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「――本日の日程確認は以上よ。各人、粛々と自分の業務を果たすように。くれぐれも無礼などないように、王宮で働く侍女としての自覚を持って行動して」
侍女長が普段よりも二割増しくらいの厳しい表情で、背筋を伸ばして横一列に並ぶ私達に告げる。まだ夜も明け切らぬ頃に行われる朝会は毎日あることだが、今日は特別な日程で動く日であるため、今私達が居並ぶ第ニ控え室も普段の二割増しくらい緊張感が漂っていた。
結局、ラディの話以上の情報を集めることも出来ずに、王子殿下来訪の日が来てしまった。情報不足は否めないが、それも仕方ない。ここまできたら、後は本人同士がどんな感想を抱き合うかだけが問題だ。
侍女仲間と共に大きく返事をして、ぞろぞろと第二控え室を出る。
当たり前のことではあるが、仲間達に比べて私の今日の忙しさは群を抜く。いや、今日だけでなく、婚約者殿の滞在期間の三日間と言うべきか。仮にも隣国の王族の来訪でも、一応は懇親会という名目なので、その期間が短いのがせめてもの救いだろう。
廊下に続く窓から、薄っすらとした紫に色づいた空をぼんやりと眺めつつ廊下を歩いていると、リゼッタ様を共にお世話している侍女のメリルが話し掛けてきた。
「シュナ、今日は大変ねえ。今日も明日もあさっても、かな? 第一侍女なんてメンドくさいだけだって、あれほど言ったのに」
からかい口調にプラスして、楽しくて仕方がないと言わんばかりに口元に笑みを浮かべている。私も時たま人の不幸を笑ってしまうが、なるほど、これはあまり気分が良くない。
第一侍女というのは、お付きの侍女の中でも一番主人の生活に対して責任を負い、身近なお世話を行う人のことだ。面倒なことだらけでその上過重労働なため、進んでやる者などそうそういない。
三年前、そんな役目に就いてしまったのがこの私だった。
その頃、私は侍女として城に勤め始めてまだ一年しか経っていなかったが、年が近いリゼッタ様と話す機会も何かと多く、仲良くして頂いていた。年度の終わりに、来年度からのリゼッタ様付きの侍女を決めあぐねているという話を聞いて、是非私にと言ったのだ。それが第一侍女として配属されるとは思わなかったが、リゼッタ様であるなら別にいいかと気楽に構えていたものだ。
今日まで第一侍女の仕事内容に不満を感じたことは幸いにもなかったが、流石に今回の身に重過ぎる采配には顔をしかめずにはいられない。
はあ、と大きくため息を吐いて、大きな目をパチパチとさせるメリルに振り返る。相変わらず口元は三日月型だ。
「第一侍女になって、後悔したことはないから多少なら大丈夫よ。でも……どうしても辛くなったら助けを求めてもいいかしら?」
「もっちろんよ! いつでも呼んで。うーん、でもお茶会にお呼ばれするのはちょっと羨ましいなあ~。麗しの王子様を生で、しかも近くで見られるんでしょう? いいわよねえ、乙女の夢よねえ! みーんなシュナを羨ましがってるんだから! あ、そうだ眼の色、確認してきてよね。何だっけ、夜明けの空だっけ。澄んだ色だそうよね。お近くで拝見する機会なんて絶対あたしには訪れないから、あたしの代わりにたくさん見てきて! レアルの眼の色は普通の翠だから、もう見飽きちゃってね。あっ、そういえば聞いてよ、この間ねレアルが――」
こうなるともうメリルは止まらない。横に一つに結んだメリルの金の髪が、話のテンポに合わせて跳ねている。爛々と輝く濃い翠の目は猫のようだ。
騎士団に所属している恋人と仲睦まじいのはこの上ないことだが、その幸せを辺り構わず振りまいていくのはちょっと止めて欲しい。お裾分けという言葉を知らないのだろうか。
お茶会への同席。侍女仲間達から何故か羨ましいと言われ続けるそれが、今回私が一番気乗りしない工程だったりする。
メリルに分からないようにもう一度ため息を吐いて、さり気なく窓を見上げた。一秒ごとに変化する空の色に目が冴える。ああ、今日はゲストを迎え入れるには最高の天候になりそうだ。
メリルの恋人の話をBGMに、私は今日の日程を頭の中で注意深く確認していた。