wonder(LAST)
「じゃ、俺ぁフツーじゃねーっつーこった! おめぇはご主人様じゃねぇ! そして俺は誰の魔神でもねぇ。それは揺るぎない事実。わかったかコラ!」
「わ、わかりました」
「わかったらツベコベ言ってねーでとっとと願い事言えよ! 残り時間はどんどん減って行くぞ、コラァ!」
ううう、なんで俺はこう、夢の中でさえもツイて無いんだ……そうだ、適当な事言ってはやく帰って貰おう。
「あ、あの、今日、おれ犬のウンコ踏んで、ゲロ吐いて、ウンコ洩らしちゃったんですけど……」
「ほぅ、おめぇ、なかなか昨今お目にかかれねぇほど悲惨なドン底マヌケヤローだな」
この、自称魔神のオヤジのこの底意地の悪い笑顔。態度。……思い出した! 『乃利子』に行く道すがら稀に垣間見る、鳥肌が立つ程美しいママの居るスナック、確かディアマンテとか言ったっけ……あのママの亭主じゃねーか! 何で俺の夢に入り込んでくるんだよぉ! どうせなら、あの美人ママが出てきてくれればいいのに! つくづく俺のマヌケ!
「ほれ、早く言えよ、マジで俺行っちゃうよ?」
「は、はいはい、それで、そのゲロもウンコも俺の大事なダンクで踏んだ犬の糞も無かった事にしてください。そしてとっとと俺の夢から出てって下さい」
「ほぅ……、確かにそれで既に3つになっちまってっけど、おめぇ、見かけ通りに肝っ玉のちっちぇヤツだな。そしてムカつく程のツイてなさ加減……、気に入ったぜ! カネが欲しいとか、アイドル歌手とデートとか言ったらブッ飛ばしてやろうかと思ってたんだがな。よし! あんちゃん、特別サービスで、もう一個願いを叶えてやらぁ。言ってみろ。ホレ」
なんなんだよ、願い事えり好みすんのかよ? つーか、ルールぐだぐだじゃん。もう、メンドクセーなぁ……
「じゃぁ、お言葉に甘えて……いいスか?」
「おう、いいぜ。言ってみな」
「日本全国からヴァレンタインデーなる糞イベントを、未来永劫撲滅排除してくれますか?」
「なんだそりゃ? そんなことでおめぇ幸せになれんのか?」
「なにが幸せでなにが不幸せかなんてもう、わかんないス。どうでもいいんですよ! 不幸な気持ちになりさえしなければいいんです。もはや、幸せになるなんて大それた事望みません!」
つーか、もう、頼むから眠らせてくれ……
「よくわかんねー理屈だけど、おめぇのネガ根性、気に入ったから叶えといてやるよ。じゃーな。コタツで寝て風邪ひくんじゃねーぞ青年!」
オッサンはまさに雲散霧消、霧が晴れるのと同時に消えてなくなった。後には赤と白と金でデザイニングされた缶カラが残されていた。現実なのか、夢だったのかもはや判断不可能なほど凄まじい疲労が全身に覆いかぶさっていた。
俺は泥のように眠りに就いた。
携帯電話のアラームがいつものように7:00に俺を起こす。
台所には母親が、味噌汁と、昨夜のオカズだったのであろう、トンカツを用意してくれている。ボソっと朝の挨拶を交わし、ダバダバとソースをかける。モリモリと朝からトンカツ。
おおぉ、美味いなぁ……あったけぇ味噌汁に白いゴハン。なにかと苦労かけてる父母と健康な胃袋に感謝。これ以上の幸せなんて望んだらバチが当たるだろ?
「いってきまぁす……」
いつもの時間にいつもの恰好でお気に入りのダンクを履き、いざ出勤! ん? んんっ……? …………ちょっとタンマ、ちょ待って、……ゲロとウンコまみれだった筈だよね…… 俺は振り返って母親に尋ねる。
「おふくろ、おれの靴洗ってくれたの?」
「は? なんで? 洗ってないけど……」
俺は、急いで昨夜糞を踏んだ場所に走った。何故だろう、二日酔い確実のはずが、有り得ない程身体が軽い……
現場に到着した。「無い……」ゲロも犬のクソも俺のクソも……………… …………
…………………… ……………… …………………… ………………
俺は二月の、凛と透き通った空を仰ぎ声の限りに喚いた。
「オジサン! 頼むからもう一回出て来てぇええええええええええええええええ!」
了
拙作、読んで頂いた方々に感謝しつつ『泡沫の魔神』はこれにておしまいです。次回作でまたお会い出来る日が来る事を祈りつつ、さようなら〜




