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皮肉屋侍女の生活  作者: りつなん
第2章 隣国の二人
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「――とても充実したお茶会でした。また是非四人でお話致しましょう」


 予定していた時間を若干過ぎてから、ようやくお茶会もお開きとなった。偽王子が胡散臭くしか見えなくなった笑顔でリゼッタ様へ話し掛けている。


 ――冗談じゃない。

 次の機会があったとしても、それはあなた達二人の化けの皮を剥いだ後のことだ。仮面の下を白日の下に晒すまで、二度目など望ませない。

 負の感情が吹き荒れすぎて、何だか暴力的な精神状態になってきた。

 ……まあ私がどう思おうとリゼッタ様は「はい、是非」と笑顔で応えたわけであるが。


 給仕の方が入ってきて、お茶会の後片付けをしてくれた。私も本当はそれを手伝う予定でいたが、ある考えの元に計画を変更することにする。

 私と侍従役王子の前を歩くリゼッタ様と偽王子に、意を決して声を掛ける。


「あの、お部屋まで私がご案内致します。先程担当しました者は勤務を終えましたので……」


 もちろん嘘だ。お茶会を終えて親交が深まっているだろうから迎えは必要ないだろうという配慮の元、手配されていないだけである。

 振り向いた偽王子が一瞬軽く目を見張ったものの、すぐに蜂蜜のような笑顔を浮かべて、


「ああ、是非お願い致します。このお城は広いですから、僕たちだけでは迷ってしまうでしょう」


 とのたまった。

 それに顔を伏せるだけの軽い会釈で返し、リゼッタ様に向き直る。謝罪を口にしようとすると、リゼッタ様はそれを制して心得たように優しく微笑んでおっしゃった。


「私なら平気よ。先に戻ってるから、また後でね」


 私に含むところがあるというのを察しての行動だろう、リゼッタ様は役者二人に完璧な所作でお辞儀をしてさっさと部屋の方に歩き出した。



「案内、お願い致します」


 少しの間リゼッタ様を見送った後、偽王子が言った。……ここからが正念場だ。

 軽くお辞儀をして前を歩く。先程のハンカチその他のことも少し気がかりだが、それ以上に緊張と怒りで頭がどうかなりそうだった。

 やっぱり端くれとはいえ、貴族社会に属してきた私。上下関係の厳しさが骨の髄まで染み込んでいる。それに反する行動をするというのは、とても勇気のいることだった。


 手が震える。コツコツと赤絨毯を叩く足も震える。

 もはや敵視しているといっても過言でない二人に背を向けているというのが、とても恐ろしい。二つの革靴のたてる低くて物々しい音が私に迫ってくるかのようだった。

 窓から射し込んだ朱い光が、私の右頬にあたって熱い。夕日に溶けたリゼッタ様の髪の金色がぼんやりと頭の片隅に浮かんだ。


「黒髪」


「えっ……?」


 突然発せられた声に、思わず振り向いてしまう。朱く染まった静かな廊下を歩く美しい二人は、まるで有名な絵画のように絵になっていた。


「ああ、いえ、シュナさんは綺麗な黒髪をお持ちですね。この国では黒い髪は珍しいとお聞きしておりましたが」


 偽王子が私を見据えて言う。絶えない笑みの柔らかさと、その瞳の鋭さがとてもちぐはぐだった。私を検分していると言ったところか。

 ……確かに、この国では黒髪は珍しい。今この場にいる三人は共に黒い髪を持っているから、一見すれば全員同じ国から来たように見えるだろうか。


「そうですね。珍しいかもしれません」


 多くを語るつもりはない、という意志を多分に込めて、そう突き放す。すぐに視線を逸らしてまた前を向くと、何故か斜め左横まで彼は近付いて来た。……出来れば視界に入らないで欲しかったのだが。


「やはりそうですか。……綺麗ですね」


 突き放した言動の意志を汲んだのか、彼はそう言うに留めた。

 黒を綺麗と言うなんて、この人は自分の頭に乗っかっている束の色彩を認識しているのだろうか。ナルシストと言われても仕方がない言動だ、それは。



 その後は話し掛けられることはなかったが、何故か縮まった偽王子との距離を離すことが出来ずに悶々としたまま、アレク王子が滞在する部屋の前まで到着した。もしや耐久度を試されてやしないだろうな。


「案内ありがとうございました。今日は楽しかったです。明日からもよろしくお願い致しますね」


 少し首を傾げてにっこりと笑う偽王子。いちいち様になるところに激しく苛々する。

 しかも詐欺師とよろしくしたくないし、明日からも、という所に若干引っかかりを感じる。


 会釈をして部屋に入って行こうとする隣国の二人。

 ――やるしかない。

 ぐっと唾を飲み込んで、声を掛ける。


「あ、あの、お話があるんです。お時間がありましたら、どうか聞いて頂けないでしょうか……!」


 私の声に振り返った二人の表情は見事に揃っていた。少し驚いたような表情まで似せるなんて、あらやだ、徹底してるわね、なんて場不相応なことを考える。

 本物の王子の方がすぐに真顔に戻ると、久々に口を開いた。


「話とは、なんでしょう。今この場で聞かなければならないことなのですか?」


 疑っているというよりは、綻びが出るのを恐れての言動だろうと思う。せめて部屋に戻った時くらいは、二人も素に戻りたいのだろう。


「……はい。とても大切なことなんです。出来るのであればお願いしたいのです」


 緊張が伝わらないように、神妙な表情を意識して、ゆっくりと言った。二人の顔を交互に見つめる。


「……良いでしょう。ここでは何ですから、部屋の中でお聞きしましょうか」


 また笑顔に戻った偽王子が扉を開けてさっさと中に入る。それを止めようとして失敗した本物の王子が少し苦い顔をして後に続いた。

 ……幸先はいいと言えるだろう。ここでどうにか納得した決着をつけたい。

 ――リゼッタ様のためにも、私の心のためにも。

 いざ、尋常に。


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