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「銅鏡だよ」
大きさは厚み一センチ、直径十センチ程。星のような模様のまわりに、細かい文字のような物が彫られている。それをひっくり返すと、なるほど、鏡になっていた。
「へぇー、初めて見た。教科書でしか、知らないモンな」
「神社にも奉ってあるよ、もっと大きいのが。御神体としてね」
感心する孝亮を上目使いに見遣って、上宮が説明する。
「まあ、いいや。俺には解らねぇや。身さえ守れりゃ、なんでもいいのさ。鏡であろうが、棒っきれであろうがな」
両手を頭の後ろで組んだ孝亮は、ハッとして顔を夜空へと向けた。そうして睨むように、ゆっくりと目を細めていく。
「そろそろ……かな」
「ああ」
溜め息混じりに言う孝亮に、静かに頷いた上宮がチラリと俺を見た。
「この人は、君が助かるかどうかを見届ける為だけに残ってたからね。だから……」
「だから、死人はあの世へ逝くのさ」
「……孝亮」
孝亮はズボンのポケットに両手を突っ込むと、俺に目を向けて軽く肩を竦めた。
「じゃな、僚紘。早く傷治せよ」
「えっ? あ…ああ。この顔ね」
左頬のキズをさすりながら言うと、孝亮はいつもの目を伏せた微笑みを浮かべた。首を横に振って、コツンと俺の胸を叩く。
「違うよ、こっちの方」
「……治らねーよ」
「ん?」
「治るワケないじゃん。だって! どーすんだよ、あんたの夢。あんたがいないんじゃ……」
両手で孝亮の胸倉を掴む。顎を上げた孝亮が、ゆっくりと溜め息を洩らした。
「こーゆー奴だけど、よろしく頼むよ。上宮」
「………はい」
俺の両手首を掴んだ孝亮は、ギュッと力を込めた。
「よく聞け、僚紘。俺は向こうでお前が来るのを待ってる。お前が来さえすれば、俺の夢も叶う。アセる必要はねぇ。きっちりケジメつけてから来い。俺達は、また逢うんだぜ、地獄でな」
ニッと笑って片手を上げた孝亮は、まるで明日も会えるかのように、あっさりと姿を消した。
今まで孝亮を掴んでいた両手を、ギュッと握りしめる。
「離すべきじゃ、なかったんだ。あの時! 突き飛ばされようが、蹴られようが……。決して、離しちゃいけない手だったんだ……」
もし、戻れるのなら 。もう一度、あの日、あの晩に。
戻れたのなら、もう二度とこの手を離しはしないのに……。
たとえ何が起ころうが、誰が邪魔をしようが、あの約束を守ってみせるのに……。
二人でなら、イギリスでも地獄でも、どこでだって構わなかったんだ。
歯を食いしばる俺の肩に、上宮がそっと手を乗せた。
「それでも俺は、鏑木が生きていてくれて、よかったと思ってるよ。……心から」
「え?」
振り向いた俺に、上宮はやさしく微笑んだ。




