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西日の日光浴と侍女らしからぬ暴言で、厚かましくも王女を叱咤激励した次の日の朝。
第一王女付き侍女の生活は、まず王女を起こしに行くことから始まる。
王女は、朝の起きがけにさっぱりとした柑橘系のジュースを飲むのを好む。
それがないと目覚めが悪く、食卓を囲むときも薄ぼんやりとなさっていて、ご兄弟や国王陛下、王妃殿下に体調でも悪いのかと心配されていると聞く。
侍女という身分ゆえ、実際に食堂に居るわけではないので本当の話か分からないが、まあ食堂までご一緒している感じで言えば、まず間違いないだろう。
そしてそれを見咎めた侍女長に、やんわりとお世話の不手際を注意されるハメになるので、起こしに行く前に厨房にてジュースを受け取るのはもはや日課となっている。
「おはようございます、バラージュさん。朝の果実ジュースは出来上がっておりますでしょうか?」
厨房は料理人にとって聖域なんだぜ、中々ダンディーな風貌でコックにはとても見えないバラージュさんの本気トーンの言葉が、ここにくるといつも再生される。
よって厨房の中に部外者が入り込むことはこの城では禁忌とされ、私もそれに従ってこうして厨房内に向かって小窓から叫んでいる。
私の声に反応して、大きな厨房に似合わぬ小柄な少女が小さくパタパタと音を立ててこちらへ駆けてくる。そんなに急がなくてもいいのに。
半年ほど前から料理の修行といって、故郷を離れてここで働いているラディだ。
「おはようございます、シュナさん。バラージュさんは朝食の仕上げに掛かっていて。リゼッタ様のジュースなら出来上がっておりますので、今持ってきます」
「ありがとうラディ。ごめんなさいね、ラディも忙しいでしょうに」
エプロンを付け、茶色い髪を後ろで一つに括ったラディの額には少し汗が滲んでいる。
まだ夜も明けぬ内から仕込みに追われ、こだわりの強いバラージュさんのペースに必死に追いつこうと頑張るこの少女が、私は結構好きだった。
何というか、みなぎる若さというか。
私にはないものだからか、輝いて見える。ないものねだりかもしれない。
とはいえ、干からびて見えるが、一応私もまだ十代である。
「いえいえ、そんな。好きなことをやっているので全然平気です。じゃあ、取ってきますね」
ラディがまた小走りに冷蔵庫の方へ行き、そして先輩のコックに走るなと注意を受けている。
……力入りすぎちゃって、周りが見えなくなってしまうのが、玉に瑕かもしれない。
まあ、十代なんだし、特権といえば特権だろうか。
厨房からは、王族に出される豪華な料理の品々の美味しそうな香りが漂ってきている。
侍女など、このお城で働く人々にもここで作ったものがまかなわれるが、王族の方々がお食べになるものとは雲泥の差で、王族が普段何を食べているか詳しく分かる分、やはりあの料理を一度は味わってみたいと願ってしまうものだ。
バラージュさんはここの料理長であらせられるから、彼がこの城の食料庫、そして私達の胃袋を握っていると言っても過言ではないと思う。
彼の作る料理はどれも美味しく、彼なりのこだわりに溢れている。
中でも、肉料理には思い入れがあるらしく、メインディッシュとなりやすい肉料理はいつでもバラージュさんの担当であるようだ。
「はい、シュナさん、どうぞ。グラスは大丈夫ですよね」
「ええ、大丈夫。ありがとう。じゃあ、お姫様を起こしてくるわ。バラージュさんにもお礼を伝えといて頂ける?」
ラディの了の返事を受け取ると、私はお冷入れに入った果実ジュースを持って王女の部屋へと向かう。
ちなみに、この果実ジュースにもバラージュさんのこだわりがあり、毎日違った味にして、王女を飽きさせないようにという工夫に余念がないようだった。
バラージュさんは私も王女と一緒にジュースを飲んでいると思い込んでおり、事実王女にも飲まないかと誘われるが、
おあいにく、私は柑橘類が嫌いだ。
ごめんなさい、バラージュさん。
今までの感想、あれ全部適当だったりします。