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1st Mission 美しき魂  作者: 時幸空
第七章 笑顔の向こう
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その4

 最近の自分は、どこかおかしい。

 旭は放課後を迎え、ざわつく教室で一つため息をついた。

 毎日、学校に来る。一年C組のこの教室の、一番後ろの自分の席に座り、授業を受ける。部活には入っていないから、授業が終われば家に帰る。適当にテレビを見たり、ゲームをしたりして、晩ご飯を食べ、宿題をして、風呂に入り、眠る。

 あげつらねてみると、それらにはどこにも落ち度がないように思える。落ち度がないのに、納得できない。母親が家にいることさえ、違う気がする。母はそれを肯定した。だからおかしいのは自分なのだ。

 斜め前に座る二条真之介が、重そうなスポーツバック抱えて、席を離れた。旭の横を通り過ぎ様、バイと手を振って笑った。条件反射で、自分も手を振り返してから、気づく。

 二条としゃべったことなんて、あったっけ?

 どちらかというと、クラスで人から声をかけられるタイプではない。かといっていじめられてるとか、嫌われているとかではないから、挨拶くらいはする。ただ、これまで二条とは、挨拶さえ交わしたことはなかったはずだ。

「旭? どした? ぼけっとして」

 ふいに呼ばれて、自分が二条の背を追っていたことに気づく。ふりむくと、南野がこれまた大きなスポーツバッグを担いで立っていた。南野は旭の数少ない友人だ。幼稚園からずっと一緒で、彼はいま、野球部に入っている。

「あ、えと、なんでもない」

 旭の顔をじっとみつめてから、南野は肩からバッグを外し、旭の前の席に座る。

「あのさ、なんか抱えてるなら、話しちゃったほうがラクだぞ。おれ、聞くだけしかできないかもしれないけど」

「え? ど、どうして?」

「ここ二、三日、おまえ、らしくない。なんていうか、旭じゃねえみたいな。いや、旭なんだけどさ。なんかうまくいえない。ごめん。でもちょっと、いや、かなり心配」

 南野が短く刈り込んだ後頭部をがりがりと掻く。大きい身体のわりに、照れ屋なのだ。ぶっきらぼうだけれど、優しい。小さいころから変わらない南野の前では、旭は肩の力を抜ける。

「なんちゃんもそう思うんだ」

 旭がまたふうっと息をつく。

「自分でもなんかおかしいんだ。お母さんが家にいるのが納得できなかったり。当たり前のことしてるのに、間違ったことをしているみたいな。違和感? っていうのかな。自分が自分でないみたい。ほんとの自分がわからなくて、もやもやしてる、そんな感じ。二重人格になったか、頭がおかしくなったんじゃないかって思ってた」

「そんなことねえよ!」

 南野が強く反論する。教室にまだ残っていた数人の生徒から注視される。南野がしまったって顔をして、視線を逸らすと、また頭をかいた。

「おまえはおまえだよ。でも、旭が変わっても、おれが旭の友だちだっていうのは、変わらないからな」

 南野の耳朶が赤く染まる。そんな南野の姿を見て、自然と笑みが浮かぶ。

 ほんと、変わってないなぁ、なんちゃん。

 小さいころから、南野は旭の言葉を、いつでもちゃんと聞いてくれた。どんなことでも、一緒になって考えてくれた。ありのままの旭を、受け止めようとしていた。自分に向けられた南野の想いが、自分は一人ではない、大丈夫だと力を貸してくれる。そういう瞬間が幾度もあった。

「ありがと、なんちゃん」

 南野が照れたように笑う。

「変わったことといえばさ、旭、最近、放課後、図書室に行かなくなったな」

「図書室?」

「まえはよく行ってただろ?」

「そう、だっけ」

 思い出せない。

 旭の中に、小さな風が生まれた。漠然とあった不安を、その風が掻き立てる。なにか、とても大切なことを忘れているんじゃないだろうか。

 南野の大きな手が、旭の頭をくしゃくしゃと撫でる。その手にふっと別の影が重なる。大きくて優しい手の既視感。

「気になるなら行ってみろよ。なんかわかるかもしれないだろ。まずは動け。これ、おれの座右の銘なんだ」

 自分より頭一つ分高い南野を見上げた。南野が陽に焼けた顔で笑っていた。旭はその前向きな提案にのってみることにした。


(第七章「笑顔の向こう」その5へ続く)

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