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隣国から王子殿下御一行がご到着した時から、城の者はみな等しく忙しくてあちこちとかけずり回り、城内の騒々しさは国王陛下の誕生式典の時の何倍にも及んでいた。
搬入された荷物の管理担当者や、隣国から殿下にお供してきた従者の方々と打ち合わせをする者、そしてこの機に殿下と懇意になっておこうという魂胆が見え隠れするお貴族様等を横目に、かく言う私も廊下を小走りに急いでいた。
廊下を走るなとは言うまでもない常識ではあるが、この際そんなことは言っていられない。
予想したよりも荷物の搬入が多く、その上隣国からのお供の人数が向こうの知らせよりも少なかったため、こちらの人員を割くはめになった。予定通りに事が進むなどは夢にも思っていなかったが、流石にトラブルの起こりが早すぎて出鼻をくじかれてしまった。
その始末に追われた城の者たちの中に私ももちろん含まれ、王女の第一侍女であるはずなのにこうしてあたふたしている。王女はと言えば、もうお着替えもお化粧も髪を編みこむ作業も朝の内に終わらせてしまっておいたので、恐らく今は一人部屋で待機しているはずだ。
王女の部屋の前に立ち、急いだせいで荒くなった息を整える。見慣れたドアを軽くノック。
「リゼッタ様、シュナです」
返事を待って部屋の中へと入る。緊張した面持ちの王女が椅子に腰掛けていた。
「もうすぐしたら、お連れする時間です。準備の方はよろしいですか?」
「……大丈夫よ、緊張するけれどね。シュナはアレク様を拝見したかしら?」
「残念ながら、まだ。騎士の方や従者の方々に囲まれておられましたので。お会いするのが楽しみですね」
少しためらってから、小さく頷く王女。何だかとても幼く見えて、いつも自信に溢れた王女が霞んでしまったようで不安になる。
「緊張は分かりますが、過度な不安はお顔を暗く見せますわ。リゼッタ様はいつもの笑顔でご自分の魅力を最大限アピールなさってくださいな」
「……それも、そうね。シュナもいるんだものね、頑張るわ」
力のない笑顔を浮かべる王女。……本当に大丈夫なんだろうか。両陛下もいらっしゃるから進行に問題はないだろうけれど。
時計を確認しながら王女に声を掛ける。
「時間です。謁見の間へと参りましょう」
婚約者殿がいらっしゃる前に両陛下と王女が揃って座り、謁見の間の重厚な扉は閉められた。後はかの御方のご到着を待つだけだ。
王女は両陛下とのお話に花を咲かせていた。愛しい娘の結婚相手がどんな方なのか両陛下も実に楽しみにしておられるようで、王女に向ける顔は満面の笑顔だった。
第一侍女の私は控えることを許されているため、壁際にひっそりと立っている。これがドレスでも身にまとっていれば壁の華となっている等と形容できるのだろうが、悲しくも実用的でモノトーンカラーの侍女服を着ているため、どこにも夢を抱く隙間がない。
両陛下の第一侍女さんたちや従者の方、近衛騎士の方々も壁側に控え、みな朝からの緊張を少し抜いて方ぼうを見ている。
かくして、その時は訪れた。
国王陛下付きの補佐官が扉を押し開き、アレク王子殿下の御成を告げる。
補佐官の後を着いて謁見の前をゆっくりと進む白基調の王子然とした異国の服をまとう青年と、その斜め後ろを歩く侍従とおぼしき青年。
王子殿下の髪は少し薄めの黒で、長めの襟足を後ろへ流していた。夜明けの空の色と聞いていた眼の色は、紫がかっていて朝焼けの色に近い気がする。まさに理想通りのオウジサマで、完璧なパーツ配置の顔に完璧な微笑みを浮かべて両陛下並びにリゼッタ王女を見据えている。
侍従の青年もまた綺麗な顔立ちをしていた。王子殿下に装いが劣るため目立ちはしないものの、ぬばたまの髪が光をたたえて輝いている。城内の侍女が憧れ、貴族のお嬢様方がこぞって取り合う未来が想像に堅くない容貌だ。帯剣用のベルトが腰に見えるが、剣も扱えるということであろうか。
――? 何か、おかしいような……。
異国から来た二人を第三者の目線から観察していたら、言いようのない違和感が脳裏を走った。しかしそれは、私に拭えぬ不信感を残してすぐに通り過ぎて捕まえられなくなってしまった。何だろう、何かが、明らかに今――。
その時、王子殿下の凛とした声音が響き、もやもやと霧の掛かった私の意識を一気に冴えさせた。
「お初に御目文字致します。初めに、礼を欠いた申し入れだったにも関わらず、このように謁見を賜れましたこと、心から感謝申し上げます」




