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「これで、もう大丈夫よね。さて、話に戻らせて頂くけど……。何が、嫌なのか考えてみたの、私。そうしたらね、答えは出たわ。多分だけどね、私、きっと恐いのよ」
ソファにどさりと座り込んで、カーテンのお礼を軽く受け流すと、王女はすぐに口火を切った。
ああ、やっと表情が判然とする。
それで、ええと、恐い、ですって?
何がでしょう?
「……あのね、きっと、アレク様は私の姿をご想像なさってると思うの。私と同じようにね。それで、ほら、私達王族って外見の美醜が噂で流れてるじゃない? それがね……念頭に来てしまったら、って思うと、私の本当の姿をお見えになった時の落胆が浮かぶようでね……」
王女が重く語る。
恐らく、多感な思春期の女の子が誰でも抱える外見の美醜の悩みと同じだろう。
だが、王女に限ってはこのようなことで悩む必要はないと断言出来てしまう。
美しい金の髪。出る所は出て、締まる所は締まった女性らしい体つき。そして何よりその美貌。
全てが創られた人形のように整っているといっても過言じゃない。
皮肉屋の私が言うくらいなのだから、まず間違いはない。
「それは世の少女への当て付けでございますか? もう一度鏡で御姿を拝見なさったらいいですわ。噂に違わぬ、いえ、噂以上のお美しさでございますよ。この私が言うのですから、間違いは絶対にないでしょう? 二度は言いませんよ」
「それは、シュナは見慣れてるからそう思うのよ! アレク様は類まれなる美しさで、神の落とし子とまで言われておられるし、お隣に並んだら私、きっとアレク様の品位を損ねてしまうわ! きっと、きっとそうなってしまうんだわ……」
……全く、この人は。
卑下ってもんはしていい人としちゃならない人がいる。あなたは後者だっていうのに。
「……その時点でまず駄目ですわね。リゼッタ様はご自分の矛盾に気付いておられない。アレク様の御姿を勝手に遥か高く想像して、勝手に傷付き、勝手にアレク様を遠巻きに貶していらっしゃるも同じですわ。これは酷い冒涜に当たると思いますがいかかでしょう?」
リゼッタ様との信頼関係がなければ吐けない暴言。
もしも他の王族に言ったら、否応なしに不敬罪でクビだろう。
だが、ここはリゼッタ様の将来の為にも、厳しく言うべき場面だ。
目を見開いてこちらを凝視する王女。
ご自分の発言の意味をきっと理解なさっていなかったのだろう。
「……そうね、その通りだわ……。私ったら駄目駄目ね。ああ、嫌になっちゃう……」
深々とため息を吐く王女。
苦悩の表情と共に目線がテーブルの上の冷めたティーカップに移る。
折角お淹れしたのに、話に夢中で結局一口も飲んで頂けていない。
「ごめんなさいね、いつもいつも。もうちょっと心を整理するわ。私、やっぱり混乱してるのね。……うん、自分の未熟さが浮き彫りになっただけでも、今回の収穫はあったと思うことにするわ」
話を始めた頃にあった興奮がどこへやら、完全に意気消沈してしまった。
……やり過ぎてしまっただろうか。仕方ない、少しだけフォローしておこう。
「そうですね、幸いにも後一週間あります。アレク様にいつも通りの落ち着いた態度でご対面できますよう、この一週間頑張ってくださいませ。私も応援しておりますから」
にっこりと人好きのする笑顔を貼り付ける。スマイルに損などない。
「そうね、頑張ってみる。また相談させて頂くかもしれないけれど、良いかしら?」
この時間帯を避けて頂けるのなら。
なんて言えるはずもなく。
「喜んで。いつでもお呼びくださいませ」
大概私も、最低な人間である。
手付かずのティーセットを持って、リゼッタ様の部屋を出る。
これにて本日の業務、全て終了と。
長い一日だったように感じるのは、恐らく気のせいだろう。そう思うことにする。