anger (2)
この街の寂れた商店街の外れ、古くてボロっちい居酒屋『乃利子』の、木の引き戸の隙間から流れ込む細い風が尚の事寒さを募らせる土間に、一体どれ程の悲しみの涙や恨みや怒りが吸い込まれて来たのだろう。そして、今の俺のようなもてない男達の苛立ちの貧乏ゆすりをどれだけ吸収してきたのだろうなどと、したたか毒づき過ぎて毒づくネタも希薄になった俺は、斯様にセンチメンタルなことを考えながら、発泡酒の入ったジョッキ片手に、読み捨てられる雑誌の頁を所在なく繰っている。トイ面でひたすらケータイアプリかなんか知らないが、レヴェル上げとやらに余念がないデブで不細工な毒男仲間に毒づく。
「君も、資本家の策略にまんまと嵌められた、愚鈍で魯鈍な白痴っぷりはチョコレートまみれの馬鹿豚女共と大差無ぇな」
「は? ロンドン? 興味ねぇし……」
とケータイをたたみ、たった今焼けたばかりの砂肝の串を縦食いする。
「おい、串を縦で食うなよ。馬鹿」
「は? なんでそんなことで馬鹿呼ばわりされなきゃなんねぇんだよ。糞馬鹿野郎」
時として、馬鹿野郎というワードが『以上。次どうぞ』に相当する我々の会話。コイツと俺の間ではこんなカンジが通常のコミュニケイションだが、隣近所に居合わせた客は、枯れ木のようなヤセっぽちの天然パーマと、地肌の透けた直毛がアブラでぺたぁあっとした総髪デブが醜く諍っているシーンにたいそう辟易とした様子なのが俺には小気味良い。
「串モンはこう、横から齧るのがフツウでしょ? トンガった物を縦にしてワザワザ危険度アップさせるって、馬鹿でしょ! 白痴でしょ!」
「大きなお世話じゃねぇ? つーか、イマサラ? 勝手だろうが! 馬鹿」
そういいながらデブはまたもや、更に深く串を口に入れる。
「ワザとだね? それ今ワザとだよね、……精神衛生上よくねえんだよ! バッキャロウ!」俺としたことがついつい覇王色の効いた怒気のオーラを纏ってしまう。
「……おめぇ、仕事場でもそんなんだろ……、だからいつまでたってもチョコも女もゲット出来ねぇわけさ」
「お、お前に言われたくねー、というか、職場じゃ誰とも喋らねーわ」
「誰も喋ってくれねー。だろ?」
デブは厚ぼったい瞼の中の白目の多い眼球で底意地悪く俺の硝子の心臓を射抜く
「おぉ、おい、そ、それ以上はシャレになんねぇぞ……」
あーぁ、いっちゃった! 言っちゃったよコイツ。いくら親しくても触れて良いキズとだめなキズはワキマエテ欲しいもんだよねぇなどと思いつつ、一瞬、ほんの一瞬、殺意が湧く。赤黒いマグマが眼窩から溢れ出すような激情を、独り者で見栄っ張りで小心者の性根が一瞬にして収束に導く。デブにしても同病相哀れむで、そんな俺の心情は手に取るように理解している様子なのが甚だ業腹だ。
周りの客は、このガリとデブが早く殺し合いでも初めてあわよくば共倒れにでもなり、些少なりともこの辺の無駄な酸素消費量が減少すればよいとでも思っているのであろうが、そうは問屋が卸さないぜ。




