ぷろろーぐ
たわけた書き物を適当なペースで投稿していきます。
万が一まともに読んだ方がいたとしたら、申し訳なさで一杯です。
洗練された装飾に彩られる広い城内に、突如として緊迫した声が響き渡る。
声の調子からして、またガンドールあたりが振り回されて騒いでいるのだろう。
いずれにしても俺には関係の無い事だ。
ところが、声はどんどんこちらに近づいてくる。それどころか、どうも俺の名を呼んでいるように聞こえた。
「フランフィール様! フランフィール様は何処に?」
何か不測の事態でもあったのだろう。甲高い声色の中に焦りが混じっているのがよく解る。
それに大魔王様直属の側近であるガンドールとはいえ、俺に要件がある事自体が珍しいことだった。
何しろ俺は、この大魔王軍における№2の実力者フランフィール・ダルバッド。そうそうの事が無い限り、駆り出される事などなかった。あるとしたら年数回ある行事ぐらいだろうが、そういう季節でもないし、何よりこのように慌てる内容とは思えない。
「どうしたというのだガンドール? そのように取り乱して……」
探している当人が目の前にいるというのに目もくれず、その前を横切っていこうとするガンドールに向かって呼びかけた。
「ああ、こんなところにいたのですか! 大変なのですフランフィール様! 一大事でございます」
小走りで近寄ってきたガンドールは、その小柄な身体を精一杯に使って跳躍し、事態が如何に大事であるかを訴えかけてきた。飛び跳ねるごとに淡い緑色の長髪が上下に揺れ、さながら不吉な森を彷彿とさせる。なるほど、訴える動作としてはそれなりに効果があった。
「一体どうしたというのだ? それは俺が対応しなければならない程の事なのか?」
フランフィールはどうせ大した事ではなかろうとタカを括っていたのだが、ガンドールから出た回答は見事にその想像を裏切った。
「それはそうですよ! 何しろ、大魔王様が姿をくらましてしまったのですから!」
大魔王様が姿を消した? 何の冗談だそれは、子供の家出じゃあるまいし……。
「それと、大魔王様の玉座にこのような書置きが……」
ガンドールはおもむろに懐から紙面を取り出し、フランフィールに手渡した。
親愛なるフランフィールへ
私はもう色々と疲れました。日々私が座る玉座はごてごてしく装飾され、見た目通りとても硬く、ケツの痛みは限界です。回復魔法も気休め程度の効果しかなくなりました。
思えば、この言いたい事が言えない性格が災いし、大魔王などという職を永らく務めて参りましたが、ケツの痛みには抗えません。
しかし、皆は私の退陣を許さないでしょう。
そして、私はケツが痛いなどと、とても皆の前では言い出せそうにありません。
そこで大変申し訳ないのですが、後任は貴方に任せる事にして、私は旅に出ることにします。
貴方なら分かりますね? ケツを癒す旅です。
どうか私の身勝手を許して下さい。貴方ならきっとうまくいきます。
あと、できれば探さないで下さい。追手とか差し向けないで下さい。
万が一、追手がきた場合、私は全力で殲滅するでしょう。
それではごきげんよう。
元大魔王、デルゴロブより。
「一体なんだこれは……? ケツの事ばかりではないか」
「そうなのです。大魔王様は、臀部に激しい痛みを抱えながら、それをひた隠して職務に就いておられたようなのです」
「まあ、一旦それは置いておこう、問題は、この馬鹿をどうやって連れ戻すかということだ」
「!? 恐れ多くも大魔王様を馬鹿呼ばわりですと!? いかにフランフィール様とはいえ、許しませんぞ!」
ガンドールは顔を真っ赤にしながら講義した。
「ええい、馬鹿を馬鹿といって何が悪い! 何がケツを癒す旅だ! 大体、あいつのヘタレぶりに散々振り回されていたのはお前ではないか!? こうまでされて何とも思わないのか!?」
「! ……ほんの少し、確かに思う所はありますが……」
「ガンドールよ、自分に正直になるのだ、そなたはまだ若く美しい、忠誠を誓うなら、なにも大魔王に限らずとも良いのだ」
「フランフィール様……」
「と、いうわけでだな、俺は大魔王を連れ戻しにいくから、その間、代理を頼む」
「一体何をお考えで!? 大魔王様はおろか、フランフィール様までいなくなられては魔界の秩序は保てません! ましてや私に代理など務まるはずがございません」
「仕方がなかろう、いかにケツが弱っていようと、相手は大魔王だ。恐らく俺以外でまともに渡り合える者などおるまい」
事実、大魔王とフランフィールは直接闘った事こそなかったが、魔力だけで言えば拮抗していると目されている。そして、その二人に追随するものなど、魔界広しと言えど誰一人いないのが現状だ。
「なに、どうせすぐに連れ戻せるだろう、知っての通り大魔王様は極端な世間知らずだ、今頃椅子に座ることもできずに途方に暮れているだろう」
ガンドールは不承不承ながら納得するしかなかった。
「分かりました……、それでは、フランフィール様はいつ発たれるのですが?」
「すぐにでも城を出るつもりだ、何といっても移動魔法を完全にマスターされると厄介だ。その前に封印拘束しなければならないから、早いに越したことはない」
「そうですか……、フランフィール様、やはり一時的とはいえ、私には魔王の座を務めるのは難しいように思います」
「ならばどうするというのだ、私に留まれとでも言うのか?」
「いいえ、この際〝エトランゼ〟を呼び出してみようかと……」
フランフィールは一考する。なるほど、一か八かその手があったか。
異界に漂う強者を現界させる秘術、それによって呼び出された者は〝エトランゼ〟と呼ばれ、かつて呼び出された〝エトランゼ〟は魔界に多大な益をもたらしたとされる。だが、大魔王の存在自体を脅かしかねないその特殊な性質の為、エトランゼの呼び出しは、俺か大魔王の許可なしに行うことはできない。そう考えるとこの場を置いて他に相応しい場面もないか。だが〝エトランゼ〟を呼び出せるのは超高度の技術を習得した術士においてさえ生涯一度のみとされる。
今の軍にガンドール並みの術士がいるとは聞いた覚えがない。つまり呼び出しが失敗すれば当然次はないという事だ。
とは言え、呼び出される〝エトランゼ〟に興味もある。数千年来の秘術なのだ。
「よかろう、〝エトランゼ〟の呼び出しを許可する」
「ありがとうございます、それでは早速儀式の準備に取り掛かります」
そう言うとガンドールは嬉しそうに来た時同様の小走りで去っていった。
数刻後。
異様な程に静まりきった魔王城のホールを、無数に編まれた超密度の魔術式が一定の速度で駆け巡っていた。
ガンドールによる〝エトランゼ〟を呼び出す術式が整ったのだ。
「用意は済んだようだな、それでははじめてくれ」
「はい、それでは、これより〝エトランゼ〟を呼び出します」
フランフィールの胸は何故か躍っていた。ガンドールも同じだろう。何しろ、このように幻想的な秘術など、最近ではめっきり試すことがなかったからだ。
「虚無より出し、無限の存在よ、幻想より生まれし強大なるものよ、今こそ顕現し、我らの同朋とならん!」
ガンドールがシンプルな詠唱を終えると、ホールを巡っていた術式が一定の場所へと収束し始め、その場に何かを形造りはじめた。
「これが秘術、えらく簡単だったな……」
フランフィールは肩透かしを食らったような思いだったが、ガンドールは術の成功に大喜びしていた。
「フランフィール様! やりました! あれがエトランゼですよ!」
術式が収束した先に形作られていたのは、光り輝く人型だった。
「まだ顕現化が安定していないのではないか? 眩しくて直視できないのだが」
「そうですね……、ですが、今のところ放っておくしかありませんし……」
そうして、二人そろってしばらく様子を見ていると、輝く人型は急にその輝きを失い始めた。やがて現れたのは、異様な軽装の若い人間の男だった。
男が困惑しながら小さく呟く。
「一体、何が起こったんだこりゃあ……、俺は夢でも見てんのか?」
よく見ればその人間の男は、上半身は裸で汗だくになっており、下半身と足部分にしか布を纏っていない。まるで何かの儀式の途中だったかのうように見えるが、それが何の途中だったのか呼び出した二人には分からなかった。
「〝エトランゼ〟ですよね? はじめまして、私はあなたを呼び出したガンドールと言います、そしてこちらはフランフィール様です。ええと、どうぞ宜しくお願いします」
人間の男は状況が呑み込めていないのか、辺りをしきりに見回して警戒している。こちらの言葉も耳に入っていないようだ。
「どうしたというのだ? 主は、その……〝エトランゼ〟なのだろう?」
フランフィールは痺れを切らして疑問をぶつけてみた。
「〝エトランゼ〟? なんなんだいそりゃあ……、俺は〝ボクサー″だ、それにおたくらは一体何者だ? それにここはどこだ?」
本格的に分からなくなった。この人間はエトランゼではない? 一体どういう事か。間違いなく呼び出しには成功しているはずだ。しかし当の本人は〝ボクサー″などと聞いたこともない固有名詞を名乗りだした。
「ガンドールよ、〝ボクサー″とは一体なんだ?」
「申し訳ありません、フランフィール様、私には聞き覚えがございません」
ガンドールも酷く動揺し、その〝ボクサー″と名乗った人間を怯えた目で凝視している。
「ふむ、それでは〝ボクサー″とやらよ、いずれにしても貴様はここで自分の実力を示さねばならない、分かるな? ここでは強さが全てなのだ」
フランフィールは動揺を悟られないよう努めて冷静に語った。
「? どういう事だい? なんだ、要はあんたをぶっ倒せば、今の状況を懇切丁寧に教えてくれるってことかい?」
「いかにも、それができたのならな」
ガンドールは二人のやりとりを見て狼狽えるばかりだった。まさかフランフィールが破れるとは思えないが、〝ボクサー″の実力はあまりに未知数。それに、ただの人間にしては〝ボクサー″の身体は異質に映った。
「なるほどな、意味も状況も分からないが、手加減はしねえぜ。俺が過ごしている日常も、強さが全てである事は同じなんでな!」
そう言うや否や〝ボクサー″はフランフィールに向かって突っ掛ける。
勿論、フランフィールはいつでも迎撃できるよう体制を整えていたし、一瞬たりとも〝ボクサー″から目を離さなかった。当然、構えようともした。
だが、〝ボクサー″の前進はフランフィールの認識を遥かに越えた速度で行われた。
気付いた時には既に遅く、構える間もなく顔面に右拳が叩きこまれる。
「!?」
予想外のダメージに困惑するフランフィールは、一度離れてもう一度体制を立て直そうとするが、〝ボクサー″の追撃がそれを許さず、一瞬のうちに滅多打ちにされる。
「(何だこいつ!? 早すぎる! それに魔法一つ使わんのか!? とにかく一旦離れねば!)」
滅多打ちにされながらもフランフィールは自身に回復の魔法を唱えつつ、同時に中空に大規模爆発の炎術魔法を仕掛ける。
「滅しよ!!」
炎術魔法を発動させたフランフィールは、これを機に距離を保って反撃していこうと考えていたが。
「しゃらくせえ!!」
〝ボクサー″の突進は止まず、尚も間合いを詰めてフランフィールを追いつめようとする。
「(こやつ、魔法が効かないのか!?)」
慌てながらも簡易の移動術式を形成する事に成功し、〝ボクサー″から離れることには成功するフランフィール。
気が付けば、いつ以来か分からない程、大きなダメージを負っていた。恐らく〝ボクサー″の拳には、特別大きな付加属性があるのだろう。そうでもなければ、ただ殴られた程度でダメージを受けるはずもない。
「まさかここまでとは、さすがだ、貴様を〝エトランゼ〟と認めよう。……いや〝ボクサー″というのか、次で私の攻撃は最期だ、受けてみよ! そして貴様の力全てを見せてみろ!」
フランフィールの全身を青い術式が包み、召喚術を練り上げる。
召喚されたのは、かつて数々の戦場を蹂躙してきた、禍々しく巨大な邪神竜だった。
「ちっ! こんなん出されちゃあ仕方ねえ、俺のとっておきで迎え撃ってやる!」
〝ボクサー″はそう叫ぶと、拳を大きく振りかぶった姿勢で、数回、深い呼吸を繰り返した。
邪神竜はフランフィールの施した強化の付加属性により、より凶悪な力を増して〝ボクサー″に襲いかかる。
「こぉれでも喰らいやがれ!このデカブツ野郎ぉ!!!」
絶叫する〝ボクサー″が渾身の力を込めて放った拳から、謎の破壊光線が怒濤の勢いで噴出された。
破壊光線は、邪神竜を打ち貫き、バラバラに解体してく。
膝をついて唖然とするフランフィールをよそに、邪神竜は呆気なく消滅していった。
「な、何という……」
最早言葉にならなかった。何の術式も編まずに、あのような強大な光線を放つなどありえない。
夥しい煙を払いながら〝ボクサー″が眼前に現れフランフィールに言い放つ。
「この力が俺……、このイシマツの〝ボクシング″だ!!」