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その1
黒髪が揺れている。
風が吹くたびに、さらさら揺れる。
青々と広がる水田の中で、水色のワンピースを着た小さな少女が、まっすぐにこちらを見ている。大きな涙が、ぽろぽろとその頬を伝い落ちる。足元には水たまりができ、新たな滴を受けて小さな波紋が広がった。
なんで泣いているの?
泣かないで。
呼びかけるが、声は掠れて音にならない。届かない。
少女の口が開いて、なにかを告げた。けれどわからない。届かない。
少女の瞼がゆっくりと閉じられる。最後の滴が落ちた水たまりは、蒼い空を映し、どこまでも広がっていく。また一つ風が吹いて、綺麗な黒い髪がさらさらと広がった。
(第七章「笑顔の向こう」その2へ続く)