その2
「夜子が泣いていたよ」
真之介の横で丸くなっていた白い小さな生き物が、むくりと顔をあげた。小さな頭部についた大きな耳をぷるんと震わせる。
「早く始末しろって催促してるのかな」
真之介が滑らかな白い毛並みにそって、指を滑らせた。布団から抜けだし、ブラインドを開く。冷えた空気が素足を撫でる。ガラス窓の向こうでは、赤や茶、黄色に色づき始めた庭園が、朝陽を浴びて金色一色に姿を変える。
「いい朝だね、いづな。人狩りにはもってこいだ」
「嬉しそうですね、真之介殿」
「そりゃそうさ。ずっと探してたんだからな。まさか名前まで換えているとは思わなかったよ。夜子が死んで、水野が死んで、焦ったんだろうね。次は自分だって。ふふ。親に泣きついてるあいつの顔はちょっとみてみたかったな」
「それで?」
「放課後、学校で会おう。図書室に来てくれる? 彼は図書委員なんだ」
真之介が振り返ったときには、小さな獣は姿を消していた。代わりに白いかっぽう着姿の早池が立っている。
「すばやいね、いづな」
「この格好をしているときは、早池とお呼びください、ぼっちゃま」
いづなは、年齢不詳、性別不詳の顔で笑ってみせた。
(第七章「笑顔の向こう」その3へ続く)