その6
静まりかえった冷たい廊下を歩き、扉を開く。
古い本のにおいがふわりと巻き上がる。正面のカウンターでこちらに背を向けていた生徒に、声をかけた。
「浜崎先輩」
浜崎と呼ばれた生徒が振り向く。
「もう閉室時間なので、用があれば明日に」
そこで浜崎の言葉が途絶えた。カウンターを挟んで向かい合った少年を凝視する。
「お久しぶりです。浜崎先輩。いえ、雪下先輩」
「まさか」
「まさかはこっちのセリフ。名前まで変えてるとは思わなかったもん。探しちゃった」
「に、二条。な、なんで、こ、こ、ここに」
「なんでって、その理由はあなたが一番よく知ってるんじゃないんですか?」
雪下の身体が硬直する。逃げ出したいのに、身体はぴくりとも動かない。寒い。暖房が効いているはずなのに、歯の根が合わないくらい寒い。震えが止まらない。
「いづな」
真之介の肩の上に、白いいたちのような獣が飛び乗った。雪下ははちきれんばかりに、目を見開いたまま、動かない。
「紹介するね。ぼくの友人、いづな。いづな、こちら、ぼくの探し人、雪下先輩。これからぼくの家にお連れしようと思うんだ」
いづなの血のように赤い目が、てらてらと光った。
ぱさりぱさり。
雪下の持っていたファイルの中の紙片が、リノリウムの床の上に飛び散る音だけが、その場所に響いた。
(第八章「かえるところ」その1へ続く)