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皮肉屋侍女の生活  作者: りつなん
第2章 隣国の二人
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 王家の方々は行事や祭事の際は事あるごとにお召し物を替える。そうすることで王家と一般市民との品位の差を見せつけられたり、権威のアピールになったりもするからだ。

 ……というのは恐らく大昔の体というもので、今の王族の方々はみなお洒落がしたくてお召し物を替えているとは思うが。

 その習慣に振り回されるのがお付きの者であるのは今も昔も変わらない。お茶会を控えた王女のドレス替えとお化粧直し、髪の結い直しを行なって準備万端さあどうぞ、となるわけで……。

 

 リゼッタ様を完成させる苦労と朝からの疲労が相まってへとへとになった私は、これからこの貴賓室にて行われるお茶会を思って更に陰鬱な気分になった。

 お茶会にはアレク王子殿下とそのお付きのあの従者が招かれている。つまり給仕の方が辞したら四人の腹の探り合い……いや、親睦の深め合いが始まるというわけだ。

 扉の外で二人の近衛騎士の方が護衛として付いているが、その方たちに助けを求めることなど出来ようはずもなく、つまり私の逃げ道は完全に最初からないのである。最悪だ。主に逆らえぬ身分を呪いたくなってくる。

 大きな造りの貴賓室の中で、たった四人がテーブルを囲んで向かい合う。私などは普段絶対に入ることが叶わないこのお部屋を存分に目で楽しむことはどうやら出来そうにない。せっかくの豪勢な室内も、輝くシャンデリアも、美しい装丁が施された窓枠も、その窓から見える庭園の景色も悲しいことに霞んで見える。


 大きなため息を何とか飲み込み、貴賓室にて給仕の方を手伝っていると、ついにそのときがやってきた。



 ノックの音に続き王子殿下の声が聞こえる。

 私がそそくさと扉を開けると、こちらもお召し物を替えた麗しの殿下と侍従殿がそこにおはした。


「お招きくださり、誠にありがとうございます。粗相もあるかと存じますが、何卒よろしくお願い申し上げます」


 アレク王子が響くテノールでリゼッタ様に言い、完璧な動作で上品に腰を折った。


「お待ちしておりました。どうぞお掛けになってくださいませ」


 リゼッタ様がお二人をテーブルの方に誘導し、手前の側のソファにどうぞと言って座らせた。

 私は二人が入ってきた扉を締めながら頭の中で警鐘のような音がガンガン鳴り響くのを聞き、それをなだめながら給仕のお手伝いに戻った。

 ……まだだ、まだ座らなくても大丈夫だ。漫画的にいえば、嫌な汗がダラダラと流れ、私の背景には断崖絶壁が写っていることだろう。


 給仕の方があっけなく用意を終え、丁寧にその場を辞すのをこの世の終わりのように眺める。お茶会の、始まりだ。


「お茶会ですから、気兼ねなく普段通りにしてくださると幸いですわ。ああ、ご紹介致しますね。私の第一侍女のシュナです」


 親睦なのだから堅苦しい態度はなしでというのを暗に示し、リゼッタ様が私をちらりと見る。こんなに早く私が口を開く順番が回ってくるとは予想外だ。まだ相手方は喋ってないではないか。


「……よろしくお願い致します」


 準備を全くしていなかったので、それ以外に何も出て来なかった。素人には振りが早すぎるというものだ。リゼッタ様の数十倍緊張している自信がある。

 せめて、とにっこりと笑顔を形作ると、アレク王子の目が細まった気がした。……怖すぎる。頬の端の方がピクピクしてきた。

 リゼッタ様が満足したように微笑み、相手方の紹介を促した。


「どうぞよろしくお願い致します。こちらは、僕の従者をしてくれているクィルトです。騎士団の副団長補佐を務めてもおりますので、万が一の時にはクィルトがお二人をお守り致しますよ」


 そう言って背後に花が見えるような顔でにこりと微笑む王子殿下。末恐ろしい御仁である。


「やめてくださいよ王子。ご紹介に預かりました、クィルトです。王子とは長い付き合いなので、たまに不敬に見える言動をするかもしれませんが、お気になさらないでくださいね」

 

 どうやらリゼッタ様と私よりも仲が良いらしい。主従の関係が良好なのは良いことだ。

 騎士団の副団長補佐……というと、かなりの実力があるということだろうか。隣国の騎士の質やら雇用制度をよく知らないので判然としないが、さらりと王子殿下が述べたことを考えると、きっとそうなのだろう。かなり若く見えるから、相当な出世株なのだろうか。

 

 紹介を終えた時点で、謁見の際に感じた違和感が私を襲うことはなかった。

 ……やはり勘違いだったのだろうか。


 リゼッタ様と王子殿下は早速打ち解けた具合で話し始めた。どうやら、お昼のときにもう話をしていたらしい。

 私と侍従殿はというと、そんな二人の主の様子を見ながらたまに頷いたり話に参加したりしていた。侍従殿の緊張はないように見えたから、主のことを思ってあえて引いた態度を取っているのだろう。自然とそんなことが出来るなんて、悔しいが従者の鑑と言えるだろう。

 

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