その4
旭の閉じた瞼が小さく動いた。
涙がふるりと流れた。焔はシャツの袖で、小さな水滴を拭う。拭っても、また零れていく。
「旭」
呼んでみる。
今朝一番の鳥が、ちちっと鳴いて、羽音を響かせた。早朝の金色の光が、カーテンの隙間から零れてくる。
「真之介を止めてくれ。以前のおれのようになる前に、おまえが止めてくれ。最後の復讐を果たす前なら、間に合うかもしれない。真之介をおまえの手で、引き戻せ。おれはおまえのすぐそばにいる。なにがあっても守るから」
ここにいる。旭、おれはここにいるから。
焔が旭の頭をそっと撫でる。柔らかい髪が、焔の指に絡みつく。その小さな引力で、旭が薄く覚醒する。
誰かがそばにいる。
お母さん?
違う。
このにおい、どこかで。
深い森で葉が朽ちていく、そんなにおいだ。地に落ちた葉が朽ちて、そこから新しく芽吹く、深い森に満ちる力そのもの。いつかどこかで出会ったにおい。いつもそばに感じた気配。
誰?
温かい手が、額に触れる。髪を撫でる。
気持ちがいい。
いいにおいだ。
その心地よさに、旭の感覚はまた、眠りの中へと落ちていった。
(第七章「笑顔の向こう」その1へ続く)