂気、悲運の死を討ち滅ぼすことができるはずだ。』
『今こそ、君がかつて夢見ていた世界最強の戦士として戦場に立ち、歴史にその名を残すべきだ。さあ、今すぐ君を縛っている『枷』をその手で打ち砕き、君は自由になるべきなのだ。さあ・・・』
「・・・・。」
とんでもない内容のメールだった。つまりは、俺にイシアを殺して世界の為に戦えという事である。
確かに、昨日だってイシアさえいなければ、俺はすぐにでも戦場に駆けつけて、あの事態をもっと早く収めることができた。
だけど、それで本当に・・・俺は本当にそれでいいのか・・・?
「『まさかあなたがそういうことを言う人だとは思ってもいませんでした。その件については絶対にお断りします。』・・・、っと。送信」
一瞬の逡巡の後、俺は『彼』にメールを返信した。
・・・・・、しかし、今まで同じような策略で俺に近付いてくる人間は何人かいたが、まさか『彼』からそんな考えを聞くとは予想外だった。
「・・・・・、驚いたな、まさかあの高潔で誇り高い『彼』があんな事を言うなんて・・・。今回のことはかなり決定的だったみたいだな・・・。」
俺は、重い気持ちでイシアに目を向ける。イシアは、ソファで眠っていた。
眠っている姿を見ると、本当にただの女の子でしかない。
「・・・・・。この子は、何でこんなにも恨まれるんだろうな・・・。ただ、生まれつきとんでもない力を持っていたというだけで、恐れられ、求められる。」
「何でもできる、から、何もしないということは見殺しも同じ・・・。それは、本当に、そうなんだろうか・・・。」
「たしかに、それはある意味正しいのかもしれない・・・でも、なんていうかなぁ。あー、くっそ分かんねえ。」
俺の心の中に、煮え切らない何かが溜まっていく。
俺には、彼女には言ってはいないが、もう一つ、ある人から与えられた任務があった。
それは、『イシアを守り、幸せにする』という任務が。
その任務を果たすのは、きっと困難を極めるだろう。
しかし、俺は果たさなくてはならない。たとえどんな困難があろうとも。
・・・・最初は、こんな化物を一体何から守るのかと思った。
・・・・最初は、こんな全知全能の神が一体どうやったら不幸になるのだろう、と思った。
しかし、彼女は傷ついている。身体ではなく、その心が。
そして、全知全能の神は、孤独という名の不幸を背負っていた。
俺には、果たして彼女を守り抜くことができるのだろうか。
俺は、最初に出会った時から一度も見ていない、この少女の笑顔を見ることができるだろうか。
俺は、ほこりっぽい薄汚れた窓から美しい空を見上げ、そしてそこにいたあるものを見つけこう呟いた。
「スティールフライヤー・・・・。」
そこにいたのは空飛ぶ青い巨人。『スティールフライヤー』。
彼は、挑戦的にこちらを見下ろすと、
「宣戦布告」
とだけ言ってどこかへと飛び去って行った。
ついに、ついに『彼』と対峙することになってしまった。
最強の戦士、『バグベアー・ザ・ハリアー』の心には、不安と、どこに向ければいいか分からない、怒りと悲しみの感情だけがあった・・・。