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 フウーと長く息を吐いた孝亮の口から、冷たい銀色の煙が夜の闇へと昇っていく。その行方を目で追うと、煙は空に浮かんだ月と同化して、消えていった。

 木の柵に腰かけた孝亮の肩越しに、街のネオンがキラキラと光っている。

「この山からの夜景はイケるな」

 呟いた俺に、孝亮はクスリと笑って、チラリと後ろのネオンを見遣った。

「なに? 僚紘。お前に景色を堪能する情報なんてモンがあったのかよ?」

 タバコをくわえたまま、目を伏せるようにした微笑み。

「バーカ! この景色を理解できないのは、あんたぐらいだよ」

 言って、からかうような目で俺を見た孝亮の口から、タバコを奪い取る。

「だいたいなー、こんな(トコ)に俺なんか連れて来てどーすんだよ。女に見せてやれよ、こんなモンは」

 取り上げたタバコを咥える。ゆっくりと吸い込んで、ホゥと煙を吐き出した。

「カカッ。いんだよ、お前で。俺は景色じゃなく、バイク走らせに来たんだからよ。__それより、十六のガキがそんな美味そうにタバコを吸うんじゃねぇ」

 その台詞に俺はフンと鼻を鳴らして、孝亮の隣へと腰を降ろした。

「何言ってんの。俺と二つしか違わない未成年が。それにこれ、俺に教えたのあんたでしょうが」

 呆れて言う俺に、孝亮がククッとくぐもった笑い声をあげる。

「そうだっけ?」

 ワザとらしくとぼけてみせて、孝亮は新しいタバコを取り出した。

「僚紘。火」

「なになに。自分で火ぐらい着けらんねぇのかよ、あんたは」

 孝亮のタバコにライターを差し出しながら、溜め息混じりに言ってやる。

「さあてね。イヤなら、出さなくてもいんだぜ。別によ」

 重い瞼を閉じるようにして笑う孝亮は、美味そうにタバコをのんでいる。それを見ていられなくて、俺は視線を逸らした。悔しさに、唇を噛む。

「なあ、孝亮」

「ん?」

 顎を上げてフゥッと煙を吐く孝亮を、チラリと見る。

「ここを出て行くってのは、ホントなのかよ?」

「ああ?」

「昨日おばさんに会ったら、あんたが家を出るって言ってるって……」

「ああ」

 足を組んだ孝亮は、そこに肘をついて顎を支えた。

「ホントだとも。やっと高校も卒業した事だしな」

 なんでもない事のように言って口の端でタバコを咥えると、俺を見てニンマリと笑う。

「何かご不満でも?」

「……なんでだよ」

「なに?」

 高校を卒業するというのに、進学も就職もしない孝亮を不思議に思ってはいた。だが、いつものいい加減な性格が出ただけなのだと思っていたから。

 まさか、家を出ようとしているなんて、思ってもみなかった。

 そして親友である筈のこの俺に、今まで何も言ってくれなかった事が只、悔しくて仕方なかった。

「なんで家出る必要があんだよ。どっか遠くへ行くつもりなのか?」

 絞り出すように言った言葉に目を閉じた孝亮は、少しの間を置いてガリガリと頭をかいた。そうしてゆっくりと瞼を上げると、フイッと俺を見た。

「行くぜ。俺はレーサーになるんだ。イギリスでレーサーやってる叔父がいる。そいつんとこに行く事になってる」

「イギリス…!」

 驚く俺から視線を外した孝亮は、ペッとタバコを吐き捨てた。

「二年だ!」

「えっ?」

 ズイッと俺の目の前に、指を二本突き出す。

「二年でおっさんに俺を認めさせてみせる。そしたら、お前もイギリスへ来い!」

「はあ?」

 再びニンマリと笑った孝亮は、眉を寄せる俺の胸に、コツンと(こぶし)をあてた。

「お前はこれから高校卒業するまでの二年間、死にもの狂いでバイクの勉強するんだ」

「なんで?」

「この天才レーサーのバイクを整備すんのは、お前だ」

 親指で自分を指差した孝亮は、勢いよく立ち上がった。

「二人なら、どこでだってきっと楽しめる。バイク乗って、タバコ吸って……。そうして…ずっと……。なあ僚紘。俺が、お前に世界を見せてやんよ」

 自信満々の孝亮が俺を見下ろし、ついて来いと手を差し伸べる。

「勝手な事ばっか言いやがって! 人の人生まで勝手に決めてんじゃねぇぞ」

「そうか?」

 俺は孝亮の手をガッと掴んで、立ち上がった。

「バッカやろ、孝亮。大事なモン忘れてるだろ」

「ん?」

「タバコにバイク。それに、あんたの大好きなビールもいるだろ?」

「ああ! そりゃ、欠かせないぜ。安心しろ。向こうのパブは世界一だ!」

 俺と孝亮は目を合わせて、プッと吹き出した。

 二人の影が、薄く揺れる。

 曇り始めた空は、震える月を隠そうとしていた。


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